群れに馴染めない羊屋さん
@takenomatu
第1話 異世界転生して戻ってきました
私の名前は
今年で16歳になった私は、高校生活が始まって数日経ったある日突然、何の前触れも無く異世界に飛ばされてしまった。
ベッドで寝ていたら周りからメェメェと動物の鳴き声。その鳴き声は次第に騒がしくなり、私はたまらず目を覚ましたら辺り一面の草原。
しかも私はそこで羊に囲まれていて、よく見たら自分の姿も羊に変わっていた。
更に驚いたのは、ドラゴンのような生き物が空を優雅に飛んでいた事。
目の前に広がるあり得ない光景。だが、よく小説を読んでいた私はすぐに気付いた。
(私、異世界に転生しちゃったんだ……!)
どうやら私は、明らかに魔物が住んでいそうな異世界の羊に転生してしまったらしい。
(このままじゃ、いつかドラゴンに食べられて死んじゃう!)
身を守る手段を持たない羊の私はこの日から、明日を生きる為に経験値を稼ぐ方法を模索し始めた。
数ヶ月後……
羊の私は森付近に出向いて、足元を注意深く探してある物を探していた。
(マンドラゴラ発見!)
私は見つけたマンドラゴラの周囲にある土を注意深く削り、ようやく見えた頭に思い切りかじりついた。
「ギャッ!?」
マンドラゴラは地中で中途半端な断末魔を上げ、そのまま力尽きた。私は力尽きたマンドラゴラを引っ張り出して残さず食べた。
何となくだが、マンドラゴラには多量の魔力が含まれているのが分かった私は、とにかく地面に埋まったマンドラゴラを食べて魔力を体内に取り込む作戦に出たのだった。
「ギィ……ギィ……」
(あっ、ゴブリンの鳴き声……!)
近くにゴブリンの気配を察知し、戦えない私は急いで森から出た。今はただ、ひたすら敵から逃げつつマンドラゴラを貪り食べる事しかできなかった。
十年後……
ずっとマンドラゴラを食べ続けた結果、魔法が使える羊になり、羊の群れのリーダーになった。
攻撃魔法を駆使してスライムなどの雑魚モンスターを狩りまくり、群れるずる賢い非常に厄介なゴブリンを危なげなく潰した。
こうしてさらに魔力を蓄えた結果、私は二足歩行で歩く羊の獣人のような姿になれた。
そして今現在、更に力を蓄える為に森で1番強いオーガを1人で狩っている。
オーガは群れで生活しているので、少人数を誘い出して自身の羊毛で作り上げた『動きを封じる』罠にかけ、そこに私の特大魔法を浴びせて倒している状況だ。
「はぁ、はぁ……これで全部かな……」
本当はオーガに喧嘩を売る予定は無かったのだが、遠くから土地を求めてやってきた『オーガの群れ』が、私が所属する羊の群れにちょっかいをかけるようになった為に仕方無くという感じだ。
「これも私が安全に暮らす為……」
私はオーガが消える際に落とした魔石を拾い上げ、全て頬張り飲み込んだ。
更に数十年後……
『カル様!収穫したてのマンドラゴラです!』
「ありがとうございます」
長い年月をかけ、ついに人間に限りなく近い姿になれた私は、魔法で強化して獣人の姿になった羊の群れと共に村を作り上げ、比較的水準の高い生活を送っていた。
主食としているマンドラゴラや野菜を栽培したり、周りに生息する魔物達を狩ったり、中には羊毛から衣類やぬいぐるみを作ったりしている者もいる。普通の羊ではあり得ない生活だ。
因みに編み物を教えたのは私だ。最初はボロボロだったが、今では魔法を駆使して完璧な洋服を編み出している。
『カル様!群れからはぐれたと思われる1匹のホワイトワイバーンが村の裏で暴れています!』
命が宿っているマンドラゴラ型の編みぐるみ『メエ』が、慌てた様子で私の住んでいる屋敷に入ってきた。
「分かりました。急いで向かいます」
『僕は村中を回って戦える者を集めてきます!』
「結構です、ホワイトワイバーン1匹なら私1人で十分です。ですが、何があるか分からないので、念の為にメエさんは私について来て下さい」
『えっ……わっ、分かりました!』
