第26話 駆け出し冒険者は魔具を得る
「それにしても、エル姉ちゃんをクビにしたって聞いていたから、勇者って言っても実は性格悪いと思ったけど、そうじゃなかったのね。優しそうな人だったじゃない。それなのになんで、クビになったの?」
みんなが気にはなっていたけれど、躊躇していた質問をするのはオルコットだった。
「う、うん。まあ、わたしのドジが原因なん……だけど」
エルシーは深く聞いてくれるなと言わんばかりに、口ごもる。
「でも、ずっと一緒でエル姉ちゃんのドジに慣れていたのでしょう。どんなドジをしたの?」
追撃するオルコット。
それを止められるのは愛しの兄だけだった。
「オル、それくらいにしとけ。エル姉ちゃんにだって、言いたくないことに一つや二つはあるだろう」
「そうなの? ごめんなさい」
ああ、トリ君ありがとう。素直なオルちゃんも大好きよ。でも、あのことはできれば墓場まで持っていきたいのよね。エルシーはそう思いながら、みんなに声を掛ける。
「それよりも、明日は鑑定屋に行きましょう。そろそろ例の腕輪の鑑定が終わっているはずよ」
その夜、オルコットはトリステンに聞いた。
「ねえ、お兄ちゃん。エル姉ちゃんと勇者ってどういう関係だったのだろう?」
「え? 冒険者仲間だったんだろう?」
「でも、勇者も言っていたけど、運搬人ってそんなに重要な役目じゃないわよね。師匠や蝶子さんだったら、ぜひ仲間に戻って欲しいと思うだろうけど、わざわざエル姉ちゃんを誘ったのって、その役目以上の何かがある気がするのだけど?」
蝶子は役不足のため、なかなかパーティが決まらなかった。バードナは神父に戻ったが、冒険者であればどのパーティも欲しがっただろう。エルシーに関してはどのパーティからも雇ってもらえず、新米冒険者に押し付けられたようなものだった。
「オルは何でも恋愛の方に結びつける。そういうのは、どうかと思うぞ」
「そうかな~」
「だって、本当に勇者がエル姉ちゃんのことが好きだったら、クビになんかしないだろう」
「そっか、それもそうだよね。じゃあ、なんでわざわざ、エル姉ちゃんを誘いに来たのだろう?」
「それはわかんないよ。さあ、もう遅いから、寝るぞ」
エルシーの知識と人脈はオルコット達からすると、非常に有益だ。しかし、勇者からすると、そんなものは同等以上のものを持っているはずだ。特に技術も能力も無い運搬人。オルコットから見ても、あの大きく柔らかな胸以外にその他の運搬人に勝るものは見いだせなかった。
それでも勇者はわざわざ、自分たちに悪態をついてまで仲間にしようとした運搬人。恋愛感情がなければ、なにか理由があるのだろうか?
オルコットはすっきりしないまま、眠りについた。
「あーーー!! 寝坊した!」
オルコットが目を覚ました時、すでに朝の家事が終わっている時間だった。
洗濯をして、朝食を作り終わっているはずの時間。
慌てて起き上がると、台所に急いだ。
「あら、おはよう。ごめんね。昨日はあんなことがあって、疲れたでしょう」
すでにエルシーが洗濯も朝食の準備も終わっていた。
オルコットは兄と二人、エルシーの家に居候させてもらっているということは忘れていない。
家賃を払っているわけではない。だからこそ、オルコットの得意な家事で恩返しをしないといけない。
「エル姉ちゃん、ごめんなさい。これを運んだらいい?」
「大丈夫よ。それよりトリ君、起こしてきて……今日は、はちみつトースト、はちみつ多めがいいわよね」
「う、うん。ありがとう」
どちらかといえば、昨日のことで疲れたのはエルシーのはずだった。
それでも、何事もなかったように、いつもと変わらず明るいエルシーがそこにいた。
トリステンを起こして、三人で一緒に食べる朝食。
オルコットが作る朝食はいつも目玉焼きだが、エルシーが作るときは甘いスクランブルエッグ。
田舎では砂糖があまり使えなかったオルコットは、甘いスクランブルエッグはつくらない。それはもうオルコットにとってエルシーの味になっていた。母親とも違う、今となっては大好きなお姉ちゃんの味。
昨夜、お兄ちゃんはエル姉ちゃんの引き抜きを止めてくれた。でも自分は何も言えなかった。オルコットは昨日のことを気にしていた。
「ねえ、エル姉ちゃんは勇者パーティに戻りたい?」
食事をしながら、オルコットは聞いた。
はちみつがたっぷり染み込んだトーストを飲み込んでから思い切って聞いてみた。
戻りたい、と言われたらどうしよう。言ってから、オルコットは後悔した。
「そうねえ、ドラゴン騎士団のみんな、良い人だったよ。一人を除いては……」
エルシーはコーヒーを飲みながら、思い出していた。
「ランクが高かったから、報酬も良かったし……」
「やっぱり……」
当然といえば当然である。誰もが憧れる、トップ冒険者パーティ。自分でも誘われれば喜んで入るだろうと、オルコットは思った。
「でも、今のドラゴン騎士団ってどんな人がいるかわからないし、わたしは平和の鐘のみんなも大好きだよ。だから、今はいいかな」
「エル姉ちゃん……お兄ちゃん狙っているわけじゃないわよね」
ブッファ!
エルシーとトリステンは飲みかけのコーヒーを吹き出す。
「なに言っているのよ。オルちゃん」
「だから、何でもかんでも恋愛に結びつけるな!」
心配事が一つなくなって、思わず軽口が出たオルコットだった。
しかし、おかしいな? こんなにカッコイイお兄ちゃんのことを好きにならないなんて……。やっぱり、エル姉ちゃんはほかに好きな人がいるのじゃないのだろうか? オルコットは頭をひねった。
「エルシー、お前はこれをどこで手に入れたのだ?」
鑑定屋でいきなりそう言われた。
どこと言われても困るのだけれど、まあ、いいか。エルシーは素直に答えることにした。
「ケルベロスの牙に引っかかっていたのを拾ったのよ」
「はぁ? お前、今は勇者パーティじゃないだろう。なんでケルベロスなんて倒せるのだよ」
「倒してなんかないわよ。拾ったっていったじゃない。それよりも鑑定結果を早く教えてよ。お金はもう払っているのだから」
鑑定屋の口ぶりから何かすごいものだということは予想できた。
「これは魔具だ」
「それで、なんの魔具なの?」
「かいじょうの魔具だ」
おバカ三人は首を傾げる。
「会場?」
「海上?」
「階上?」
「開錠ですわね。鍵を外すという意味ですわ」
うーん、やっぱり、マリーちゃんは頭がいいわね。エルシーは感心していた。
「嬢ちゃんの言うとおり、開錠の魔具。鍵だけでなく、種類によっては罠なんかも外せるぞ。まあ、使用者の魔力量で失敗することもあるから、あまり過信はしない方がいいぞ。それで、どうする? こちらで買い取るか? 五百万マルまでなら出すぞ」
「いやいや、持って帰るわよ。わたしたちに盗賊職がいないんだから、これほど欲しかった魔具はないわよ」
「じゃあ、これがあればダンジョンで宝箱を見つけても諦めなくて済むの? やった!」
これで平和の鐘の弱点、盗賊職の不在がある程度、緩和される。
「じゃあ、早速、ダンジョンに行ってこの前の宝箱を開けてみようぜ。明後日からもう、お祭りだぜ。今のうちに稼がないと」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます