第24話 マリアーヌとオルコット
それは、病気だった父親の具合のことだろうか。それとも領主より冒険者をやめるように言われた。もしくは平和の鐘のメンバーをやめるという話だろうか。
三人は固唾を飲んでマリアーヌの言葉を待った。
「わたくし、みなさんと……」
「俺たちと……」
みんな、静かにマリアーヌの言葉を待つ。
「ぶひ~!!」
「ぶぶひ~!」
ここはダンジョンの中。モンスターは待ってくれない。
でっぷり体のオークが二匹、エルシーたちを見つけて襲いかかってくる。
「ちょっと、静かにして。アイスブロック!」
「ぶぎゅ~」
「ぶひゃ~」
氷の塊が二匹の豚顔にぶつかり、二匹は目を回して仰向けに転がる。
トリステンは走り寄ると、さくっと首を斬るとまた戻ってきた。
「お待たせ」
「実は……わたくし、みなさんと……」
「うん、うん」
みんなはマリアーヌをジッと見つめる。
「みなさんと、お祭りにいけないのですの~~!!」
「え~~!!」
「どうして!」
「やめないで、マリーちゃん。ん? お祭り?」
パーティをやめてしまうと予想していた三人は各々、声を上げる。
「はい。一緒にお祭りに行けないのです」
金色の前髪の下で、今にも泣き出しそうな表情のマリアーヌ。
「先約があるなら仕方ないわよね」
「約束するのが遅かったからね。マリーちゃん、来年は一緒に行きましょう」
「そうか、残念だけどしょうがないな。さあ、ダンジョン探索に戻ろうか」
各々、次へ向かう準備を始める。
それを止めるようにマリアーヌは口を開く。
「いえ、来年もダメなのです。お祭りの日は毎年、周辺の貴族の方々やギルド長さんたちのパーティがあるのです。わたくしもそのパーティに参加しなければならないのです」
「そういえば、お祭りには、お偉いさんたちが来ていたわね」
「え、じゃあマリーってお祭りに行った事がないの!?」
オルコットは驚いた。オルコットたち田舎育ちの人間には、お祭りが何よりも楽しみだ。お祭りの準備が始まると毎日そわそわする。そのため、これまでお祭りに行ったことがない人がいるなんて信じられなかった。
「毎年、お父様の後ろで、お祭りの開始宣言をしているのは見ていますわよ」
「そうじゃないのよ。屋台のお菓子を食べたり、ゲームしたり、みんなでダンスしたりしたことないの?」
「ダンスは屋敷のダンスフロアでお客様を招いてしますわよ」
「そうじゃ……」
「オルちゃん、それ以上はダメ」
エルシーは二人の話を止めた。マリアーヌにはマリアーヌの世界がある。貴族の、そしてガタリナ領主の娘としてのこれまでの人生がある。このままではオルコットはそれを否定しかねなかった。それをすれば、逆にオルコットの今までの人生を否定されても仕方がなくなってしまう。
単純に住む世界がちがう。
オルコットはエルシーの言葉の意味に気がついた。
「ごめんなさい」
「いいえ。いいのですのよ。わたくしが世間知らずだということは重々理解していますのよ」
女の子二人は、お互い距離を感じて悲しくなった。
「なあ、よくわからないのだけど、仲直りしたのだろう。一緒にお祭りに行けないのは寂しいけど、俺たちが仲間だっていうのに変わりないだろう。別にマリーがやめるわけでもないし」
微妙な空気を全く読めていないのか、読む気がないのかトリステンはカラっとしていた。
「そうよ、トリ君の言うとおりだわ。一緒に経験できることは一緒にする。ダメな時はしょうがない。仲間だからって四六時中一緒にいるわけじゃないだから。そうだ、今日はダンジョンから帰ったらみんなでご飯食べに行きましょう」
「……なんで?」
オルコットは何がどう言う考えで、ご飯を食べに行くことになったのかわからなかった。
「美味しいもの食べれば元気が出るでしょう。今日くらいは、オルちゃんも料理をお休みしてね。マリーちゃんも、酒場なんて行ったことがないでしょう。少しずつ、みんなといろいろな経験してみましょう」
「お姉さま……」
「……そうね。たまにはいいかもの」
