第46話 公女の作戦と王太子の作戦③(ルイスside)
その日の夜、ルイスは側近のアレクとノイドを青薔薇寮の自室に招いた。そこには給仕係が用意した茶と茶菓子が置かれている。
今日のメニューは、目が覚めるような苦さのドクナギ茶と、胃がやられるほど甘いクッキーだ。それを見たアレクとノイドは、今日の報告会の波乱具合を悟り、顔が強張った。
「さて、報告会を始めようか」
ルイスの一言でそれは始まる。内容は言わずもがな、今日の茶会についてだ。アレクもノイドもその会場にいたため、ルイスは概要は省略し、いきなり感想を伝えた。
「……まさかアリシアが、私よりも先にマリアを利用するとは思わなかった」
「予定が狂いそうなら、アリシア様に忠告をして明日からでもやめさせましょうか?」
アレクが心配そうに言うと、ノイドが言葉を挟む。
「アレクがそんな無粋な提案をするとは思わなかったよ。嬉しそうな顔をしているルイス様に対して……」
「嬉しそう? 私が、か……?」
無自覚なルイスに、ノイドはこくこくと頷いた。
「……確かに私は、アリシアがいずれこういう行動に出るだろうと予想は付いていた。予定が少し早まり驚いてはいるが……」
「でも、予定がさくさく進むのは嬉しいですよね!」
ノイドは何が何でもルイスに「嬉しい」と言わせたいようだ。しかし、ルイスは首を縦に振ることはなく、代わりに王国一の甘さを誇るクッキーに手を伸ばし、そのまま咀嚼した。
(ヴィヴィが入学するのは、半年後だ。今日初めて茶会に出席したマリアは、今まで集めた情報が嘘の情報だと知り、新情報をヴィヴィに報告するだろうな。アリシアは間違いなく孤立していると……)
「……甘いな」
「あ、そのクッキー、甘いですよね」
「苦い……」
甘いと共感するノイドに対し、アレクはドクナギ茶を飲んだのか、真反対の感想を述べる。少しだけ場が和んだが、それも束の間だった。
「アリシアは、マリアの報告と現状が違うことをヴィヴィに突き付けたいのだろう。ただ、それだけで復讐が終わるのは手ぬるい。その辺り、彼女はどう考えているのか……」
アリシアの考えを推し量ろうとするルイスは「甘い、甘い」と言いながら、クッキーを1枚2枚と食していく。
胃が弱いアレクはそれを見ただけで、顔色が悪くなった。
「ルイス様……、食べ過ぎるとあとで喉が渇きます」
「心配するな、私は平気だ……」
「ったく分かってないね、アレクは……。この甘さが良いんだよ。甘いのは正義! 神! ちなみに、あの甘~い訓練のおかげでアリシア様の自己肯定感は高まったんだよ~?」
ノイドが言っていることは、週の半分の時間を当てている特訓のこと。甘々な囁きとべた褒めが売りの特訓の効果は、少しずつ出てきているのだ。
ルイスの思惑通りに。
「ふむ……そうだな。虐げられてきたアリシアや零性遺伝子持ちの生徒たちは、あの特訓のおかげでずいぶん社交的になった」
「特に今日の茶会は、それが顕著に表れていましたよね。彼らはアリシア様の作戦を全面的に受け入れ、支援し、積極的に行動していましたよ~」
「それ以外の生徒たちにも効果は色々とあったようだ。その時は近いな」
第一段階は突破だと付け加えてルイスは言うと、ノイドは言葉を続けた。
「ルイス様がアリシア様を水面下で支え続けたおかげで、アリシア様は仕返しをしたいという真っ当な選択をしました。このまま順調にいけば……ぐふふ」
「おい、ノイド。ルイス様の神聖なる策をお前の下品な笑いで穢すな」
「神聖なる策? それは違うよね。仕返しするための策、つまりは復讐の計画なんだよ? そこに神聖さもクソもない」
「ノイド、貴様!」
「やるかい、アレク?」
まるで苦いドクナギ茶と甘い茶菓子のように2人は反発し合うが、溜め息を吐いたルイスに止められた。
「やめろ、2人共。見苦しい……」
「ですが、殿下……! いや、自分としたことが申し訳ありませんでした」
「ごめんなさい。ルイス様、嫌いにならないで……す、捨てないでぇ……ぐす」