この後、無事にホワイトワイバーンを駆除し、メエさんと共に戦利品を村に持ち帰ったのだった。
そして数百年後……
長年、力を蓄え続けた私はついに魔王になった。
魔力と素材から魔物の創造、国の運営、時には自ら軍を率いて迷惑なドラゴンの群れを討伐したりと、前世の頃からは考えられないような生活を送っている。
見た目も前世の頃から大きく変わった。背は2メートル、白い癖っ毛に羊の角が生えた中性的な顔立ちだ。
性別は無いのだが、前にメエが「外に出るとカル様の女性ファンにめちゃくちゃ囲まれるのでなんとかしてほしい」という苦情を貰ったので、とりあえず女性からは好感を持たれてるらしい。
そんな私もついに魔王を引退。信頼出来る家臣を次の魔王に任命し、私は遠い田舎で隠居生活を送る予定だ。
今現在、私は綺麗に片付けられた自室で最後の荷物確認を終えた。
『カル様……本当に魔王を引退するのですね……』
同じく隠居用の荷物を持ったメエが寂しそうに呟いた。
「私もそろそろ、昔のようにのんびり過ごしたいと思ってたんです。草原に囲まれた絶景で編み物をしながら余生を過ごす……素晴らしいと思いませんか?」
『まあ、ずっと働き続けるのも大変ですからね……』
「所で……メエさんも本当に私の隠居生活について来るんですか?貴方ほどの実力なら此処でいい暮らしが出来たでしょうに……」
『カル様、僕は生まれた瞬間から一生カル様について行くと決めてたんです!例え素晴らしい環境だろうがカル様の居ない場所には何の価値もありません!チーズ袋を買いに来る時以外には絶対に此処には戻りません!!』
「メエさん……」
メエさんは私が初めて作り上げた魔物だ。彼はずっと私に寄り添い、身の回りの世話やありとあらゆるサポートをしてくれた大切な仲間だ。
『さあ!気が変わる前に此処から立ち去りましょう!主に僕の気が変わる前に!!』
「フフフ……分かりました。では、門を開けるとしましょう」
私はこの場で魔法陣を展開し、移り住む予定の土地に飛ぶ準備を始めた。
と、次の瞬間。
『うわっ!?何!?』
パチンと何かが弾けるような音がして、周囲が眩い光に包まれた。
『何も見えない!?』
「メエさん、落ち着きなさい」
『はい』
私の指示に素直に従うメエさんは見えるのに、周りの景色は全く見えない。
魔法を失敗してしまったのかは分からないが、こんな事は生まれて初めてだ。
やがて光が落ち着いていき、周りの景色がはっきりしてきた。
白い壁、ピンクのカーペットが敷かれた床、側に学生鞄が置かれた勉強机。
『……あれ?ここは何処?誤って一般家庭に入り込んでしまったんでしょうか?』
メエは初めて見る光景に何も分からず戸惑っているが、私はすぐに分かった。
『見た事無い物だらけ……ひょっとして外国でしょうか?』
「……私の実家です」
『えっ?』
「此処は私が前世の頃に過ごしていた家の自室です」
『え……えええええっ!?』
驚いた。まさか私がかつて住んでいた世界に戻ってくるなんて、夢にも思わなかった。
『此処がカル様が前世過ごしていた実家……!?物凄い場所に来てしまいました……!』
「私達がさっきまで居た場所とは別の星ですからね」
『違う星なんですか!?』
メエは興奮しながらドタドタと歩き回り、周囲をよく観察している。私もその辺を歩きながら、かつて住んでいた自分の部屋をぼーっと眺めた。
本来なら今頃は田舎に飛んでいた筈なのに、何故今になってこの世界に戻ってしまったのだろう……
「
家を探索していたら突然、下の階から女性の怒鳴り声が聞こえてきた。不機嫌そうに足音を立てながらこちらへ近付いてくる。
「もう熱は下がってんだから明日は学校行くんでしょ!?早く寝ないと明日遅刻するよ!!」
そう言って部屋の扉を開けて女性が中に入って来た。顔は忘れてしまったが、恐らくこの人は前世の私の母親だ。
「ぎゃーっ!?あんた誰よ!?」
私の顔を見た途端、元母親はすごい顔をして叫んだ。このまま彼女を放置していたら警察を呼ばれてしまう。
