第1話 暗い部屋

 肌から感じる、冷たい感触。


 頭が……ジンジンする。


「ねぇ、起きて。ねぇ、聞こえる?」


 女性の声。

 体を誰かに揺すられている。


 僕は……?


「起きて、ねぇってば!」


「うわぁ!」


 強引に体を起こされ、思わず声を荒げてしまう。


「…………な、何?」


 意識が現実世界へと引き戻された。

 僕は……寝ていたの?


「君、大丈夫?」


 えっ、誰?

 目の前には知らない女性。


 よくよく周りを見渡すと、自分が薄暗い部屋にいることが分かる。


「え、あの、これはいったい?」


 壁には松明たいまつのような火が周囲を照らし、より部屋の不気味さを引き立たせる。


「君は誰で、ここがどこだか分かる?」


 ここがどこかって………。

 この人は、何を聞いているの?

 

「あ、あなたこそ、いったい誰なんですか?」


 恐怖と不安に押し潰されそうになる。

 体の震えが……止まらなかった。


 これってもしかして、誘拐?


「落ち着いて。私は何もしないから! ……怖がらせてごめんなさい。私も君より少し前に目覚めて、ここかどこだか分からなくて困っていたの」


 その言葉に、少し緊張が緩む。

 恐怖から気づかなかったが、よくよく見ると彼女は僕とあまり歳の変らなそうな人だった。


「君なら、何か知っているかなと思ったんだけど……」


 それに制服を着ている。

 高校生……だろうか?


「その感じだと、やっぱり何も分からないみたいだね。驚かせてごめんね。私の名前はさえ、飯能紗恵はんのうさえ……君は自分が誰だか分かる?」


「か、川越かわごえ………あいねです」


「あいね君ね。君は、しょう……いや、中学生かな?」


「……はい。2年生です」


「迷ってごめんなさい。可愛い様子をしていたから……つい」


 間違えられるのは別に珍しい話ではない。

 身長が低いせいか、小学生に見られることも少くない。


「大丈夫です。よく間違えられるので……それより、ここはどこなんですか?」


「私も分からないの。気付いたらここに倒れていたから……その前の記憶は、部活の大会の帰りで、外を歩いていたような覚えがあるんだけど……すごく曖昧なんだよね」


 僕の目覚める前の記憶。


 たしか夜の神社に…………猫が……?


 だめだ、はっきりと思い出せない。

 近しい記憶のはずなのに……モヤがかかったように上手く思い出すことが出来ない。


 自分の名前も過去もちゃんと分かっているのに……ここ最近の記憶が抜けている。


「記憶がなんで? 思い出せない……」


 思い出せそうで、全然思い出せない感覚。

 すごく気持ち悪い。


「やっぱ、君もそうなんだね。みんな、そんな感じなんだよね」


 ……みんな?

 それって他にも人がいるってこと?


「あの、他にも誰かいるの―――」


「おい、やっぱダメだ。どうやったって開かねぇぞ、あの扉」


 遠くから聞こえる男の声。

 当然の声に、体がビクッと反応してしまう。


「鍵穴はねぇし、蹴っても全く壊れる気配がねぇ」


 こちらに歩いてきた事で、その姿がハッキリと映る。

 短髪に茶髪、ジャケットを羽織った見た目がとても派手な男。

 ……彼も高校生だろうか?


「完全に俺等は閉じ込められてんな」


 こちらの存在を認識し、視線を向けてくる。


「よ、やっと起きたか」


「えっ、……あ、あの……」


 戸惑いから、言葉が上手く出てこない。


「は? 何言ってんだ、聞こえねぇよ」


 睨見つけるような視線に荒っぽい言い方。

 怒っているような表情に背筋が凍り、体に緊張が走ってしまう。


「やっぱ、おめぇも記憶がねぇのか?」


「あの、僕は……」


 威圧感が強くて、すごく話し辛い。

 この人……苦手だ。


「大丈夫だよ。……あぁ見えて彼、けっこう良い人だから」


 飯能さんに軽く背中を擦られる。

 僕を安心させてくれているのだろうか?


