第16話 食い尽くし系
ケイトが悶々と夜を過ごす中、一人スヨスヨと平和に眠っていたベルは、その翌朝、レティに吠えられていた。
「使用したお皿の枚数から察するに、二人前は作ったわけですよね? なのにどうして、全部食べてしまうのですか。そういうの、食い尽くし系って言うんですよ!」
「暴食姫だからねぇ」
「うぅ〜〜! 姫さまは、姫さまが作る料理のすばらしさをご存じないから、こんなことができるのです……!」
大きな尻尾が、不機嫌に膨れ上がっている。
それを股の下から出して、抱き枕のように抱えながら、レティはぶぅぶぅと文句を垂れた。
夜食のことを悟られないようにきちんと片付けまでしたっていうのに、戸棚にしまった食器の定位置が少しズレているだけでバレてしまったらしい。
名探偵さながらの観察力に、ベルは脱帽するしかない。
「ごめん」
「たとえ冬眠中だったとしても、叩き起こしてくださいってお願いしておいたのに」
「だから、ごめんって」
ああ、鬱陶しい。こんなことなら、お望み通りに叩き起こせば良かった。
しかし、起こしたら起こしたで、勇者とエンカウントしたレティがどうなるのかなんて、火を見るより明らかだ。
気絶。
それしかない。
ベルとしてはレティの繊細な神経を考慮した結果だったのに、報われなくてつらい。
それでも、ケイトのことはまだ明かす気にはなれず、ベルはこっそりと諦めるように小さく息を吐いた。
「おわびに朝ごはんを作ってあげるから。それじゃだめ?」
「……許します!」
レティは、ベルが作る料理に胃袋を掴まれている。彼女の胃は、ベルのとりこだ。
だからこそ、こんな
面倒だなぁとは思うけれど、同時にかわいいなぁとも思ってしまって、ベルは「ふふ」と笑った。
「じゃあ、貯蔵庫へ行って食材を取ってきましょうか」
「はぁい!」
朝食の用意をするなら、まずは貯蔵庫だ。
キッチンにあった食材はほとんど夜食に使ってしまったし、ついでに貯蔵庫の在庫を確認しておきたい。
レティに張り付かれたまま、ベルはカゴを持って地下室へ降りていった。
分厚い扉を押し開くと、たくさんの棚が並んでいる。
この家の地下は、大きな貯蔵庫になっているのだ。
貯蔵庫には、どんな食材も常に使える状態に保存しておく魔法がかけられている。
この魔法は地の国の技術の
タマゴ、牛乳、小麦粉、バターにジャム。
なんとなく今朝は、ビスマルクを作りたい気分になってくる。
ビスマルクは、タマゴ・小麦粉・砂糖・牛乳を混ぜ、
焼き上がりは深皿のような形をしていて、ふちはカリカリ、真ん中はもっちりしている。
ベルは焼きたてのビスマルクにバターを塗って、レモンを搾ってパウダーシュガーをかけるのが好みだが、レティはジャムをたっぷりのせるのが好きだった。
「甘いポップオーバーには、塩気のあるベーコンを添えるのがいいかしら」
他の付け合わせを考えながら、ふとベルは昨夜のことを思い返していた。
昨夜、ベルは久しぶりに料理をした。
これまではケイトのことがあったので、レティに丸投げしていたのだ。
だから昨夜は、
数日ぶりの料理、それも見知らぬ食材だったので緊張したが、うまくいって良かったと思う。
ケイトと一緒にとる初めての食事は、会話もなく、どこかぎこちないものだったけれど、あったかくて、くすぐったい時間だった。
おいしいと言ってくれたのはたったの一回だけ。
だけど、「ごちそうさまでした」と丁寧に手を合わせる人の国の文化をすてきだと思ったし、お皿に汚れが残らないくらい綺麗に食べてくれたところを見ると、ベルが作ったものを気に入ってくれたのだと思う。
「少しは、元気になったのかしら」
そうだったら、嬉しい。
今朝も隣で寝ていたケイトを思い出し、ベルは口元をほんの少し緩めた。
「姫さま?」
小さな物音にハッとなって顔を上げると、大きな目をギョロっと剥いて立ち尽くすレティがそこにいた。
「な、なん……!」
「どうしたの、レティ。そんなに慌てて」
「いや、だって、それ……」
震える指先が指し示すのは、ベルの顔だ。
もしや背後に何かあるのだろうかと振り向いたけれど、通路がそこにあるだけ。
(となると、私の顔に驚いているってこと?)
首をかしげながら改めてレティに向き直ると、彼女は「にょわぁぁ」と奇声を上げながらしゃがみ込んでいた。
その首筋は赤く、興奮しているようにも見える。
ブルブル震えているのは、笑いを堪えているからなのだろうか。
「あれは、どう考えても……」とか「かわいすぎる、ぐふっ」とか聞こえるが、何を指して言っているのかベルにはさっぱりだ。
「なんなのよ、もう」
意味がわからない。
もともと容姿が優れているタイプではないけれど、笑うなんて失礼だと思う。
ベルはさっさとお目当ての食材をカゴに放り込むと、うずくまるレティを置いてさっさと階段を上がっていった。
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