第47話 1年を締めくくる王立学院の舞踏会①
あれから授業・社交・特訓の日々は忙しなく過ぎていき、気付けばアリシアの学院生活は半年ほど経っていた。今日は一期生最後の日であり、二期生が卒業する日でもある。朝早くにはテスト結果が先生から個別に発表され、夜には1年を締めくくる舞踏会が行われる予定だ。
この舞踏会は、進級と卒業を兼ねているものだった。
生徒たちはそれぞれの想いを抱きながら、今日という節目を悔いの残らないように過ごすのだが、アリシアは卒業する生徒よりも気合が入っていた。
(確か講堂でテスト結果を受け取れるのよね?)
急いで講義室へ行くと、そこには先生が暇そうに座っていた。見渡す限り他の生徒はいないようだ。先生はアリシアに気付くと、欠伸をかみ殺して笑顔を向ける。
「よく頑張ったな、アリシア・メロディアス。一期生の中で2位の成績だ。何より素晴らしいのは、絶望的だった魔法学の成績をメキメキと伸ばしたことだが、秘密の訓練でもしたのか?」
「はい、その……訓練と言ってもいいのか分からないですけれど。全て、ルイス・キャロ・ヴェイン王太子殿下のおかげです」
「ほぅ、切磋琢磨し合う仲ということか。若いねぇ」
先生は学院時代を思い出したのか、昔話を語り出しそうだったため、アリシアは話題を変えた。
「ところで、先生。今年は、テスト結果を手渡しで受け取る方式なのですか? 去年までは掲示板に張り出されていたとお聞きしましたが……」
「それは、まぁ、そのな……。アリシアのテスト結果を隠しておいたほうがいいと、小耳に挟んだからな。ま、大人の配慮っていうやつだ」
なるほど……、アリシアはすぐにピンときた。
(きっとルイス様だわ。私のテスト結果が学院2位だと分かれば、計画が勘付かれる恐れがあるもの……)
「先生、私のテスト結果は誰にも言わないでくださいね」
「もちろんだ、私には守秘義務がある」
「ふふ、頼もしい……。では、私はこれで失礼します」
手早く挨拶を済ませたのは、数人の生徒たちに紛れてやって来たマリアの姿を見付けたからだ。退室したアリシアはそのまま青薔薇寮へ向かうことにした。
外に出ると、肌寒い風が肌をいたずらに撫でで、アリシアの身体をぶるっと震わせる。
(寮にいるといいけれど……)
訓練や茶会など忙しい理由を並べては、後回しにしてしまった問題が幾つかあるため、アリシアは今からルイスに会いに行くのだ。
半年ほどズルズルと放置しここまで引き伸ばしてしまった訳だが、その問題はとても重要な問題でルイスと一緒でなければ解けない問題だった。そのため、今日こそはルイスと腹を割って話をしなくてはいけないとアリシアは心に決めている。
誰にもすれ違うことなくとぼとぼ歩いていると、前方に輝く金髪が見えてアリシアは思わず眼を眇めた。
「ルイス様……?」
「アリシアか、早いな。もう結果を取りに行ったのか?」
「はい、ルイス様も今から取りに行かれるのですか?」
「いや、夜の舞踏会は退屈そうだから今のうちに羽休めでもしようかと……」
「羽休め……。もしよかったら、その時間を少しだけ私にくれませんか?」
怖ろしいほど運よく青薔薇寮付近でルイスを見付けたアリシアは、神妙な面持ちでルイスに問いかけるが、ルイスは動じた様子もなく「それなら私の部屋で話そう」と返事をした。
「ありがとうございます」
アリシアはこの1年の集大成のような礼を尽くす。
(きっとルイス様は待っていたのだわ。私から本題を切り出されるのを……)
そんな気がしたアリシアは、ルイスの後に付いていく。
長いようで短かった1年分の答えが出ようとしていた。
◇
ルイスに案内された青薔薇寮の最上階は紅薔薇寮とは違い、所々に
廊下を通り、案内された部屋に入ると、豪華絢爛かつ歴史の重みを感じる部屋が視界に広がる。
(今更だけれど、ルイス様の寮部屋に入ってもよかったのかしら)
アリシアは落ち着かないまま、ローテーブルを挟んでルイスと向き合って座った。
「いつもの用意を……」
「かしこまりました」
ルイスに指示された給仕係は、すぐにティーセットと茶菓子を乗せたティーワゴンを持ってくる。
「良い香り……フルーツティーね」
「ええ、そうです。茶菓子は、ラズベリーパイですよ」
給仕係にしては愛想よくにこりと笑い、手際よく準備をして、素早く退室した。アリシアはそんな彼女を見て、ふとあの時のことを思い出す。
「ルイス様……彼女は、1年半前に給仕してくれた彼女は……、元気にしていますか?」
「ああ、担当場所は変わったが、変わりなく働いている」
「そうですか……。それを聞いて、安心しました」
しんみりと会話は始まったが、アリシアはルイスの返事を聞いて安堵した。
「それはそうと、話したいこととは何だ?」
「色々ありますが、まずはお礼を言わせてください」
「礼……?」
アリシアは首を縦に振った。
「訓練のおかげで、私のテスト結果は2位でした。ルイス様には及びませんでしたが……」
「私の順位を知っていたのか?」
「はい、たまたま先生の机の上に置いてあったのが見えてしまいました。お叱りは受けますが、先生の杜撰な管理のせいでもありますから、その……」
「確かにそれは先生の管理不足だな……」
ルイスはハハッと笑いティーカップに手を伸ばそうとしたが、アリシアは「本当にルイス様には敵いません。強すぎます」と称賛の言葉を言ってルイスの手を止める。その言葉がルイスには不意打ちだったようで目を背けられてしまった。
狙って言った訳ではなく本心だったが、ルイスは完全に横を向いてしまい片手で顔を覆うように隠している。
(耳が赤い? 照れているのかしら……今ので?)