「あ? さっき会ったばかりの初対面だろうが」


「そうだね。でも話をした感じ、君は悪い人じゃないと私は思ったよ。ねぇ、名前ぐらい名乗ってあげたら?」


 男はバツが悪そうに頭をかく。


「タクミだ。大宮おおみやタクミ」


「…………川越アイネです」


「アイネ……珍しい名前だな。漢字は?」


「愛するの“あい”に……音楽の“おと”」


「へぇー素敵な字を書くね。すごく優しい感じがする」

 

「ここ薄暗いから分かりにくいけど、お前は男だよなぁ?」


「…………はい」


「名前といい、なよなよした態度といい、女みてぇな奴だな」


 やっぱり僕は、この人が苦手だ。


「彼は高校2年生。ちなみに私は3年生だから、みんな歳は違うみたいだね」


「んな話はどうでもいいだろ。で、お前もここがどこで、なんでここにいるのか、やっぱり分かんねぇのか?」


 再度周りを見渡しても、やっぱり僕はこんな場所を知らないし、何も思い出せない。


「……すいません」


 男はため息を吐き、座り込んだ。


「んだよ、結局は手がかりなしかよ」


「あの扉、やっぱり開かなかったんでしょ?」


「あぁ、押しても引いても、蹴っても動かなかった」


「扉があるんですか?」


「うん。暗くて分かりにくいけど、あそこのくぼんだようなスペースに扉があったの。おそらく唯一の出入り口なんだろうけど……」


「今はスマホもねぇからライトで細部まで見れたわけじゃねぇけど、恐らくこっち側からじゃ開ける手段がねぇ」


 本当に僕らは、閉じ込められているんだ。

 

 まわりの照明の炎の揺らめきが、より怖さを際立たせる。

 コンクリートで作られたような壁に、赤く塗られた木の柱。

 天井には紫のような色で書かれた不思議な模様……日本らしさはあるが、どこか古くさい。

 まるで……何もないお化け屋敷。


 こんなところに、僕は監禁させられたの?

 どうして? なんのために?

 ……怖い、すごく怖い。

 今もなお、体の震えが止まらなかった。


「ねぇ、大丈夫?」


「…………す、すいません」


 怖くて、泣きそうになるのを必死に抑える。

 きっと飯能さんたちがいなかったら、僕は恐怖で押しつぶされていただろう。


「怖がってんなよ、男だろ?」


 怖がる僕に呆れ、男は立ち上がる。


「もうあいつを起こすしかねぇのかもな」


 タクミさんは視線を少し遠くに向ける。


「そうね、川越君も起きたことだし……あの子で最後」


 ……あの子?


 2人の視線の先、少し離れたそこには人が倒れていた。

 暗くて気が動転していたからか、気づかなかった。


「…………女の子?」


 僕と同じぐらい……いや、もっと若い?

 ゆっくりと近づき、姿を確認する。


「…………え?」


 彼女の姿を見て、思わず戸惑いの声が出る。


「…………髪が赤い」


 地毛なわけ……ないよね?

 着ている服も、着物を現代風にアレンジしたような奇抜な服。

 和服のようだが、すごく動きやすそうな作りをしている。

 コスプレだろうか?


 それにしたって、異常なまでに服が汚れている。

 というか見えるだけでも体中にいくつもの傷。

 明らかにこの子だけは、僕らと様子が違っていた。


 そして何よりも、目を引くもの物がある。

 彼女の腰に巻かれている異物。


 …………これって、刀だよね?



   ―――――――――――――――


皆様はじめまして「紫蘇しそユウヤ」と申します。


この度は、当作品をお読み頂きまして、誠にありがとうございます。


少しでも面白いな、もう少し読んでみようかなと思っていただけましたら、星評価やレビュー、コメント等して頂けますと幸いです。


今後とも『異世界は僕に優しくない』を、どうぞよろしくお願いいたします。

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