第27話 駆け出し冒険者は新商品の試食をする

 この日、受けていた依頼はコボルトの牙十二個。

 コボルトは一言で言えば人間に戻れない狼男。子供くらいの知能と狼の身体能力。二本歩行をして、両手で武器を器用に扱う。何よりも怖いのはその生命力。ほかのモンスターでは致命傷でも、コボルトはしばらく襲いかかってくる。

 そんな特徴をエルシーから説明を受けた平和の鐘のメンバーは、今、ダンジョン内で戦闘状態だった。

「ウァオーーーン!!!」

「仲間を呼んでいるわ。オルちゃん、阻止して!」

 平和の鐘の三人を相手にしている二匹のコボルト。その後ろにいる一匹が遠吠えをする。

「ボイス!」

「みんな、耳ふさいで!」

 エルシーの言葉に一瞬、耳をふさぐ。

「ウァオーーーン!!!」

「おにいちゃんんんーー!! だいすきーーーーーー!!!!」

 仲間を呼ぶ遠吠えは、オルコットの大音量にかき消される。

 その声はダンジョンの中を反響し、人間の数倍聴力の良いコボルトたちは混乱状態になる。

「今よ! トリ君、奥! マリーちゃん、右!」

 トリステンはコボルトの脇をすり抜けながら首を切りつけ、奥のコボルトの胸を切り裂く。

 正確に心臓を切り裂き、血が吹き出る。それでも襲いかかろうとする手負いのコボルトを蹴り飛ばす。

「オルちゃん。挟み撃ち!」

 トリステンは即座に振り返り、先ほど首を切ったコボルトに向かう。首を切られながらもオルコットに襲いかかろうとしている。それを迎撃しようとオルコットは、肩まである杖を振り上げる。

 トリステンはその後ろから滑り込むように、両足の腱を切り裂く。

「えい!」

 倒れ込んだコボルトの頭をオルコットが叩いて止めを刺す。

 即座に立ち上がったトリステンは最後の一匹を見ると、体にマリアーヌの投げナイフが何本も刺さっていた。そして鼻を押さえて苦しんでいる。

 どうやら、エルシーが臭い袋を投げて援護していたようだ。

 その後ろからマリアーヌが突きに特化した細身の剣で心臓を突きさすと、コボルトは剣を落とす。

 終わった、と気を抜くマリー。それを見てエルシーが叫ぶ!