「失礼」
私は早足で彼女に急接近して洗脳魔法を掛けた。彼女は途端に大人しくなり、その場で停止した。目は焦点が合わず、光を失い濁っている。
『びっくりした……カル様、この方は……?』
「私の元母親です。折角ですし、彼女はこのまま操る事にしましょう」
『いいんですか!?この人母親なんですよね!?』
「彼女だからこそいいんです。さて、とりあえずまずはこの家内の人全員に術を掛けてきましょう」
『はっ、はい!分かりました!』
この後、父親と姉にも術を掛け、ようやくひと段落したので、改めて家内を探索する事にした。
カレンダーやスマホ、周りの物や先ほどの母親の台詞から察するに、此処は私が異世界に飛んだ日の地球らしい。
『へーっ!この写真の子が前世のカル様ですか!小さくて可愛らしい女の子だったんですね!跳ねた髪型は今とそっくりです!』
「自信のない、おどおどした子どもでしたよ」
『えーっ!?今の性格とはだいぶかけ離れてたんですね!いやぁ、色々知れて楽しいなぁ……所でカル様、この世界にはいつまで滞在するご予定ですか?というか私達は元の世界に戻れるのでしょうか?』
「大丈夫です、元の世界には帰れますよ。ですが、折角ですし……」
そう言って私は自身に魔法を掛け、前世の姿と瓜二つに化けた。
『あっ!カル様の前世の姿!可愛いですね!もしかして暫くの間は此処で過ごす予定ですか?』
「はい。折角なので高校に通っておこうかと。前世は自分に自信が持てず、周囲から孤立していましたが……今は違います。高校生活を満喫してから田舎に移るのも悪くないでしょう」
『おぉー!いいですね!折角ですから明日、僕も魔法で隠れながらこっそり学校についていってもいいでしょうか?』
「ええ、構いませんよ」
『やったー!!』
こうして、一度離れた世界に再び戻った私は改めて高校生として学校に通う事にしたのだった。
次の日……
「……」
『……』
ごく普通に目を覚まし、ごく普通に支度をしてごく普通に歩いて学校に到着した。此処までは確かに完璧だった。
『……カル様、教室に入らないのですか?』
だが、何故か自分のクラスに入れなかった。
「……失礼します」
『カル様!?』
私はたまらずその場から走り出し、壁を走って屋上へと避難した。
『カル様、急にどうしたんですか?』
メエは大慌てで追いつき、私が逃げた訳を尋ねてきた。
「……です」
『えっ?』
「無理です!!!!」
『うわびっくりした!?』
私は思わず屋上で全力で叫んでしまった。
『何故です!?何故急にダメになってしまったんですか!?』
「私、あんな他人だらけの小部屋に入れません!!」
『えええええっ!?』
そう、今になって急に人見知りが発動してしまい、教室に入れなくなってしまったのだ。
『何言ってるんですか!?貴方はつい最近まで一国を束ねる魔王だったでしょ!?あんな沢山の魔物束ねていた人が何今更人見知り発動してんですか!?』
「今まで接して来た相手は魔物か私が作り出した身内だけ!よく考えたら私はずっと身内としか会話してないんです!つまり何百年も他人と接してないんですよ!!」
『いやいやいや!昨日は学校生活を楽しむとか言ってたじゃないですか!?あの時の威勢は何処行ったんですか!?』
「無理です!さっき思い出しましたが、登校初日から数日は熱が出てずっと休んでたんです!今更教室入っても、クラス内の皆んなは既に会話する相手が固定された状態……私は群れ作りに乗り遅れた状態なんです!!」
『えぇ……えっと、じゃあもう田舎に飛びますか……?』
「……いえ、一度決めた事は最後までやり遂げます。卒業するまで意地でも学校に縋り付きますよ……」
『カル様……あまり無茶はしないで下さいね……』
こうして、私の『ドラゴンの群れ討伐』よりも遥かに苦しい『学園生活』が幕を開けたのだった。
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