第60話 王太子と指南役と公女の二期生生活(おまけ)

 新二期生として、数日がたったある夜のこと。



 青薔薇寮の最上階にあるルイスの部屋で、反省会が開かれていた。メロディアス家の調査をずっとしていたセバスディは、特別会後も慌ただしく各方面を走り回っていたが、今夜の反省会には顔を出した。諸々の報告をルイスにし終えたセバスディは、出された紅茶を飲みながら質問をする。



「学院生活はどうですか?」


「ああ、楽しんでいる。邪魔者を追い出して、アリシアの不安を取り去ったからな」


「それはよかったです」



 セバスディは優雅に茶を飲み干すと、目尻を下げて柔らかに笑った。



「そう言えばルイス様は以前、私に仰いましたよね。この学院の中で怪しい人物は計3人いると」


「……確かに言ったな」


「ローズ嬢とマリア嬢、あと一人は誰だったのですか?」



 ルイスはハハッと笑い、「さすがにセバスディは憶えていたか」と言う。



 話はおよそ1年前に遡る。入学後――まだアリシアと会話をする前の頃の話だが、ルイスは授業後の社交会で情報収集をし、生徒たちと信頼関係を築いてきたのだ。同時に選別もして、ルイスやアリシアに対する感情や敵対心、興味関心があるかどうかを見定めて、厄介者が3人いると割り出した。



 その3人目の正体がまだ明かされていないと、セバスディは言っているのだ。



「セバスディもよく知っていると思うが、私の腹違いの弟で第二王子のアラン・キャロ・ヴェイン。それの使い走りだ。名は確か……」



「ああ……、彼でしたか。伯爵家のオリヴィエ様ですね。害はなく、模範生のような真面目なお人柄だと有名な方でしたので、すっかり忘れていました。その彼が第二王子にルイス様とアリシア様に起きた情報を伝えているのですか?」



「ああ、そうだ」


「よくアラン王子の犬だと気付きましたね?」


「見くびってもらっては困る」



 探り合いのように進められる会話に、ルイスもセバスディも同じ笑みを作る。



「ちなみに、アリシア様はこのことをご存知で?」


「いや、どうだろうな。特別会の時に気付いた素振りを見せていたが、その後は何も聞かれていない。もしかしたら、アランの存在を知らないかもしれない」


「知っていたとしても、特別会の時のアラン様は髪色を変えて、隠れるように身を潜めていましたからね。社交界に出たことがないアリシア様なら、気付いていない可能性の方が高いでしょう」



 会話に一区切りつくと、ルイスもセバスディも菓子を食べ紅茶を飲んだ。今日の菓子は紅色と白色の砂糖菓子で、祝いごとの時や幸運を逃したくない時に食べる縁起のいい菓子だ。東方にある国の名産品で、今朝やっと届いた菓子だった。



 魔を避け身の内に幸福が訪れるよう、ルイスは2色の砂糖菓子を一緒に食べる。



「――で、アリシア様にアラン様の紹介はするのですか?」


「……」


「ルイス様、表情に出ていますよ。でもこれは、いちハプニング去ってまたいちハプニング、ですね。2人のご関係に目新しさがなくなることがないというのは、いいことだと思いますよ」



 セバスディの嬉しそうな顔を見たルイスは、苦虫を嚙み潰したような表情で目の前の相手を睨む。



「そういう問題ではない、セバスディ。お前はアランのことを知らないから……」



 珍しく不安に駆られてしまったルイスは、セバスディの分まで幸運の菓子を食べ尽くしてしまった。アランの登場によりまた新たな悩みごとが増え、平和な学院生活が邪魔されるのではないかと気が気じゃない。ルイスは今の思いの丈をセバスディにぶつけた。



 最初はうんうん頷いていたセバスディだったが、ふとローテーブルに置かれた皿が空になっていることに気付いて、絶叫する。それ以後、目をつり上げて東方の菓子の蘊蓄うんちくを語るセバスディから、ルイスは拘束される羽目になった。



