第2話 刀の少女

 これって、本物?


 鞘の先は収められているので全貌が見えているわけではない。

 だが、見た目でそれが刀ということは、なんとなく分かった。


「この部屋に倒れていたのは、君と大宮君と私……そしてこの子の4人だった。この子も起こそうとは思ったんだけど……ね」

 

 飯能さんが苦い笑いを浮かべながら、少女の近くに膝をついて座る。


「……生きて……いるんですよね?」


「うん。呼吸してるから、この子も気絶しているだけだと思う」


 僕が見やすいようにと、女の子の髪を軽くあげてその表情を見せてくれた。


「顔を見るに、明らかにこの子は私より歳下……だけど見慣れない髪色に傷ついた身体、そして腰には凶器のような刃物。子どもだけど、どこか異様な感じがしてね」


 倒れている少女は僕よりも身長が低く、10代前半といったところ。

 小柄で幼さを覗かせるも、整った綺麗な顔立ち。顔だけ見れば、おそらくアイドル並みに可愛い女の子。


 そう……顔だならば。


「この服もすごく奇抜だし、どこか不自然。……だからこの子は、君が起きてから起こそうって、大宮君とは話をしてたの」


「とりあえず、起こす前にその腰のやつ、玩具おもちゃかどうかだけは確かめようぜ。玩具だとしても、起きた瞬間に突然襲ってきたら笑えねぇだろ?」


 そう言って大宮さんはしゃがみ込み、少女の鞘から刀を抜いた。

 少し離れた位置に移動し、刀を軽く振りあげる。


「やべぇな、しっかりと重さがあるぞ」


 きー----ん!


 刃を地面に軽く当てると、固い金属音が室内に響いた。


 その音に、思わず息を飲む。

 ……これは、玩具が出せるような音じゃない。


「おいおい。……これ、本物だよな?」


 大宮さんはにやけたように笑ってはいるが、明らかに緊張していた。


「もし本物だとしたら、素人がそう簡単に振り回していいものじゃない。下手したらケガじゃすまない。気を付けて」


 飯能さんは大宮さんに寄って、強い口調で忠告する。


「分かってるよ……。ってもよぉ、なんなんだこの女。やくざの娘かなんかか?」


 出られない部屋に、凶器を持った女性。

 ………まるでこれから、ここでデスゲームがおきるんじゃないんだろうか?


 心臓の動きが……鼓動が、やばい。


 ……だめだ!

 考えちゃだめだ。

 そんなことを考えたら、きっと耐えきれなくなってしまう。


「おい! 良く見るとよぉ、刃のとこが黒ずんでんぞ。濃い赤……これって、血か?」


 ……もう、嫌だ。

 なんなの、ここは?


「なぁ本当にこいつ、起こしていいのか?」


「だから、そうやって近くで振り回さないで! ……ここが密室で、現状もう彼女しか手がかりになりそうにないなら、起こすしかないでしょ? それに、ケガをしている女の子をこのままにはしておけない」


 飯能さんは、倒れている彼女に改めて近づき、しゃがんで顔を近づける。


「腰についているこれは……はずれないか」


 軽く引っ張ったり、動かしてみるも取れる気配がない。

 腰にまかれた鞘は複雑に服に巻き着いており、初見で外すのは難しそうだった。


「私がこの子を起こすから、大宮君は離れた位置で刀を持っててくれる? 取り返しにくるかも知れないから、奪われないようにしっかり守ってて」


「それは構わねぇが……おい、川越! なんでもかんでも女にやらせねぇで、お前が起こせよ!」


 え……僕?

 こんなよく分かりもしない、人殺しかも知れない子を……僕が起こすの?


「男が女に任せてんじゃねぇよ、プライドはねぇのか?」


 男のプライド?

 大宮さんは何を言っているの?