アレクは謝罪後、再起不能なくらいに落ち込み、ノイドは鼻をすすりながら、ルイスの側近を解任される不安を口にする。だが、一連の流れからのこの光景はもう何度となく目にしたものだ。ルイスは軽く無視して、暫し茶と茶菓子を堪能した。
そうして頃合いを見計らい、ルイスは2人に話しかける。
「ああ、言うのを忘れていた。2人にやってほしいことがあったな。1年の締めくくりとして行われる舞踏会前までに、例の草を探してほしいが頼まれてくれるか?」
「オースソーワケ草ですね? 希少な植物ですが、おそらく森に行けば見つかると思います。任せてください!」
「御意!」
ルイスに声をかけられると、ノイドは涙声を引っ込めて明るく宣言し、アレクはしおれていた眼をきりりとさせて、返事をした。彼らの扱い方を学んだルイスは、笑いを堪えて話を進めていく。
「半年後の舞踏会が終われば忙しくなる。その3日後が入学日だからな……」
「アリシア様の妹、ゴブリンがやってくる日ですね~。さくさくっと退治しないと」
「……悪魔が降臨するか。小癪な、この聖騎士の剣で心臓を突き刺してくれよう」
感情豊かなルイスの側近たちはそれぞれ独特な言い回しをして、不気味な笑みを作った。
ルイスの命で動いているアレクとノイドが、ルイス以外の人間に気持ちを表すのは珍しいこと。アリシアと直接かかわったのは今日が初めての2人だが、アリシアを支援したいという気持ちはあるようだった。
「そこでだ。入学日の夜にも、舞踏会場で特別会を開こうと思っている」
「段取りはどうしますか? オースソーワケ草を使うとして、その他は……」
「証拠を提示し、断罪する。観客として全生徒を招待しよう。それから、研究機関に所属する者や生徒たちの両親にも来てもらう。役者を揃えて、盛大にやろう」
「……メロディアス公爵夫妻は欠席する可能性があるので、セバスディ様に連れてきてもらうよう、自分が手紙を出しておきます」
「頼んだ、アレク」
ルイスは段取りを簡単に説明したが、まだ詳細は決まっていなかった。
ルイスの考えた仕返し案の中には、「残酷」なものから「飛び抜けて残酷」なものまで豊富にある。全ての案が「残酷」に尽きるのだが、最終的にどのやり方を選ぶのかは、アリシア次第だ。
今までアリシアの考えを推し量ってきたルイスだが、こればかりは慎重にやらなくてはいけない。
(アリシアの出方を窺ってから決めるか。せっかくやる気になってくれているようだからな)
今まで水面下で動いてきたルイスには、アリシアに伝えていないことがたくさんあった。それをどのタイミングで話し合うべきか――。そんなことも念頭に入れながら、ルイスは少しの間、ぼんやり宙を仰ぐ。
どのくらいそうしていたのか、分からない。
2人の雑談する声が小さくなったかと思うと、ふと斜め前から声をかけられて、ルイスは視線を前方に戻した。
「……ルイス様、大丈夫ですか?」
そこには、ルイスを心配そうに見つめるアレクの姿があった。
「……ああ、考えごとをしていただけだ。さて、そろそろ報告会は終いだ」
「えっ、これで終わりですか!?」
きょとんとした表情で、アレクとノイドは問う。
「ああ、不満か……?」
「いえ……。ただ今日の茶と茶菓子のメニューがいつもより刺激的だったので、何か感情を乱されるような不快な出来事でもルイス様の身に起きたのかと、心配はしていました」
「まさか今後の予定と今日の感想だけで終わるとはね~。あ~冷や冷やした」
「ほぅ……。まさかお前たちがこの私の心を用意した「茶」と「茶菓子」で推し量ろうとするとはな……だがハズレだ。今日のメニューは、お前たち2人のために用意させた」
「え?」「へ?」
「……ふっ、まるで正反対だが合わさると悪くない。これからも私とアリシアを支えてくれ。働きに期待している」
ルイスはそう言うと、最後にドクナギ茶を飲み干した。
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