釣瓶落としの後始末
十余一
秋涼の昼八つ、故郷の昔話をいたしましょう。
早いもので今年も残り二ケ月と少し。北国では初雪が降り本格的な冬の訪れを感じる季節になりましたが、私の故郷
時は
常緑と半端に染まった葉が混じる山並み、曲がりくねった細い川、海の幸と山の幸が集う市場、それらを一望する一際高い山に
そして城山の麓にある三の丸御殿の軒先には、濃く色付いた柿が連なっているのです。吊るされた柿を満足そうに眺めるお殿様、名前を土屋
ご先祖様は武田信玄公に仕えた忠臣で、武田氏が滅亡した
しかし頼直様はというと、父君が病床に伏すと謀略を巡らせ藩政を騒がせる始末。そして利発な弟君を陥れ、無理やりに家督を継いだのです。騒動の際に自ら辞す者と追放された者が合わせて三十四名。この中には、後に
そうして頼直様の治世になったわけでございますが、酒に溺れ女を漁り、全てをほしいままにしたのです。家老の
ずらりと並ぶ干し柿も臣下に作らせるだけ作らせて、一つも分け与えることはございません。
その日も、家老の青木
「なあ、干し柿食っちまわないか」
その言葉にギョッとしたのは、同じく近習の
確かに先に吊るしておいた柿はもう良い具合に皴が寄り食べごろになっているはず。旨そうに食べる殿を見てもそれは一目瞭然。しかし――。
「先日、
領内の朝生村で平穏に暮らしていた十兵衛には鶴という妻がおりました。しかし鶴の美貌に一目惚れしてしまった頼直様は、無理やり離縁させ彼女を城に連れてきてしまったのです。そして十兵衛は無実の罪を着せられ死罪。なんと哀れな話でございましょう。
「そこまででなくとも、盗んだとあったら殿はお許しにならないさ」
出来るだけ安穏と過ごしていたい平馬の言い分に、七太郎は食い下がります。
「でも、俺たちが
ただ、単純に干し柿が食べたいというよりも、気付かれぬよう少しばかり反抗したいという気持ちがあったのでしょう。
言葉を交わさずとも、二人の奥底にはそういう考えがじくじくと燻っていました。新井白石のように信念を貫き清貧に堕ちる覚悟も無ければ、老中のように諫め正そうという気概も無い。それでいて非道な行いに目を瞑り従順に生きることもできない。そういう小物たちなのでございます。
「どうせ気付きやしないだろうよ」
そうして二人は干し柿を一つだけくすねて、半分に割り食べたのでした。その甘いこと甘いこと。奪ってやったという優越感も加わりこの上なく甘美に感じてしまったのです。
それだけで済めばよかったのですが、足ることを知らぬ欲深い人間だったようでございまして。次は二つ、それがバレなかったら次は四つ、その次は……という具合に増長していきました。いつしか大変に数が減ってしまい、さすがの頼直様も気付き近習たちを強く問いただすに至るのでございます。
「私の干し柿を盗み食べたのは誰だ!」
大いに立腹し怒鳴りつける頼直様を前に、七太郎も平馬も青ざめた顔で震えるしかありません。
この怒りよう、もしかしたら
「野狐が食べているのを見ました! 犯人は狐です!」
必死になって叫び訴える平馬と、同じく必死になって頷く七太郎。
それを聞いた頼直様は更にお怒りになり、家臣に城山の狐狩りを申し付けたのでした。
きっとこのとき平馬は内心でホッと胸を撫でおろし、七太郎は窮地を救った同輩の名案を心の中で称えていたのでしょう。この後、大変なことになるとは露ほども知らずに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。