珍しいと思いながらもアリシアは話を続けることにした。
「本当に……ありがとうございました。苦手だった魔法学の点数が伸びたのは、間違いなくルイス様の指導のおかげです」
「いや、私は何もしていないが……。そうか、頑張ったな。今度、お祝いをしよう」
ルイスは「何かほしいものはあるか?」と尋ねたが、アリシアはその質問には答えず、ただ凪いだ海のように穏やかな表情で沈黙する。
「アリシア……?」
「ルイス様……もうそろそろお互い、隠しごとはやめましょう? 本当は少し前から、気付いていました。ルイス様の思惑に」
ルイス様も同じですよね、と、アリシアは視線を投げかける。
学院生活の中で、一番アリシアの傍にいた人物は間違いなくルイスだ。お互い色々な面を見せ合い理解しようとしてきた訳だが、肝心なことは何も話していなかった。
アリシアはそれを今から話そうと切り出したのだ。
「……それは興味深いな。私も同じことを思っていた」
ルイスはアリシアの言葉を完全に理解したのか、前のめり気味に座り、興奮したような表情で次の言葉を待っている。それに対しアリシアは銀色の髪の毛を触り、紅い眼を瞬かせながら、淡々と秘密を打ち明けた。
「知っているとは思いますが、私は零性。零性の魔法遺伝子を持っています」
「……ああ、それで?」
「私以外にも零性はいますが、皆総じて魔法が不得意でした。けれど、ルイス様の特訓を通じてその才を開花させることに成功しています」
「私は特に何もしていないが……」
どの口が言うのだろうと、アリシアは極めてにこやかに反発した。
「いいえ、ルイス様は私を褒めて甘やかしました。それはもう、とろっとろに! あの体中が火照るような特訓内容は、自己肯定感を高めるための方法です。虐げられてきた零性の彼らも私もあの訓練のおかげで救われ、前向きな考え方をするようになりました」
ルイスは勢い余るアリシアの言葉に押されたのか、何も言わない。
アリシアは息を大きく吸い込むと、こことぞばかりに話を続けた。
「ルイス様は知っていたのですね。私たちの訓練に特別なことは必要ない、騎士のような厳しい練習をする必要はなく、ただ声をかけ続ければいいだけだと。なぜなら零性遺伝子持ちは才能がないのではなく、遅咲きなだけだから」
アリシアはおもむろに立ち上がると、アリシアを見つめるルイスの視線も一緒に上がった。
感情と一緒に魔力が溢れてしまったアリシアの身体には、いつの間にか紅い炎の渦ができている。火魔法の上位魔法――紅炎魔法にしては桁外れの魔力だった。
その紅炎は時に蒼く燃えさかり、部屋の温度を上げ続ける。
「ルイス様……。自己肯定感を高めて自信を付けさせれば、この能力は早く目覚めるのですね。しかも、目覚めた零性は原性よりもはるかに強い……」
「その通りだ、アリシア……。だが、今は落ち着いたほうがいい。おいで」
その
覚えたての魔法を持て余すアリシアに対して、ルイスは紅炎に包まれているアリシアを抱きしめる。氷結魔法を纏っていたルイスの身体から氷が解けていくが、ルイスはアリシアを離さなかった。
(いけない、炎を抑えないとルイス様が燃えてしまうわ……)
動揺してルイスの顔を見上げたが、ルイスは何も言わずソファーに座らせてくれた。隣にルイスが座り、「大丈夫だ」と優しい声をかけ続けてくれる。その声はとても心地よく、訓練時に幾度となく聞いた声だ。
かくしてアリシアの魔法は目覚め、暴走し、無事に落ち着いたが、アリシア自身は無傷ではいられなかった。アリシアの暴走を止めた後も、未だにルイスは隣で甘く囁いてくるのだ。その拷問のせいで恥ずかしくて死にそうなアリシアは、精神崩壊3秒前だった。
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