第48話 ドカンと爆発
ベルがいる場所よりも下、ゴミの山の麓に、見覚えのある顔があった。
どうしてここにいるのだろう、とベルは首をかしげる。
筋肉質でたくましい肉体、短く刈られた焦げ茶色の髪。ひときわ目を引く、背中の大剣。
彼の名は──、
「ボルグ様?」
今日、彼は人の国へ帰されるはずだ。ケイオンと、他の仲間と一緒に。
ケイトもそのつもりで見送りに行ったのに、どうして彼だけがここにいるのか。
最後の時間を使って、観光中なのだろうか。
観光にしたって、ここより見所のあるところはたくさんあるだろうに。
(そんなわけ、ないか)
ここは、魔王城からそう遠くはないけれど、一般の魔族が立ち入ることを禁じられている場所だ。
当然のことながら、お客様である人が入ってもいい場所ではない。
つまり、彼は無作法な侵入者ということ。
「なぜ、こちらへ? 今日は人の国へ帰るご予定だと聞いていましたが」
のんびりと返すベルと相反するように、ボルグはイライラと叫んだ。
「なぜもクソもあるか! おまえに洗脳されちまったケイトの正気を取り戻すため、諸悪の根源であるおまえを倒しに来たに決まっている!」
「……はいぃ?」
「ケイトのやつ! あんたを愛しちまったから帰らねぇとか抜かしやがった! それも、魔王の前で堂々と、だ」
ベルは「うわぁ」と顔を引き攣らせた。
あの男、何を考えているのだろう。
しかし、その光景は容易に想像がつく。
行き遅れを覚悟していた娘の貰い手ができたと、ホクホク顔の
残念なものを見た後のようなゲンナリとした顔をするベルに、ボルグは「あーっ、クソ!」と苛立たしげに頭を掻きむしる。
そして再びベルのことを見上げると、憎々しげに叫んだ。
「勇者が魔王の娘をなんて、絶対にあり得ねぇ。どうせ魔族お得意の魔法を使ってなんかしたんだろう!」
「いやいや、そんなことをする必要がどこにあるというのですか。そもそも、魔法を使っているかどうかなんて、魔法使いであるケイオン様がいるのなら、見破れるはずです」
「知るか! 俺は、認めねぇ。なんとしてでも、ケイトを連れ帰る!」
ブォン、と風を切る音がする。
ボルグが、背負っていた大剣を抜いたのだ。
ギョッと目を剥くベルの前で、足場が悪い傾斜を、ボルグは大剣を構えたまま登ってくる。
ベルは慌てて立ち上がると、急いで樽をポケットへ仕舞い込んだ。
誤って壊したらとんでもないことになりそうで、保護魔法をさらに重ねる。
けれど、それがボルグを刺激してしまったらしい。
魔道具をポケットに忍ばせていると勘違いした彼は、先手必勝とばかりに斬りかかってきた。ベルの、ポケット目掛けて。
「やめなさい!」
ベルのポケットを、ボルグは
ポケットの中身はある意味爆発物とも言えるものなので、警戒するのは当然だ。
だが、衝撃を与えるのはいけない。
(拾ったシュールストレミングがどれだけ発酵しているのかなんて、わからないもの。衝撃を与えた結果、ドカンと爆発する可能性が無きにしも非ず……)
ベルは必死に逃げた。
せっかく見つけたシュールストレミングを失ってはたまらないと、庇い続ける。
「いい加減にしなさいよ! 認めるも認めないも、行かないって決めたのはケイトなのだから、あなたがゴチャゴチャ言っても無駄でしょう、ボルグ・ラッカム!」
「あんたのために残るってんなら、あんたさえいなけりゃ帰るって意味だろ」
ボルグは歪な顔でニヤリと笑った。
ひどくひしゃげた顔は、悪役のようだ。
人の国で紡がれる物語において、悪役は魔族であることが定石なのに、これではボルグの方がそれっぽかった。
「よく考えてみて。彼はとてもいちずな人よ。私が死んだら、私の亡骸を弔うって名目で残るに決まっている」
「洗脳が解けて、帰るって言い出すかもしれねぇだろ」
「洗脳なんて、するわけがないでしょう」
「するわけがないってことは、できるってことだな⁉︎ 油断ならねぇ魔族め!」
なにがなんでもベルが悪いと言いたいようだ。
これでは、埒があかない。
(それにしても……何なのかしら、この違和感は)
なぜかはわからないが、妙な胸騒ぎがしてならない。
(本気を出して、一気に片をつけるべき?)
攻撃に転じたら、ボルグをねじ伏せる自信がある。
だけれど、シュールストレミングは耐えられるだろうか。そこが、問題である。
(せっかくのシュールストレミングだもの。開封式を執り行って、じっくりと楽しみたいわ)
だから、爆発なんて言語道断である。
ベルはヒラヒラと、舞うように攻撃を
(こういう時、助けてケイト〜! とか言えたらかわいげもあるんだろうなぁ……残念ながら、私にはないけれど)
息を切らしながら、それでも諦めないボルグにベルもだんだん面倒になってくる。
ボルグは大剣を地面へ突き刺して
「ねぇ、いい加減諦めたらどう? いくらやったって私には一太刀も浴びせられないって、わかっているでしょう?」
「うるせぇ! 計画通りに進めるためには、必要なことなんだよ!」
ボルグはしまったという顔をした。
言うつもりなんて、なかったのだろう。
けれど聞いてしまった以上、ベルだって放置はできない。
「計画? 計画って、なによ」
「うるせぇ!」
ボルグは大剣を引き抜くと、あろうことかベルに向けて放った。
特殊な剣なのか、大剣だったはずのそれはいつの間にか
大剣だと思って侮っていたベルは、わずかに反応が遅れた。
けがは免れない。そう思った矢先、
ドォォォォン‼︎
轟音とともに、薙ぎ倒された大木のようなものが二人の間に横たわった。
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