オルコットはエルシーなりに気を使ってくれていることは、痛いほど分かった。
別にマリアーヌが嫌いなわけではない。年が近い分、どちらかといえば気にはなる。ただし、これまでなんとなく打ち解けた気がしなかった。その理由が今日、はっきりした気がした。そもそも育ってきた環境が違いすぎたのだ。スタートラインから違う。そこを無意識に無視しようとしていた。それではマリアーヌのことを理解することができるはずがない。
「ねえ、マリー。いっぱい、お話しましょう。あたし、マリーのことが知りたい」
「そうですわね。わたくしもオルちゃんの事をおしえてください」
そう、ここから本当の意味でマリーと仲間になろう。そう、心に決めたオルコットであった。
そして万が一、お兄ちゃんに対して……いや、今はそんなことを考えてはダメよ。心配事がひとつ増えたオルコットだった。
「良かったですね。お嬢さま」
部屋の隅で一人涙を拭っていたスティーブンであった。
ダンジョン草もたくさん手に入れて、意気揚々と街へ戻った平和の鐘のメンバーたちだった。
「まだ、ダンジョンのドアは直っていませんでしたわね」
「モンスターをダンジョンから出さないように、頑丈なものですから時間がかかるのよ」
エルシーたちが向かっているのは、まだトリステンたちと一緒に暮らし始める前にいつも行っていた酒場だった。
エルシーにとっては数ヶ月振りに行く酒場。
冒険者たちが集い、情報を交換しあい、楽しく酒を飲み、食事をする場所。
決して柄が良い訳ではないが、飾らない分、エルシーにとっては居心地の良い場所だった。良い場所のはずだった。
「なんだ、ごりゃ!!!」
「やんのか! てめー!!」
店の中は殺伐とした空気に包まれていた。
あちらこちらで言い争う声が聞こえる。
「マスター、どうしたの。なんかおかしな雰囲気ね」
「おー、久しぶりじゃないか。どうしたも、こうしたもあるかよ。最近、ダンジョン探索が難しくなっているのか。みんなイライラしやがってよ。まあ、ゆっくりして行けや」
エルシーたちは壁沿いのテーブルを陣取った。
大人二人は酒をトリステンたちはジュースを頼んだ。
「オルちゃん達の故郷ってどんな所ですの」
「え、あたしたちの田舎!?」
「ええ、そうですわ」
「なんにも無いところだよ。ねぇ、お兄ちゃん」
「そうだな、山と畑くらいしかないところだったよ」
兄妹は数ヶ月前まで暮らしていた村を思い浮かべていた。
作物や家畜を育て生計を立てているような、ごく一般的な田舎の村。
「でも、その村のために冒険者になったのですのよね。外敵から守るために」
兄妹はときどき現れるモンスターから、村を守れるようにと、冒険者になった。
村が嫌で街へ出てきたのではない。村の将来のために街へ来たのだ。
「そうね。山からは川が流れてきて、魚がいるわよ。冷たくて気持ちいいから、夏なんかにはそこで泳いだり、魚釣りをしたりしていたわ」
「おふたりは泳げるのですね。凄いですわ」
「泳ぐって言っても、ぷかぷか浮かんでバタバタと進むだけだよ。マリーは泳げないの?」
「泳いだことはないですわね」
お嬢さま教育で、なんでも出来るのじゃないかと思い込んでいたオルコットは少し驚いた。
街には水路が引かれており、住民の生活を豊かにしている。しかし、遠くの川から水を引いており、泳げるような場所はない。
そのため、この街で泳げる者は多くない。
「じゃあ、いつかあたしたちの村に行かない? 一緒に泳ぎましょう!」
「楽しそうですわね。お父様の許可が出たら、ぜひお願いいたしますわ」
その笑顔には陰があった。おそらく、許可が出ないと思っているのだろう。
オルコットもそれを感じ取ったのだろう。
「ねえ、マリーにとって、お父さんってどう言う存在なの?」
「良き、街の代表ですわ。領地を、街を、そして領民の事を第一に考えていますのよ。わたくしはその姿を尊敬しておりますわ」
