第二章:桜の舞い散る八百八町/02

 ――――ヒノモト。

 それが、凛たちの住むこの国だ。世界の東の果て、極東に位置する島国。他とは全く異なる、ある意味で異質の文化を築いてきた国……それこそが凛たちの住むヒノモトという国だ。

 ヒノモトの文化やその街並みは、喩えるなら……地球の江戸時代によく似ているか。

 とはいえ地球のそれとは似ているが異なっていて、一番の違いはやはり鎖国政策を取っていないことだろう。

 ヒノモトでは他国との交流、特に海上貿易は活発に行われていて、西方にあるデューロピア大陸などから多くの人や物が行き交っている。街中で異人いじん……即ち外国人の姿を見かけることも、決して珍しいことではない。

 そんなヒノモトの中心地たる首都こそが、帝都ていとという街だ。

 およそ三百万人の人口を抱える巨大な街で、その中心には帝都城ていとじょうがそびえ立っている。街の象徴たる純白の美しい天守閣を中心に、巨大都市たるこの帝都は広がっているのだ。

 その帝都には警察機構として、西町と東町の二つの奉行所が設けられている。咲弥が凛を連れて行ったのは……その内のひとつ、東町奉行所だった。

「――――ふむ」

 大きな門を潜り抜け、入っていった東町奉行所。帝都の法と秩序を守る番人たるその奉行所の最奥、ひっそりとした場所にある奉行の私室で……咲弥と凛は、一人の役人と対面していた。

 顎に手を当て、思案するように深く唸るこの男の名は大倉おおくら時貞ときさだ。この東町奉行所を預かる町奉行の職に就いている侍……言ってしまえば役人だ。

 彫りの深い顔立ちで、黒い役羽織を着ているのは奉行所に居る他の同心たちと変わらないが……しかし滲み出る思慮深さが、大倉の町奉行としての風格を表している。

 大倉時貞はは町奉行として確かな実力を持つ役人で、その人情味あふれる裁きもあって……就任以来、帝都の庶民たちから慕われ、深く信頼されている。凛も幾度となく噂を耳にしたことがある、まさに名奉行だ。

 そんな大倉時貞が、今まさに凛の話を聞いているのだった。

「……なるほど、話は分かった。お主は確か鷲尾凛……といったか。随分と大変な目に遭っていたのだな」

 凛からこれまでの事情を――今日までのことを聞けば、大倉は心底同情するように言う。

 表面上じゃなく、心の底から凛の境遇に心を痛めているような口振りで。だからか凛も大倉の言葉に「……恐縮です」と返す。

 すると大倉はうむと頷き、

「鷲尾家での一件は、既にこちらにも届けが出ている。ご当主や奉公人たちの遺体が上がる中、お主だけが行方知れずだったため、こちらでも必死に探索していたのだが……しかし、まさか半妖に攫われていたとは」

「凛の話によると、その男はカムイという名だそうです」

「ふむ……咲弥殿、その名に聞き覚えは?」

 問われた咲弥は「いえ」と首を横に振り、

「初めて聞く名前です。そもそも半妖そのものが珍しい存在ですから……」

「……なるほど、剣姫であるお主も知らぬこととは」

「大倉様は、何かご存じなのですか?」

 咲弥が逆に問い返せば、大倉はうむと小さく頷き。そして咲弥と凛、二人の顔をチラリと見た後で……こう言った。

「…………カムイという男のことは、以前より噂程度だが掴んでいた。その正体が何者なのかまでは分からなかったが……しかし、まさか半妖とはな」

「お奉行所で掴んでいたということは、つまり」

「うむ、何やら裏でよからぬことを企んでいるらしい。まして鷲尾家の件にも関わっていると分かった以上……ますます捨ておくことは出来んな」

「……私に出来ることがあれば、喜んで力をお貸しします。凛のこともありますし……何より相手が半妖である以上、来栖の剣姫として見過ごすことは出来ません」

 神妙な面持ちでそう言う咲弥に、大倉は「すまんな」と言い。

「こちらでも西と東、双方の奉行所の全力を尽くして捜査に当たる。だが……妖が相手となる以上、我ら凡人ではどうにも限界がある。やはり最後には咲弥殿に、剣姫の力に頼るしかないのだ。……咲弥殿、そして凛とやら。すまぬが力を貸してくれ」

 と、二人に小さく頭を下げる。

 それに咲弥は「はい」と頷き、凛もまた「勿論です」と、同じくコクリと頷き返す。

 すると大倉は「感謝する」と小さな笑顔を見せ、

「とにかく、これで奴の面は割れたのだ。捜査の進展は間違いないだろう。……ということで、だ。すまんが凛とやら、人相書きを作らせてはくれんか?」

「人相書き、ですか?」

 大倉が言った一言に、凛がきょとんと首を傾げる。

 人相書きというのは、簡単に言えば似顔絵だ。逃亡中の重罪人や、或いは行方不明となった者を探すために作成するもので、大倉はそれを作るのに協力してくれと言っているのだ。無論、描く相手はカムイに他ならない。

「現状、カムイの顔を知っているのはお主だけだ。是非とも手を貸してはくれんだろうか」

「……分かりました。細かいところまでは自信ないですけれど……」

「ははは、構わぬよ。描くのは人相書き専門の絵師に任せる。ある程度あやふやでも、上手く汲み取ってくれるであろう。――――では早速、絵師を遣わせるとしよう。少し待っておれ」

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