一角のアオ
雨宮雨彦
第1話
妙娘が一角に加わったきっかけは、非常に単純だった。
家なし。帰るところもなしという身で町をさまよっている時に、たまたま王宮の正門前を通りかかり、掲示に気が付いたのだ。
『一角 補充につき新人を求む』
とある。
「一角って何だろ? 何をするんだろ?」
見当すらつかないまま、物はためしと門番に尋ねてみると、
「一角の募集には、性別年齢などの制限は一切ない」
という答えだった。
その場で妙娘は応募を決めたのだ。
「よし」
と門番はうなずき、妙娘をある部屋へ案内した。
部屋の中には背が低く、ヒゲもじゃで豚のように太った男がおり、これが隊長だそうだ。
驚いたのは、妙娘の入隊がこの場で許可されたことだ。
しかしいい気なもので、その夜から妙娘は兵舎の中で、グウグウと眠りにつくことができた。
未来に対して希望を持たぬかわり、無知でお気楽なこの娘は、どんな夢を見ていたことやら。
翌朝から、さっそく訓練が始まった。
馬については、妙娘も一通りの知識を持っていた。
父親が生前は御者で、家の中でも1頭飼っていたことがあるのだ。
しかし厩舎へ連れて行かれ、自分のものとなる一頭と初めて対面したときには、妙娘も少し驚いた。
その馬は、分厚いヨロイを着せられた姿だったのだ。
ヨロイは金属製でキラキラと輝き、首や胸、背中はもちろん、足まで完全に包んでいる。
すぐに妙娘自身もヨロイを着せられ、同じような姿になった。
腰には剣まで差し、妙娘が
なんとか馬の背にはい上がると、隊長が口を開いた。
「ようし、剣をぬけっ」
おっかなびっくり妙娘はそれに従ったが、隊長の言葉は続いた。
「お前の仕事は、馬の邪魔をしないことだ。お前が戦うのではなく、馬が戦うのだ」
「私は何をするの?」
「お前の仕事は、馬の背に飛び移ってくる敵を、その剣ではらい落すことだ。さすがの馬も、自分の背にまでは手が回らないからな」
「何と戦うの?」
ここで、なんと隊長は笑ったのだ。
「知らなかったのか? お前は狼と戦うのだよ。一角とは狼を退治する仕事だ。森には近頃、人食い狼が出るのでな」
とんでもない世界にまぎれ込んだことにやっと妙娘も気がついたが、もう遅い。
自分の馬に、妙娘はアオと名づけた。むかし父親が飼っていた馬の名だ。
訓練は続き、あるとき妙娘を乗せたままのアオは係に手綱を引かれ、訓練場内の別の場所へと移動を始めた。
それは王宮内で最も奥まった場所にあり、2重の塀で囲まれ、出入口には常に2人の兵が立つほど警戒が厳重な場所だ。
「あれは何だろう?」
とは思っていたが、自分とは無関係な気がして、妙娘も必要以上に気には留めていなかった。
いま、妙娘とアオはそこへ向かって進んでいる。
2重の塀と同じように2重の門があり、一つ目の門を入った時点で、まず背後の門がしっかりと閉じられた。
それほど警戒が厳しいのだ。
どこから現れたのか見慣れない3人の係がいて、それがアオの額の中央に、一本の剣をまっすぐに取り付けた。
アオは、まるで伝説の一角獣のような姿になった。
その剣のサイズを見るだけで妙娘は驚き、背筋の凍る思いがした。刃の長さだけで2メートルもある。
それがしっかりと固定され、
「だから一角と呼ばれるんだ…」
やっと妙娘は真相に気が付いた。
ついに内側の門が開かれ、内部の様子が妙娘の目前に姿を現した。
内部は丸く、充分な面積があるが、一種の決闘場のようになっている。
2者がぶつかり、戦い、殺し合いをする場所だとは一目で知ることができる。
2者が入り、出てくるのは1人だけ。
観客席はないが、まわりを囲う塀は高く、乗り越えて逃げ出すことはできない。
妙娘が合図もしないのにアオが勝手に前進し、丸い土地の中央に立った。
その背後で最後の門が閉じられたのだ。
妙娘はキョロキョロしたが、壁にもう一つの出入口が存在することに気づくには、時間はかからなかった。
そして、ついにそれが開かれた…。
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