「そうじゃなくて……マリーはお父さんの人形なの。マリーはお父さんから言われたから、危険を冒してまで一薬草を採りに行ったの?」
「それはお父様が病気で……」
マリーは前にも説明したはずと、首を傾げながら答える。
「あたしはマリーの行動力に驚いているし、その自分の正しいと思う気持ちに、正直に従っているのは好きよ。でも、お父さんの言いなりになっているマリーは何か違うと思うの。マリーにはマリーの人生があるはずよ。マリーもそう思ったから貴族なのに、冒険者になったのじゃないの?」
オルコット兄妹とマリアーヌは、あまり年が変わらない。自分の意思で村を出て、冒険者になったふたり。確かに家業を継がなければならない者も多くいた。しかし、それならば、それなりに親は子供に期待と愛と教育を注ぐ。
エルシーから聞いたマリアーヌはそれが無いように感じていた。
その話を聞いた時、エルシーからは住む世界が違うとも言われた。
でも、我慢出来なかった。
だってマリーは仲間だから。
「ねえ、マリーの気持ちをお父さんに伝えたことがあるの? 反抗しないの?」
「冒険者になりたいとは言った時は、嫁に行くまでは好きにして良いと言っていただきましたわ」
やっぱりマリーの事を人形と思っている。自分の政治に使う人形だと。そしてそれを受け入れている自分の仲間が目の前にいることにオルコットは我慢できなかった。
「マリー、花火を一緒に見ましょう。お父さんが反対したって、あたしは知らない。誰を敵に回しても、この街にいられなくなったって知らない。絶対に行く!」
「オルちゃん……」
真っ直ぐに気持ちをぶつけてくる女の子にマリアーヌは少し驚いた。
社交場での探り合うような話ではなく、使用人たちの表面的な話でもない。
裏も表もない。
オルコットの素直な気持ちにマリアーヌはどう答えたら良いかわからなかった。
ただ、素直に口を突いて出た言葉は一つだった。
「ありがとう」
「なんで、酒場にガキどもがいるんだ!」
マリアーヌの言葉に重なるようにダミ声が投げつけられた。
声の主を探すと、すぐ隣のテーブルに座っている男だった。角刈りにすでに酔っ払っているのか、赤ら顔。その顔にはいくつも傷があり、歴戦の冒険者だろう。背丈はエルシーぐらいだが、横に大きく体重は百キログラムを超えているだろう。
「冒険者のクセに祭りやら、花火やら、遊ぶ事ばっかり話しやがって! 遊び気分でダンジョンに入られたら迷惑なんだよ! ガキは家の手伝いでもしてろ!」
虫の居所が悪いのか、ただの言いがかりである。
昔はこんなに絡んでくるガラの悪い奴は少なかった。
「ちょっと、うちの子たちに難癖をつけるのはやめて!」
エルシーは四人をかばうように立ち上がる。この酒場に誘ったのは自分だ。その責任感からか、思わず、立ち上がる。
「なんだぁーーーてめえは!」
酔っ払ったデブも立ち上がり、エルシーに近づき、胸ぐらを掴む。
「みんな、手を出しちゃダメ!」
各々武器を出そうとする平和の鐘のメンバーを制止する。
「そうだよな。武器を出しちゃ、ただの喧嘩じゃ済まなくなるもんな」
血の気の多い冒険者が多いこの街では素手での喧嘩は黙認される。しかし、武器や魔法を使った途端、傷害事件となる。ただの言いがかりで捕まっては割に合わない。こういった連中はただ、ストレスを発散したいだけ。一発殴らせれば、おとなしく去っていくはずだ。
「殴るなら、さっさと殴りなさいよ。でも、あの子たちに手を出したら承知しないからね」
エルシーはその長い前髪の奥から男を睨みつける。
男はエルシーの顔を見て、それからその下の柔らかそうな胸を見た。そして下品な笑いを浮かべた。
「姉ちゃん、痛いのと気持ちいいのと、どっちが好きだ?」
「あんたにやられるくらいなら、殴られる方を選ぶわよ!」
「あんだと!!!」
「お姉様!」
「エル姉ちゃん!」
ドッス!
鈍い音とともに膝から崩れ落ちた。男が。
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