Empty Sky -未来世界を生きる-

蒼見雛

摩天楼と目覚め

夢を見た。

狂った世界。空に浮かぶ巨大都市。渇き砕けた台地。夜の明けない森。あるはずのない、あってはならない世界の夢だ。

だけど、頭のどこかで受け入れた世界。


そんな夢も長くは続かなかった。

少年の夢は終わり、金属のひしゃげる音と衝撃と共に意識が覚醒した。


「あ、がッ、うぅ………」

初めに見えたのは、光だった。

視界がボヤけ、目に見える全てが分からない。まるで何年も閉ざしていた瞳を開いたようだ。


体も思うように動かない。錆びついた関節を少し動かすだけで、骨から鈍痛が響く。


(……な、なんだよ!?)

そのくせ、意識だけはしっかりしている。思うように動かない身体に困惑を抱きながら、痛みから逃れるように身を捩り、天井を見上げる。見上げた先に空はなく、ただぼやけた金属の硬質な輝きがあるのみだった。


何もせず、天井を眺めていると、ようやく体中の違和感が消えてきた。

「あ、ああー。…ちょっと喋れるようになってきた」

貼り付いたような違和感を感じていた喉も、ようやくまともな声を吐き出す。

身体を刺激しないように、少しずつ、少しずつ体を動かしていく。

そうしていると、かなり体が動くようになった。


徐々に安定してきた視界で、周囲を見渡す。

自分の周囲を包むのは、金属の板だ。コンテナだろうか。長方形の箱に入っている。俺の知識にある一番近いものは、トラックの荷台だろうか。


だが、トラックには普通ない物も鎮座していた。

ガラス張りの棺桶。そうとしか言い表せないもの。表面に幾何学の模様が描かれたそれは、頑丈な留め具で壁に固定されていた。人ひとりが入れるぐらいの棺桶の前面のガラスが砕け散り、周囲の床に散乱していた。


自分の体勢から考えると、あの中に入っていて、衝撃によって飛び出て来たようだ。ガラスを突き破るほどの勢いで飛び出たのなら、何かしらの怪我をしているはずだが、恐る恐る体を見渡しても傷はない。


ただ、白い手術着のようなものを着せられた肌色の身体があるだけだ。


さて、どうしようか。

中にいてもどうしようもない。外の状況も気になるし、ここは出てみるしかないだろう。

俺は壁のハンドルを回し、密閉されたコンテナを開く。観音開きに扉が開き、新鮮な外気が入ってきた。冷たく、埃っぽい匂い。

その自然の香りに、ほう、と息を吐く。


「よ、っと」

ぴょん、と飛び降りる。


予想通り、少年がいたのはトラックの荷台の中だった。トラックは道からそれ、風力発電機らしきものの柱に追突し、運転席を押しつぶしている。


多分、風力発電機だ。風車のような羽は無く、螺旋状のタイルが組み合わさっているから自身は持てないが。


地面には背が低い草がまばらに生えている。

近くに道路はあるが、走る車はいない。それどころか、建物も無い。あるのは荒れた地面に引かれた道と等間隔で植えられた風力発電所だけだ。


人の少ない場所で事故にあったらしい。辺りは薄暗く、大きな月の明かりだけが頼りだった。


どうしようか。何も考えず、外に出たが、行き場がない。

ついでに現在地も不明。こんな場所に見覚えも無ければ、トラックの荷台に詰められる心当たりもない。


急に大海の真ん中に放り出された気分だ。困惑から、ため息が零れる。


だが、いつまでも突っ立っているわけにはいかない。せめて周囲の状況から情報を集めようと、頭を上げ、遠くを眺める。


そして、時が止まった。

「…なんだ、あれ」

思わず息を呑んだ。


少年の視界の先には、天を突くような摩天楼があった。


最も高い建物は雲の近くまで伸びており、鋼鉄のビルが所狭しと並んでいる。空には小型の車両らしきものが飛び交い、都市を照らし出している。


そこにあったのは、夜にも関わらず、明かりの絶えない都市だった。


呆気に取られる。

勝手に人気の少ない場所にいると思っていたので、明らかな都会の景色に面を食らった。いや、それだけではない。見惚れたのだ。美しい光の都市に。


どれだけ立ち尽くしていただろうか。ふと、我にかえり、頭を振るう。

ここで呆けていても、どうにもならない。


少年は、現在地を知る手掛かりになるかと思い、都市の全容を眺める。異常に巨大な建造物には、無数の窓がついており、そこから漏れた光が、ビルを彩っている。


商業施設らしき建物は、青、赤、白といった派手な色合いで人々を引き寄せていた。


それを見て、確信する。ここは、自分の知るどの都市でもないのだと。少なくとも、あんな巨大なビルは見たことがない。それに空を飛ぶ車もだ。


景色から手掛かりが得られないのなら、残すは人だ。

とりあえず、このトラックを運転していた者に話を聞こうと、半壊したトラックの運転席を覗き込む。


だが、少年は忘れていた。車両がどのような状態だったのかを。


「うわ、グロ……」」

そこにあったのは二つの死体だ。ひしゃげた車体に押しつぶされた死体はほぼ原形を留めておらず、窓ガラスを赤く染め上げている。


少年はほぼ無傷で生きている奇跡に感謝する。もしもガラスの容器に入れられていなければ、コンテナの中で跳ねまわり、この死体と同じ状態になっていただろう。


(そもそも何で捕まっていた?俺が……、俺は―何だ?)

その時、初めて気付いた。自分は何も知らない。ここがどこなのかも、誰なのかも。


「はあ?」

住所も住人IDも自分の年も何もかも知らない。手掛かりの運転手は死に、後に残ったのはトラックの残骸と二つのひき肉だ。


「どうすんだ、これ」

袋小路のような現状にいら立ちが募り、壊れた荷台を蹴りつける。金属がかすれる音が周囲に響くがそれに目を向ける人はおらず、ただ膝を痛めただけだ。


「はあ、行くか」

俺は都市に向けて歩き出した。こんな所にいても、どうしようもないし、警官が来て事故の責任を取れと言われたら最悪だ。

それに夜風によって巻き上げられた荒野の砂が纏わりついてきて不快だ。とりあえず、目の前に見える都市に向かおう。

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