第4話 不遇公女と逃亡中の王太子②
「かくれんぼは終わりですか? ルイス様」
涙を流し切り、アリシアの顔がだいぶスッキリした頃、ヴィヴィを乱暴に担いでいた男性が姿を現した。先ほどアリシアに見せたふわりとした笑顔はなく、冷たい感じもしなかったが、寡黙さもなくなっている。
つまり、男性がどういう顔かと言うと、悪魔の形相なのだ。言いたいことが山ほどあると言わんばかりの恨みつらみ顔で、額でパンが焼けそうなくらい熱気がこもっている。
その男性の姿を見たルイスは、異常な程たじろいでいた。
「待て、セバスディ。これには訳があるんだ」
「ええ、そうでしょうね。一部始終見ていましたから、説明は不要です。それに先ほど、私はこの公女さまとお会いしましたから」
「そうか、なら話が早い」
ルイスはあからさまにホッと胸を撫で下ろした。
「……あ、あの、セバスディ様。申し訳ありませんでした」
2人のやり取りを見ていたアリシアは小さく頭を下げて、立ち入り禁止区域内に入ったことを謝罪したが、セバスディは首を傾けて不思議そうな顔をした。
「う~ん、公女様が謝ることではありませんよ。謝るとしたら、先ほど好奇心で立ち入ったもう一人の公女様の方でしょう」
「でも、私も今……」
覚悟はしていたが、改めて自分がしたことを口にすると、アリシアは怖くなり手が震えた。ローランドの耳にこの事実が伝われば、怒られるのはアリシアだからだ。
ヴィヴィがアリシアの髪色を欲しがった日から、ローランドはアリシアに対する躾け方を変えた。研究資料を持ってくるようになったのだ。躾け方は、至って単調。魔法遺伝子の中で最も劣っている「零性遺伝子と将来性の無さ」について、淡々と長時間、説明をするだけだ。
しかし、アリシアにはその躾のやり方が物凄く怖かった。
ローランドは暴力を振るったり、痛め付けたり、大声で怒鳴り散らしたりはしないが、狩りのように計算された怒り方をする。獲物を確実に追い詰めて気力を奪うやり方は、まさにその類と同じことだとアリシアは思っていた。
「大丈夫ですよ、大体の事情は把握しています。本題に移りますが、青いリボンが付いたバレッタをお探しですね?」
「はい、妹から聞いたのですか?」
「いいえ。偶然、公女様方の話が聞こえましてね。耳も目も良いのが私の自慢です。なんなら気配を消すのも得意ですよ」
「……それでセバスディ、見つかったのか?」
「はい、もちろん」
「さすがだな。で、どこにあった?」
期待を寄せるルイスからアリシアへ、視線を一瞬だけ移したセバスディは、はっきりと大きな声で問いかけに答えた。
『青いリボンが付いたバレッタは、最初から落ちていませんでした』
数拍の間が静寂で埋め尽くされる。アリシアは身動きせず何も言わなかったが、ルイスの視線は感じていた。もしかしたら、アリシアの
「セバスディ、どういう意味だ?」
怒号を孕んだ声で、ルイスが問い質した。
「言葉の通りでございます。つまり、バレッタはヴィヴィ様が持っています」
「その公女の手元にありながら、それに気付かずに落としたと勘違いしていたのか? それとも――」
「これ以上は、逃亡者のルイス様が関与することではありません。そこの公女様が理由に辿り着いていることでしょう。さて、お遊びはここまでです。お部屋に戻り、勉強の続きをしてください」
有無を言わさないセバスディの視線がギロリとルイスを睨む。
「……分かった。セバスディ、アリシアを送ってくれ」
「承知いたしました」
アリシアの事情に踏み込むことを許されなかったルイスは、不服だと言わんばかりの表情で、背を向けた。遠ざかる背中にきちんとした礼を告げられないまま、アリシアは反対方向を向くと、そのままセバスディに連れて行かれた。
