第6話
ウォルトの怒りも収まり、スカイタワーを降りてショッピングフロアへと向かう。
今日の目的は元々、新しい靴や服なのだ。
「皆さんどんなものが欲しいですか? こちらの世界の服は色々見せましたよね」
トラヴィスが欲しがっていた靴ももう少し買ったほうがいいし、服のレパートリーも増やさないと。
寒くなってきたしコートも買わないとな……と思いながら問いかけた。
「スウェットだな」
「スウェットですね」
「あんなに楽な服は他にないぞ!」
「僕もうあれ以外じゃ寝られないかも……」
なんと。
ニコラス曰く囚人服がみんなお気に入りとは。
確かにあっちの世界では割と体にピッタリ沿うような服が多くて、それに生地も硬いものばかりだった。
ゴムなんてものが存在しないし。
赤ちゃんの頃から徐々に慣らしていなければ、私も辛かったかもしれない。
こう、スウェットのようにダルダルに着る服なんて存在しないから、最初は彼らも違和感があったようだけど……。
あの楽さに目覚めてしまったようだ。
ふっ……罪なことをしてしまった。
そんな訳で、替えのスウェットも買いつつ他にもいくつか買い物をした。この世界の勉強をしていただけあって、思っていたよりスムーズに買うことが出来たと思う。
ただ……冬物のコートや靴まで4人分買ったから、かなりの金額がかかってしまった。
ある程度のイニシャルコストだとは言っても、少し不安になる額だ。
このまま遺産だけで生活するのではなく、収入を得る方法を考えなければ。
(でもまだ、将来のことまで決める決心がつかないな……)
休学している大学のことも、就職のことも、きちんと考えなければいけないことは分かっている。
バイトだって事故以来辞めてしまったし、友人たちから励ましや近況を尋ねるメッセージが届いているが、何と返していいか分からず放置してしまっている。
この世界で瀬戸口蘭は、ずっと止まったままだ。
問題の後回しだとは分かっていても、今は目の前の彼らと付き合うのにいっぱいいっぱい。
もう少し、猶予が欲しい。
「姉さん。色々とありがとう。その……お金とかは大丈夫?」
私が物思いに耽っていると、シリルが心配そうに尋ねる。何だか心を見透かされたような気持ちでドキッとした。
彼は率先して荷物を持ってくれていた。
他の3人も、それを見て初めて気付いたように持ってくれたけれど。
こんなにも他人を思いやれる子だっただろうか。
こちらの世界に戻ってから、シリルは性格だけでなく私への態度まで変わった。その変化の理由が分からず、とりあえず笑って誤魔化すことにした。
「大丈夫大丈夫、気にしないで。弟は黙ってお姉ちゃんに任せればいいのよ」
へへへと笑顔で受け流す私に、シリルは何だか複雑な表情を浮かべた。
「姉さん……いや、蘭。僕は蘭のことも、クローディアのことも、姉だと思ったことは一度もないよ」
「え……?」
それは、どういうこと?
そう聞く前に、ニコラスが「腹が減った!!」と騒ぎ出し、話はそれきりになった。
今でこそ疎遠になっていたけれど、幼い頃はそれなりに仲のいい姉弟だったはずだ。
けれど、そう思っていたのは私だけなのかもしれない。
そう思うと悲しくなった。
きっとシリルが離れていくのはシナリオ上仕方ないのだろうと諦めてから久しいが、それでも過去には何らかの絆があったのだと、そう思っていたのかもしれない。
私の、勘違いだったようだけど。
何となく気落ちしてしまったが、こういう時の対処方法を私は知っている。
肉だ! 肉を食うのだ!!