「すまなかった、つい……」



 セバスディの蘊蓄うんちくと説教が終わると、やっとの思いで声を絞り出す。そうしてその日の反省会は終わったが、ルイスの反省と共に終わるという異例の終わり方で幕を閉じたのだ。





 ルイスとセバスディの反省会があった日から、2日後。



 授業を終えたアリシアはルイスを待ち合わせ場所に待たせて、一人講堂へと向かっていた。アリシアにしては珍しく提出物を出し忘れてしまったからだ。ルイスを待たせているので小走りで向かうが、前方の人だかりを見て足を止める。一期生の集団が誰かを取り囲むように集団移動していた。



 生徒の全員が令嬢という謎の集団は、その中にいる人物に夢中のようでアリシアには気付いていない。



(誰かしら……。普段一期生が使う講堂は離れているし、二期生になってから一度も『会』を開けていないから、有名人だとしても分からないわね、でも……)



 集団の隙間から見えた黒髪黒眼の男性は、とても綺麗な顔をしていた。特別会の時、毒蜂キラー・ビーの群れから逃げるようにして舞踏会場を出て行った2人の生徒の片方も、そのような顔をしていたとぼんやり思い出す。



 ただ、髪色は全く違ったため、気のせいだと頭の片隅に片付けた。



「アラン殿下……! この後ご一緒してもよろしいですか?」


「今日は少し予定があるんだ」


「アラン王子、その予定にお付き合いしても……?」


「学院の生徒である間は、アランって呼んでくれないかな。あ、でも僕の予定は一人でこなさなくちゃいけないから、ごめんね」



 令嬢の扱いを熟知しているような甘ったるい声は、令嬢たちに否とは言わせない。集団はアランの言うことを素直に聞いて散り散りに去り、気付けばアリシアの眼にはアランの全貌が映し出されていた。



(アラン王子殿下? えっと、ルイス様の異母弟にあたる方ってことよね……?)



 妹のヴィヴィと同い年で一つ下の弟がいることは、アリシアの耳には入っていない。社交界に出たことがない世間知らずと言われてしまえば仕方ないが、そんな話をルイスとしたこともないのだ。腹違いの弟と妹がいるということしか知らないことに、アリシアは今まさに衝撃を受けている。



 失礼だとは思いながらも、まじまじと見つめてしまった。



(どうして特別会の日に、こんなに目立つ魅力オーラを放つアラン様に気付かなかったのかしら……)



 アリシアの遠慮ない視線に気付いたのか、アランは愛嬌のある笑顔で話しかけてくる。



「やぁ、貴女がアリシア嬢だね。僕は第二王子のアラン・キャロ・ヴェインだ。特別会は大いに楽しませてもらったよ。巻き込まれるのが嫌で、髪色を変えたり気配を押し殺して、傍観していたけどね」



 自己紹介を通して、アランはアリシアの聞きたいことを全て答えてくれた。あからさまな表情をしていたのかと思い、アリシアは慌てて淑女として取り繕う。



「アラン様、お初にお目にかかります。メロディアス家の新当主、アリシア・メロディアスと申します」


「そんなに堅苦しくしないでよ、アリシア嬢」


「では、お言葉に甘えて……」



 アリシアは態度も言葉使いも生徒らしいものに変えるが、警戒心だけは解かなかった。



(……ルイス様とは全然違う)



 比べるのは失礼だと思いながら、そんな感想しか出てこない。深く付き合う前に余分な思い込みは捨てたいが、どうにも好かれていない気がした。



「アリシア、ここにいたのか……。アラン!? お前、アリシアに何して……」


「挨拶をしていたんだよ、お兄様。ひっどいな~まだ何もしていないのに」


「すまない誤解した。アリシアは一番大切な人だからな」


「……僕は、お兄様一筋なのに」



 んべー。



 アランはルイスに抱き付きながら顔だけアリシアに向けると、下瞼を引き下げ舌を出す。侮蔑の仕草だとすぐに気付いた。



(……ルイス様、大事なことを私に言わなかったわね。ブラコンの弟がいることを……)



