第27話 王太子の報告会②
「……進展しているようで、安心しました。ルイス様が楽しそうで何よりです」
ルイスの感想に、セバスディにしては珍しく目を細めて、安堵したような顔を浮かべている。しかし、ルイスはセバスディのように、すっきりとした表情を作ることはできなかった。焦りがあるのだ。
「……こうしてアリシアの傍にいることで、彼女の周りで起きていることが分かればいいが」
そう弱音を吐くと、「大丈夫ですよ」とセバスディが不安を払拭してくれる。
「アリシア様曰く、感情が不安定になると、魔法のコントロールができなくなる場合もある。周りに影響を及ぼしてしまうこともあるようですが、ルイス様と一緒にいることで、きっと彼女の考えも柔軟になるでしょう」
「……どうしてそんなことが分かる?」
「それはもちろん、年の功です」
セバスディは真面目な顔をしてそう言うと、言葉を付け足した。
「ルイス様なら、彼女の発言の真偽やその裏にある事情を探れるでしょう。その日は近いと思います」
「そうかもしれないが……。今日はついその、私としたことが、楽しんでしまったからな」
「アリシア様の周りで起きるハプニングに、ですか?」
「姫を守る騎士になったような気分だった……。アリシアと距離が縮まっていく過程が、楽しくて魅力的だと思うのは、不謹慎だろうか」
「……それはもう恋、ですね」
セバスディは揶揄い混じりにそう言うが、ルイスは不可解なものを見るような顔をして質問する。
「恋、だと……? 確かにアリシアは婚約者に選ばれた女性で、大切な友人でもあり、この私が傍にいて欲しいと思う唯一の人だが……。恋、なのか?」
その苦悩と驚きに満ちたルイスの発言に、セバスディは盛大に溜め息を吐いた。
「そう言えば、ルイス様には必要ないと思い、平民なら誰でも知っている恋愛学を教えていませんでした。まぁ貴族も王族もこういう身分ですので、婚姻に必ずしも愛情は必要ありません。ですが、決められた婚約者に恋する気持ちが持てるのは、最高の贅沢だと思いますよ」
そう言葉を告げて、セバスディは今日の報告会を終わらせる。セバスディが部屋から退出すると、部屋は途端に静かになった。孤独に身を寄せ、蝋燭揺らめく窓の外を見ながら、ルイスはセバスディが最後に言った言葉を思い出す。
「……分からないな。ただ彼女が悩み苦しんでいたりするのを見ると、嫌な気持ちになる。私の隣を一緒に歩くのは、彼女以外、考えられない。それが『恋』などと陳腐な言葉で表現されるのは、どうかとも思うが……」
就寝時間を過ぎても、ルイスはそのようなことばかりを考えていた。しかし、ベッドに横たわり、眠りにつく直前に結論が出る。
(私としたことが、セバスディの発言に振り回されているな……)
顔を歪めながらも、これは恋ではないと結論付けた。
◇
「それで、今日はどんなお話ですか?」
目を燦燦と輝かせて、セバスディは今日の報告会の内容を聞いてくる。
サイドテーブルの横には給仕係が用意したティーワゴンが置かれていて、その台の上には色々な種類の茶が取り揃えてあった。毎日毎日こうして茶を飲みながら、その日の出来事を報告するようになったルイスは、茶と茶菓子の種類を豊富に取り揃えるようになったのだ。
異国の茶を飲みながら、ルイスは最近の変化に触れつつ、今日の出来事を話した。
「氷の槍、ですか……。それは物騒ですね」
「ああ、犯人はローズだ。ここ最近の噂は、私とアリシアのことばかりだったからな」
「ローズ嬢はそれが気に食わなくて、行動に移したと?」
「彼女の性格からすると、そうだろうな」
ルイスは眉根をつり上げて、その碧眼に怒気を滲ませた。
「……それで、新しい情報は手に入りましたか?」
異国の茶の感想を添えながら、セバスディは興味津々な顔で聞いてくる。茶菓子はそれぞれの皿に置かれていたが、セバスディの皿にはもう何もない。甘党のセバスディがペロリと食べてしまったからだ。
危険を感じたルイスは急いで目の前の茶菓子を食すと、「セバスディは全て知っていると思うが……」と前置きをして、淡々と報告した。
「氷の槍の魔力痕跡は、間違いなくローズのものだ。しかし、その魔力は以前よりどす黒く穢れていて、誇りも何も感じられないものだった。これは呪いだろう」
「魔法は上位貴族だけに与えられた特別なものですからね。その誇りを失ったら、それは確かに呪いとなります」
セバスディはしっかりと頷いた。