ニコラスも食べたいと言っていたし、今日は思い切って焼肉の食べ放題に行くことにした。
一度荷物を家に置いて、安くて美味いと評判の食べ放題の店に繰り出した。
『食べ放題』というシステムがよく分からない彼らに説明すると、ニコラスがキラキラと輝くような目で「何て心の広い店主なんだ……」と感動していた。
食べ切れる分だけ頼む、お残し厳禁とマナーを伝えた上で、120分の食べ放題をスタートさせた……瞬間にすごい勢いで注文し、そしてすごい勢いで肉が消えていった。
お店の人も私も、あっけに取られてしまった。
王族と高位貴族の彼らにとって、食べ放題の肉などクズ肉以外の何ものでもないと思うのだけれど、それでもしっかり味付けされ、また自分で焼くのが美味しさを増加させるようで、ニコラスだけでなく他の3人も目を輝かせて食べている。
何というかこういう姿を見ると、彼らも普通の10代男子なんだなぁとしみじみ思ってしまった。
そう。
あっちの世界では、まだ若い彼らに様々な役割と責任が与えられていて、それ故に実年齢よりも少し大人びて見える。
ニコラスでさえもそうなのだから、社会的役割が個人に与える影響がいかに大きいかと痛感する。
そうなのだ。
彼らはまだ、16とか18、9の少年たちなのだ。
きっと、今見せている姿が、本来の彼らの姿なのかもしれない。
もしもこっちの世界で普通の家に生まれて普通に育っていたら、これがいつも見せていたはずの表情だったかもしれない。
何となくおセンチな気分になった私は、そっと私の分のカルビを4人のお皿の上に分けてあげた。
ニコラスはまるで聖女を見つめるような瞳で私を見ていたのがウザかったので、2枚没収しておいた。
お食べ少年たちよ。大きくおなり。
「このカルビってやつ! 最高に美味いな!!」
「辛い!! 何ですかこの人の食べ物とは思えない赤い物は!! キムチ!? 頭がおかしい!!」
「うわ! 何でホルモンはこんなに燃え上がるんだ!? どうにかしろ蘭!!」
「姉さん、このアイスも食べ放題なの? うそ! すごいね!!」
ぎゃーぎゃーと騒がしい彼らを見ていたら、すっかりセンチな気分が飛んでいった。
煩さすぎる。
まあでも。
存分に楽しんでくれたみたいだから良かった。
それに、気まずかったシリルとも自然と元の関係に戻っていた。
やっぱり肉は偉大だな。
お肉をたらふく食べて帰った日から。
こっちの世界でもある程度やっていけると自信がついたらしい彼らは、もっと色んなところに行ってみたいと言うようになった。
私も、まぁこの世界に慣れるために必要かと思い、それから毎日のように出かけた。
近場の浅草や、新宿、秋葉原……東京の色々な所に行った。
食事も、意識的に色々な国の料理を食べてもらうようにして、この世界のことを知ってもらうよう努めた。
ウォルトは辛いものが苦手で、和食が一番口に合うようだ。
シリルはナポリタンやオムライスのような、洋食屋で出るような料理が好み。
トラヴィスは意外にもトムヤムクンやガパオライスなどのアジア料理が好きで、どうにかパクチーをフロース王国に持って帰れないかと考えているようだ。
ニコラスはまぁ、肉! ラーメン! 肉!! という感じ。
……太らなきゃ良いけど。
最初は呆気に取られたような顔をしていた彼らも、段々とこちらの世界の文化に慣れたようで、街のネオンや車程度では驚かなくなっていった。
毎回「まさかコレにこんな食べ方が!」と言っていた彼らも、もうそういうことは言わなくなった。
安心した半分、少し寂しい気分。
それは教える立場という一種特別な立ち位置がなくなると思ったからなのか、彼らが私の元から離れる日が近いと思ったからなのか、分からない。
変な話だ。
無実の私に冤罪をかけ、破滅させようとしていた彼らなのに。
そう言えば彼らも私も、あちらの世界での騒動のことはこれまで一度も口にしていない。
私の場合は…………。
まるで友だち同士でふざけるような、この温かい関係を心地良く感じているからだろう。
例え、それが色々な物を見て見ぬ振りをした上に立った、砂上の楼閣だったとしても。
今でもあの卒業パーティーを思い返せば、胸が少し苦しくなる。
分かっていたはずなのに、覚悟していたはずなのに、大勢の前で罵倒され跪かされた経験は、私の心に引っ掻き傷を残した。
彼らのことを憎んでいたかと言えば、そうじゃない。
それは多分、シナリオ上仕方のないことだと諦めていたからだし、当然彼らのことは好きじゃなかった。
でも今は、彼らのことがちょっと好きだ。
彼らがこちらの世界に来てから、2か月。
当初は警戒していた私への態度は軟化し、かなり親しくなったと思う。
トラヴィスと交わした言葉は、向こうでの17年間で交わした全ての会話をゆうに越える。
彼らは何故何も言わないのだろう。
疑問には思うけれど、話題にする勇気はない。
やっぱり、私は今の関係が気に入っているようだ。
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