ヴィヴィと別れた地点までアリシアとセバスディが戻ってくると、そこにはローランドとヴィヴィともう一人、凛々しい顔立ちの男性がいた。ヴラド・キャロ・ヴェイン国王だ。国王に初めて拝顔するアリシアだが、絢爛の極みを尽くした服装を見れば、それが誰かは一目瞭然だった。
それにも関わらず、国王へ「挨拶の礼」が遅れたのは、髪色と瞳の色がルイスのそれと同じだったからだ。アリシアは「逃亡中のルイス」の正体が貴族の令息ではなく、本物の王子さまであることを偶然にも知ることになった。
挨拶を終えたアリシアは、そのままローランドの前に歩み出る。先ほどから苛立ちを見せていたローランドは、待ちくたびれたとばかりに鋭い眼光でアリシアに圧をかけた。
「アリシア、お前が立ち入り禁止区域内に入っていたとヴィヴィから聞いた。お前は文字も読めないのか?」
「あの、お父様……。それには事情があります。ヴィヴィが失くしたバレッタを探すために、仕方なく入りました」
「あら、お姉様。私はバレッタなど失くしてはいませんわ。私のせいにするなんて、あんまりです」
「ヴィヴィ、本当のことを言って。嘘は……」
「そんなことはどうでもいい。今更、理由を並べ立てた所で、恥晒しの行為が帳消しになる訳でもない。アリシア、今後どんな理由があっても立ち入るな」
「はい、お父様……」
アリシアは力なく項垂れる。ローランドの性格をよく知るアリシアだが、いつかは「言い分」を聞いてくれるはずだと、僅かな期待を捨て切れずにいる。それは今日も叶うことはなかったが、悔しさのあまりぎゅっと手を握り締めた時、アリシアは自分の手のひらに「ハンカチ」が握られていることを思い出した。
(……あ、持ってきてしまったんだわ。私がはしたなく泣いたから、困り果てたルイスが手渡してくれて……)
ルイスの優しさを思い出したアリシアは、曇り始めた気分を吹き飛ばした。すると、彼女の心臓はじんと熱くなり、身体中に激励を送るように鼓動は速くなる。いつもなら俯いてしまうことでも、今のアリシアは背筋が真っ直ぐ伸びていた。
「少しいいかな?」
前を見据えたアリシアの前に、豪華な影が降ってきた。
「ヴ、ヴラド国王陛下。な、何でしょう……?」
「今、セバスディから事情を聞いた。メロディアス公爵には、私から事実を伝えておこう」
「あ……、ありがとうございます」
小声で話す国王に合わせて、アリシアも小声でお礼を伝えた。目尻の皺にさえ、優しさを感じる国王に、アリシアは終始、緊張しながらも努めて淑女らしく振る舞った。
国王とアリシアの会話に興味を持ったローランドとヴィヴィは、様子を窺いながら、少し離れた所で待っている。国王は片目を閉じて、アリシアにウィンクをバチンと送ると、落ち着かない様子のローランドに爆弾発言をした。
「ああ、そうだ、メロディアス公爵。今日は私の息子ルイスと其方の娘たちが顔合わせをする日だったな。だが、その必要はなくなった」
「な、それは困ります、陛下。まだルイス王太子とヴィヴィの顔合わせは――」
「もう顔合わせは、終わっていたようだ。そうだろう? 公女アリシア」
「た、確かに先ほど私はルイス……様とお会いしました。でも、それは――」
必死に事情を説明するアリシアだが、国王は確信めいた表情で頷いている。
立ち入り禁止区域内で何が起こっていたのか全く知らないヴィヴィは、何に対してかは分からないが、顔を真っ赤にして怒り始めた。しかし、さすがのヴィヴィでも、国王の前では普段より癇癪を抑えている。一方、ローランドは顔を真っ青にして、しきりに「計画が……」と不満を漏らしていた。
状況が飲み込めないアリシアに、セバスディはそっと耳打ちする。
「勉強嫌いのルイス様が、不遇と戦う公女様の姿を見て、勉強部屋に戻ったのです。ありがとうございます、未来の王太子妃殿下」
アリシアは零性の象徴である「
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