うら

外東葉久

うら

 吐く息が白くなるか、毎朝黒い手袋にかざして、確認するのがルーティーンになりつつあった。

 空は快晴で雲ひとつない。飛行機が低く旋回しながら、どこかへ向かっていった。

 なぜか、南の島へ向かっている気がした。

 自分自身、リゾート地には全く興味をそそられないが、脳は暖かさを求めているのかもしれない。

 羽織っているコートのしわを直し、また飛行機が飛んでこないかと、ポケットに手を突っ込んで、ちょっと格好つけて、遠くの空を眺めてみた。


 窓際の席を取っておいたかいがあった。

 出発したときには、暗くて何も見えなかったが、眼下に見えている雲の海の端が、だんだんと白んでいく様子を、今じっくりと眺められている。

 異世界へ来たようである。

 機内に目を戻すと、隣には小太りのサラリーマンが座り、客室乗務員は飲み物のカートを器用に押している。自分の目の前にも、空港内のコンビニで買ってきた朝食が並んでいる。

 頭上のモニターが、この機体がどこにいるのかを地図上に示している。

 広い空の中で、この小さな機体だけが、地上の日常を輸送している。

 モニターが示す外気温はとんでもなく低く、この機体の速さはとんでもなく速く、今いる高さはとんでもなく高い。ここにいる異常さを、誰か感じているのだろうか。

 日常の外側に目を向ける人は、意外と少ない。


 あ。

 赤いランドセルと、紺色のコートが見えた。

 だだだっと走っていって、ランドセルをばんと叩く。

「おはよ!」

「わ!もー、びっくりしたー」

「へへへ。あ、手ぶくろつけてきたの?」

「うん。新しくかってもらった」

「へー。水色かわいいね。ふわふわもついてる」

「ありがと」

「わたしも明日からつけてこようかな。さむいね」

「息、白くなるかな?」

「せーの、」

はー

はー

「だめだ。もうちょっとさむくならないと」

「明日にはぜったい白くなるよ!」

「そうだね」

「さむいなら、手つなご」

「うん!わあ、手ぶくろあったかーい」

「見て!ひこうき!すごい大きいよ」

「ほんとだ。のってみたいなー」

「なんでとんでるんだろうね」

「うーん、分かんない!」


 朝は快晴だった空は、昼に一面が薄灰色に変わっていった。いつもなら上がるはずの気温も上がらず、夕方には耳が痛くなるような寒さだった。

 飛行機が飛ぶ低い音が聞こえる。雲の中にいるのか、上にいるのか、姿は見えない。

 手袋に息をかざしてみる。

 少し息が白くなった。

 前を、赤いランドセルの小学生ふたり組が歩いていた。

 「あ!雪だ!」

そのうちのひとりが声をあげる。

 黒い手袋の上に、白い雪が落ちて、すぐに溶けた。

 小学生ははしゃいで雪をつかまえている。

 「雪だ……」

思わず声を漏らす。

 サラリーマンが、早足で空港バスのバス停に向かって自分を追い越していった。

 それほど雪の降らない地域で育ったため、雪に特別感を感じるのは大人になっても変わらない。

 前を歩く小学生を懐かしく眺める。

 「もっとふれー!」

「明日つもるかな?」

「雪だるま作りたいねー」

 表側の美しさだけを見て、はしゃいでいた。それはそれで楽しかった。でも、知らないことが多すぎて、それだけしか見えていなかったとも言える。

 赤いランドセルのふたりは、笑いあってかけていった。

 雪は白くて儚くて美しい。普通に見ればそうだ。でも、下から見上げた途端、裏側は影になって、黒ずんで落ちてくる欠片になってしまう。

 それに気づいたとき、世界はまた少し広くなる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

うら 外東葉久 @arc0

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説