「マリーちゃん!」

 マリアーヌの細い首筋に、決死の噛み付きしようとするコボルト。

 その首はスティーブンの一撃で切り落とされた。

「怪我はない? マリーちゃん」

「ええ、大丈夫ですわ。すみません。せっかく事前に教えていただいていたのに」

「怪我がなければ良かったわ。さっさと採取して、移動しましょう。さっきのオルちゃんの声で、別のモンスターがやってくるかも知れないわ」

 エルシーは仲間の怪我等がない手早く確認すると、コボルトの牙を切り取る。そしてほかに金目の物を見つけると、その大きなバッグに放り込む。

「あ、鍵付き財布」

 オルコットが目ざとく見つける。そのころ、ダンジョンの奥から多くの足音が聞こえてくる。ゆっくりしている暇はない。

「後でね。それよりも移動するわよ」

 オルコットは腕輪を触り、早く魔具を使ってみたくてしょうがないようだ。

 とりあえず、その場を離れ、安全そうな場所に移動して、オルコットに鍵付き財布を渡す。

 開けてみようとしても当然のことながら鍵がかかっていた。

「開錠の魔法は焦る必要がないから、落ち着いてね」

「うん、分かった。解析!」

 鑑定屋から聞いた開錠の魔法の使用方法は、段階を踏んで行う。

 それは「解析」、「開方」、「開錠」の三段階だ。

 種類や構造を「解析」する。

 開け方、解除の確認「開方」。この段階で物理的に開けることも可能な場合もある。

 魔法で鍵を開ける「開錠」によって、開錠、罠の解除が完了する。

「単純な構造ね。おそらくここ……」

「まって、オルちゃん。初めてだから、ちゃんと段階通り開錠してみよう」

「……うん。開方!」

 オルコットは財布を手に解除方法を確認する。

「間違いないわ。開錠!」

 鍵が開く、カチッと小さな音がした。

 中には千マルコイン数個と小さな宝石が一個。収入としては大したことがない。しかし、オルコットが開錠の魔法を使えたことに大きな意味があった。

「どう、オルちゃん。魔力消費量は」

「大丈夫、負担になるほどじゃないわ」

「じゃあ、これでどんどん宝箱が開けられるな」

「そうね、でも過信は禁物よ。オルちゃん、手間はかかっても、ちゃんと手順は踏んでね」

 エルシーの言葉を守りながら、ダンジョンを探索した平和の鐘のメンバーは街に戻ってきた。


 街はすっかりお祭りムードだった。

 夏祭り。別名、星風鈴まつり。暑い夏を乗り越えるためのお祭り。

 明後日の夜、領主による開始の挨拶の後、街中でダンスパーティが始まる。

 土曜日は水かけまつり。

 最終日の日曜日の夜は、みんな楽しみにしている花火大会。

 お祭りの期間、街には屋台が出たり、大道芸が見られたりする。そして、その間ダンジョンは閉められる。

「エルシー、今日の仕事はもう終わりかい?」

 ダンジョンからギルドに行く途中、店のおばちゃんから声をかけられる。

「今日はおしま~い。今年もおばちゃんはお祭りに屋台を出すの?」

「出すよ。今年は新商品だよ。試食してみるかい」

「ありがとう、おばちゃん」

 見た目は厚手のクレープ。ウインナーを巻いてある。

 一口食べて見ると、ソースの味がひろがる。生地の中には刻まれた野菜が入っていた。

 ウインナー入りはしまき。

「美味しい。これ、美味しいよ、おばちゃん」

「えー、エル姉ちゃんだけ、ずるい!」

「はい、どうぞ」

 オルコットはエルシーが差し出した食べかけにかぶりつく。

「おいしいね。これ」

「そんなに美味しいのですか? それ」

 うらやましそうにオルコットを見るマリアーヌは、思わずそう言ってしまった。まるで、エルシーの食べかけを自分も欲しがるような、はしたない言葉を。

「そっちのお嬢さんも、ひとつどうぞ」

 見かねたおばちゃんがマリアーヌにもひとつ渡してくれる。

「あ、おいくらですか?」

「いいよ、いいよ。試作品だからね。おいしかったら、お祭りが始まったら友達でも連れてきておくれ」

「はい、わかりました」

 マリアーヌは満面の笑みで答える。祭りには来られないと思っている。しかしそれをここで言ってもしょうがない。表面上、好意には好意で返す。貴族のたしなみの一つ。

「そっちの子もどうだい?」

「俺はいいです。今、お腹はすいてないし、オルたちの顔を見たら、おいしいのは分かるよ。お祭りの時に買いに来るまで、楽しみにしときます」

 正直、トリステンも食べてみたかった。しかし、マリアーヌの言葉を聞いて、無償の好意に自分まで乗っかるのは違う気がした。ただの意地なのかもしれない。それでも、トリステンはその小さな意地を通したかった。

「あら、そうかい。じゃあ、お祭り楽しみにしているよ」

「おばちゃん、これマヨネーズが欲しいかな」

「ウインナーがないバージョンもいいかも。あたし、そんなに食べる方じゃないから、他で食べていると、これだと多いかな」

 エルシーとオルコットは試食役の役目を果たす。

 おばちゃんは二人の意見を聞きながら、ウインナーの代わりに卵を入れるバージョンや、ピリ辛ソースなど、新商品の意見を出し合う。

「ありがとね。参考になったわ。さすが、食いしん坊のエルシーだね」

「も~う、これでも嫁入り前の乙女なんだからね」

「そうだったね。いい人ができたらうちに連れておいで、サービスするから。そっちのお嬢ちゃんたちもだよ」

 おばちゃんはそう言って立ち去るエルシーたちに楽しそうに手を振った。

「良い人ですね」

「お祭りでみんな浮かれているって言うのもあるけど、この街のみんな、良い人よ。マリーちゃんのお父さんがちゃんと治めてくれているから、みんな元気に働けるのよ」

「お姉さま……」

 マリアーヌは冒険者になってから、ギルドをはじめ街の人々と触れ合う機会が多くなった。

 楽しそうに行き交う人々、遊ぶ小さな子供たち。

 家ではただ、漠然と領民を守れと教えられていた。理解していたつもりだが、感じていなかった。自分が守るべき対象を。

「いいお祭りになるといいですね」

 マリアーヌは心の底からそう思った。

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