ジュラベルト王国にとって魔法は、上位貴族だけが使用できる特別なものだ。下位貴族には、魔法知識を与えられる権利もなければ、使用する権利もなかった。
それだけに、上位貴族と下位貴族との婚姻は基本的に禁止されている。
その子供が受け継ぐ魔法遺伝子の有無により、育て方が違ってくるからだ。たとえ結婚を許されたとしても、上位貴族である、もしくはそうであった親は、魔法遺伝子を受け継いだ子供には知識と使い方を教え、受け継いでいないもう片方の親やその子の兄弟には、その秘密を漏らしてはいけない。
それ以外にも、
このような掟や制約があるのも、魔法と呪いが表裏一体であるためなのだ。
「呪い……か」
「ルイス様?」
「いや、何でもない。悪いが、今日の報告はここまでにしよう。今日はゆっくり休みたい。次の報告会は2日後にしてくれ。その頃には、きっと新しい報告ができるだろうからな」
ルイスは意味深な言葉を残して、今日の報告会を早々に終了した。
◇
2日後の夜。窓から月明かりが射し込む肌寒い日に、報告会はひっそり開かれた。ティーワゴンには相変わらず素敵な茶や菓子が並んでいるが、滋養にいいとされる茶も置いてある。
「待ちくたびれましたよ……」
今日の報告会が楽しみであったことを隠す様子もなく、セバスディは開口一番、そう言った。
「まぁ、そう急くな。まずは茶でも飲もう」
ルイスがそう促すと、セバスディは用意された茶を飲む。
「これは、滋養茶ですね……。確かに、ルイス様のお顔は2日前よりも少し悪いようです」
「ああ、呪われたアリシアの近くにいたから、回復が少しばかり遅い」
「…………。これは私個人の意見ですが、問題の早期解決を望みます。
そうセバスディは気遣ったが、ルイスは首を振った。
「いずれ魔力は枯渇するだろうが、あらゆる手はもう打ってある。ローズのことは許せないが、そう簡単に解決する訳にもいかない。これはアリシアが関わっていることだからな」
「つまり、じっくり解決したいということですか?」
「当たり前だ。なるべく誤解を与えず、アリシアに距離を置かれないように。慎重にかつ大胆に……」
「ふぅ……恋ですね。しかも、重症です」
セバスディは呆れ顔を全面に出しながらそう言ったが、ルイスはまた首を振る。
「先見の明がある優秀な指南役と言われたセバスディも、間違えることはあるのだな。これは恋ではない」
「……では、何だと言うのですか?」
茶菓子に伸びた手を止めてセバスディがそう問うが、ルイスは答えなかった。その代わり、はるか頭上からセバスディを見下ろすような視線を向けて、ふっと笑う。それを見たセバスディはこめかみに青筋を立てながら、冷ややかな笑みを返した。
笑顔の攻防戦が終わると、ルイスは仕切り直しとばかりに姿勢を整える。
「それはさておき、本題に戻ろう。今回、ローズの件をきっかけに一つの仮説を立てた。アリシアは魔法のコントロールができないのではなく、呪いがかかっているのではないか、と」
「……ほぅ」
「その可能性を忘れていたのは、今までこんなにもアリシアと一緒に行動を共にしたことがなかったからだ。恥ずかしいことに、毎日一緒に行動していても、気付くのが遅くなってしまったが……」
「普通の呪いなら、気付きそうですけどね?」
「ああ、そこがこの呪いの巧妙な所だ。魔力が完全回復しないと言っても、微々たる程度分、回復しないだけだ。だから、どこか体調が悪いのだと思ってしまった。反対に、ローズの呪いは分かりやすい」
「……氷の槍が降ってくるようになってから、目に見えて魔力が減っているのですね?」
「ああ……。ローズの件がなければ、毎日微かに減っていく魔力のことを呪いのせいだと気付きもしなかっただろう」
ルイスは滋養茶を飲み干すと、呼び鈴を鳴らした。扉の外に控えていた給仕係が空のティーカップに滋養茶を注ぎ足すと、また部屋の外へと戻っていく。
ルイスは温かい滋養茶を一口飲むと、話を続けた。
「その上、ローズの呪いとは違い、その魔力痕跡から情報を得るのは大変だった」
「ありふれた呪いではない……と?」
「ああ、ローズよりも酷い呪いだ。穢れているというより、闇そのものであるかのような黒さだな。その中に、辛うじて3種類の魔力を感じることができた」
「つまり、3人分の魔力ということですね」
ルイスはしっかりと頷く。
「おそらく、メロディアス公爵夫妻とその娘、アリシアの妹だろう」
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