 アリシアは努めて冷静に話しかける。



「ルイス様、まだ忘れ物を取りに行っていないので、どうぞアラン様と仲よくお話でもしてお待ちいただけますか?」



 決して嫉妬はしていない。していないが冷静ではいられず、素っ気なく答えてしまう。その上なぜか揺らいだ感情に魔法を乗せてしまい暴発してしまった。結果、空には大きな火花の花が打ち上がる。隠すつもりだった心の機微が火花となって派手にバンバン上がり、アリシアは恥ずかしくて頬を染めた。



「これは魔法の暴発……か?」



 ルイスが首を傾げている隙に、いたたまれなくなったアリシアはその場をゆっくりと離れる。



「お兄様って優秀で賢いけど、いつも肝心なことを言わないよね。どうせ僕のことをアリシア嬢に何も伝えていなかったんでしょ? それは怒るよ。だってその結果がこの火花だよ? 残酷なくらい美しいけどさ」



 少し離れた後ろからそんな声が聴こえると、アリシアの胸は図星だと反応した。



「アランのことは折を見て話そうかと思っていた。怒らせたのなら……」


「お、教えていただかなくても平気です。私と同じくらいルイス様のことを慕っているアラン様が、今年入学する情報なんて……」



 思っていることと発言が一致しないが、アリシアはピシャリと言葉を尖らせた。肝心な話をするのに、何年もかかった経験があるからだ。置かれた環境が複雑だったこともあるが、些細なすれ違いや伝わらないもどかしさは「特別会」を経ても、時々起こる厄介ごと。いつもいつも特別会のような同調率を叩き出す訳ではない。



 それもこれも、ルイスが勝手にアリシアの考えを推し量り、対策を立ててしまうせいだ。



(折を見て話すと言っていたから、アラン様のことを伝えなかった理由はあるはず。けれど私は、先回りして問題を取り除いてくれるよりも、ルイス様と問題を一緒に解決したい……。ルイス様の抱えていることを知りたいし、ルイス様を取り巻く環境や過去のことをよく知りたいわ)



 そのために取るべき態度は、素っ気ないことが一番だ。ただし、アリシア比だが。



「今日は一人で帰ります」


「いや、じっくり話をしよう」


「では、反省会でも開きますか?」


「貴女が望むなら……」



 普段は丸め込まれることも多いアリシアだが、今回は珍しくルイスが折れる形になった。それが嬉しくてアリシアはルイスの傍に駆け寄る。



「セバスディから聞きました。一昨日も反省会をしたそうですね、お菓子を食べてしまったそうで……」


「私の側近もだが、腹心も大概お喋りだな」


「ですが、そのおかげで私は反省会のことを知りました。ルイス様のお部屋で反省会をするのが楽しみです。色々とお話を聞かせてくださいね」



 アリシアとルイスは見つめ合った後、どちらともなくフッと笑いが零れた。が、その間をアランが引き裂く。



「僕はまだ貴女を認めていないんだよね」



 特別会の問題は片付き、これで心置きなく学院生活が過ごせると思っていたアリシアだったが、ハプニングの脅威は呪いがかかっていなくてもいつでもどこでもやって来る。



「アラン様、望むところです」



 ふふふふっと笑い、アリシアは禍々しいオーラを放った。



 二期生になったアリシアの学院生活は、まだまだ始まったばかり。




<完>



<ご愛読ありがとうございました。最後に評価やぽちぽちしてくださると今後の励みになりますので、よろしくお願いします。次回作もお楽しみに!>


*完結しましたが、誤字脱字を直したり手直しはします。

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幸薄公女はスパダリ王太子とすれ違いながらも、幸せの階段を上る 那戯 きらり @nagi-nagi-12

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