 体の震えが止まらない。

 涙が出てきてしまう。


「大丈夫だよ」


 肩にそっと手が置かれる。


「私ね、こう見えてテコンドーの全国大会常連選手なの。何かあった時、きっと私の方が対処できる……だから、ここは私に任せて欲しいな」


「………………ごめんなさい」


「ここはお願いしますが正解かな。……大宮君、突然彼女が飛びかかってきても、驚いて斬りつけないでよ」


 飯能さんはそう言って僕たちに笑いかけると、再び少女の体を触る。


 どうして彼女は、こんなにも強いのだろうか?


「ねぇ、起きて」


「…………んん……」


「私の声、聞こえる?」


「………………ん……ん…」


 強く揺すれど、耳元で呼びかけるも彼女は目覚めない。


「どうして、こんなに傷だらけなんだろう」


 大宮さんは、少女の服をめくりケガの確認をしはじめた。


「この子……やっぱり変だ」


「なんだ? 他にやばい物でもあったか?」


「傷も多いけど……この子、やっぱり私たちと違う」

 

 何かを言い辛そうにする飯能さん。


「だから、なんなんだよ!」


 煮え切らない彼女の言い方に、大宮さんの声が大きくなる。


「いや、すごく変な話をするけどね。この子のつけてる下着が、私の知ってる下着とは……少し違うかなって」

 

「…………は?」

「…………え?」


 僕と大宮さんが声を詰まらせる。


「さすがに見てとは言えないけど……形とか作りとか、なんか私たちが使ってるのとは違ってて……昔の物のようで、逆に斬新で未来的と言うか……」


 飯能さんはすごく説明に困っていた。

 正直そんなことを言われても、僕も言葉を返せない。


「とにかく、やっぱりこの子は普通じゃない」


「………ん、ひゆ」


 ……今、なにかを?

 寝息だけだった彼女の口から、言葉が発せられた。

 

「ねぇ、聞こえる! ねぇ!」


 飯能さんは、少女に起きるよう再び声をかける。


「……ひ、ひゆ」


 何かを、呟いている?


「…………ヒユナ……だめ。そばに」


 うなされるように、少女はくり返し小言を呟いていた。

 

「この子……泣いてるの?」


 飯能さんは少女の目元に指を当てて、優しく涙をぬぐった。


「……ヒユナ……どうして」


 少女が、目を開けた。


「私は……」


 虚ろな目で飯能さんを見つめている。


「私は……何を、ヒユナは?」


 少女は眠気眼にゆっくりと顔をあげて、かすれたような声で問いかけていた。


「ねぇ、大丈夫? すごい傷だけど……」

 

 飯能さんは心配したように声をかける。


「……………はっ!」


 突然、大きく少女は目を開いた。


「…………離せ!!」


「…………きゃ!」


 勢いよく飯能さんを突き飛ばし、少女は地面に転がる。

 そしてすぐに体制を立て直し、かがみながらこちらを睨みつけていた。


 子どもとは思えぬ、あまりにも俊敏なその動きに自分の目を疑う。


「おまえたちは何者だ? 見たことのない羽織り、……『きくさぎ』の残党か?」


「ちょっと待って! 大丈夫、私たちはあなたに何もしないから」


 突き飛ばされた飯能さんは、すぐに体制を立て直し暴れた動物を落ち着かせるような動作でなだめる。


 異常な状況で本来はこんなことを考えているべきではないはずなのに、僕は思ってしまった。

 この子、すごい美少女だ。


「見たことのない変な姿……なんなんだおまえらは?」


「いや、お前のほうが変だろうが!」


「おい! なぜ、お前がそれを持っている?」


 ……唐突に空気が張り付いた。

 叫ぶ大宮さんを見た少女の視線は、恐ろしい程に鋭かった。


「その刀は……私のだぞ」


 その視線の先は彼女の刀。

 奪ったことが、すぐにバレてしまった。


「返せ! あの子の残した刀を!」


 …………あれは……煙?


 彼女のまわりに白い煙のようなものが、円を描いて集まり出す。

 自然発生したと思えない煙たちが、はっきりと目に映っている。

 そしてどんどんと彼女のまわりの煙が大きくなっていった。


 ……なにが、起きているの?


「その刀は、私のだぁぁぁぁぁーーーー!」


 煙にのって、彼女は勢いよくこちらに駆けてきた。

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