第4話
その後、私は結局「まだ世に出てない未発表の創作物」または「制作途中で中止となったゲーム」などの世界なのではないかと結論付けた。
あんなテンプレが創作物じゃない訳ないもの。
ベタっていうのは何度やっても面白いからベタなんであって、そこにオリジナリティを入れたり面白いテンポと展開で繰り広げたりするからいつまでも楽しく見られるわけで。
けれどあそこまでオリジナリティもなければ面白みもない、低レベル極まりない話では、世に出すことを躊躇ったり計画が頓挫していてもおかしくない。
うん。そうに違いない。
そう納得した、次の日。
この世界の時間軸では数か月ぶりにきちんと着替え、メイクをした。
自分でやるなんて何年振りだろう。
向こうではいつもメイドにしてもらっていたから、何だか不思議な感じ。
変じゃ……ないかな? うん、何とか。
準備が整ったら、4人を大家部屋に集めた。
何だかみんなぽかんとして私を見ている。
あ、そうか。
昨日は引きこもりverな私だったので、人相が違って見えるのだろう。
文字通り化粧で化けたってか。けっ。
それは置いといて。
昨日は成り行き上、私の1DKの部屋でご飯を食べたけれど、流石に男4人も入れば狭すぎる。
というか、足の踏み場もない。
向こうの世界の彼らの部屋に比べれば、大家部屋でもクローゼットのようなものだけど、私の部屋よりはましだ。
これからご飯の時は大家部屋でとることにする。
「皆さんがいつまでこの世界に居るのか分かりませんが、この世界に慣れるまでは3食私の方で用意します。皆さんは時間になったらこの部屋に集まってくださいね」
「ありがとうございます、姉さん」
「良いのよ。今日は買い物に行けてなくて食材がないからコンビニ……ええと、簡単に調達できる出来合いのものを買ってきたので、それを食べましょう」
取り急ぎ、朝早くにコンビニに行ってパンやスープ、パスタを買ってきた。
昨晩の食事で10代男子の食欲に衝撃を受けたので、かなりの量を買ったつもりだけど……足りるかどうか。
「このパンを包んでいる透明なものは何でしょう? 紙ではないし……初めて見る質感ですね」
「これがスープ? 全く水気がないじゃないか。こんなもの食えるのか?」
「姉さん、この穴のあいた食べ物は何? 見たところ何だか柔らかそう……」
「量が少ない! これじゃ2人分にもならないぞ!!」
朝から四者四様色々と煩い。
一度に言うな順番に話せ……!!
「パンを包んでるのはプラスチックでそのスープは熱すると水分に変わって食べられるようになってその穴のあいたものはペンネで量はこれからもっと用意します!!! 説明は順番にするからとにかく食え!!!」
私はパンを皿に出し、スープやパスタを電子レンジで温めて器に盛る。
そうしながら一つ一つ説明をしていく。
シリルは電子レンジに興味津々で、その構造を詳しく知りたがった。
いや、聞かれても分からん。
後でググってあげると約束した。
ウォルトはプラスチックに興味があるようで、この軽くて丈夫な素材があっちの世界でも使えたら革命が起きると珍しく鼻息を荒くしていた。
環境問題に苦しむ現代を考えると、手放しで勧めることはできないが確かに画期的な素材には違いない。
あっちの世界にも石油ってあるのかな?
私は、優雅でありながらもすごい勢いで進められる彼らの食事風景を傍観しながら考える。
一体この状態がいつまで続くのか分からないが、いつまでもずっとこのアパートの中に閉じ込めておく訳にもいかないだろう。
いくら金銭的に余裕があると言ってもいつかは限界が来るはずだし、ずっと引きこもっていては健康に良くない。人のことは言えないけれど。
それならば、私がこの世界のことを教えてあげなければならないだろう。
私は、はぁと息をつく。
つい昨日まで、彼らはクローディアのことを親の仇かのように見ていたし、身に覚えのない罪で貶めた。
正直、好感度は全員ゼロ通り越してマイナスだ。
なんで私がそんな奴らの面倒を見なければならないのか、と思う。
けれどやっぱり彼らがここに居るのは、私の所為な気がするのだ。
でなければ、私の元居た世界に彼らが居る道理がない。
きっと何らかのきっかけで私が元の世界に引き戻されて、彼らはその時空の移動に巻き込まれたのだ。
私と違い4人で来てはいるけれど、異世界に迷い込んでしまった心細さは誰よりも知っている。
すぐに元に戻れるにしろ、これからしばらく居るにしろ、少なくとも彼らがある程度外に出られるように、私が手助けしなければいけない。
その責任が、あると感じていた。
「皆さん。今日皆さんに、この世界のこと、この国のことを教えます。当然1日ですぐに理解できると思えませんが、これからこの世界で生活するのに、必要な知識です。今の状態では、とてもではないですが皆さんを外に出すことは出来ませんから。皆さんが元の世界に戻る方法を探すために、ひとまずこの世界のことを知ってください」
私はこの世界の常識について話して聞かせた。
歴史や宗教、民主主義や三権分立のこと、科学知識のこと。
私は文系だから科学のことは上手く説明できなくて、動画とか勉強アプリの力を借りた。
スマホやネットというのは、やはりとんでもなく便利なものだなと実感した。
当然の如く4人ともビビりまくり、昨晩既にテレビに剣を抜いた前科のあるニコラスを押さえつけ、子ども向けの動画を流す。
とりあえず、言葉が通じて良かった。
文字も問題ないようだ。
完全に見た目が西洋なのに漢字を書くミスマッチさよ。
一から全部教える必要がないのは不幸中の幸いだ。
大丈夫そうだなと思った私は、簡単な操作を教えると、動画を見ている彼らを置いて買い物に出かけることにした。
服や食料などを買わなければ。
一旦動画をストップして、電気ケトルの使い方とカップ麺の作り方を彼らに教えて、お昼ご飯はそれを食べるように言う。
王太子と高位貴族の彼らにカップ麺を食べさせるなんて……と思わないでもないが、致し方ないので目を瞑ろう。
騎士団の携行食よりはずっと美味かろう。
むしろシリルやニコラスは興味津々で、お昼ご飯を楽しみにしているようだったし、まあいいか。
彼らだけにするのは不安なので、火事や地震で命に危険が迫っている時以外は外に出るなと言い含め、足早に家を出た。
アパートを出てすぐに、電車の音が聞こえた。
線路が近いのだ。
お父さんは電車が好きで、だからここのアパートにしたらしい。
お母さんは音が煩いしちゃんと入居者が来るか不安がっていたけど、まさか家賃も払わないタダ飯食らいたちを住まわせることになろうとは、夢にも思わなかった。
少し行った交差点の角に花屋が見える。
私はすーっと息を吸い込んで、花屋の反対側に視線を向けた。
そこには、懐かしい街並みが広がっていた。
元々アパートを買うまでは、この辺りのマンションに住んでいた。
駅までの通い慣れた道。少し遠くに見えるスカイタワー。
電柱に付いた看板も、小さなお肉屋さんも、塗装が剥がれかけた門のあの家も、あの頃のまま。
ああ、何も変わっていない。
全部同じだ。
実際にはこの世界で時間は進んでいないのだから、当然なのだけれど。
なんだか急に込み上げるものがあって、私は頭を振って小走りに目的地へと向かった。
最寄駅は東京23区の中では、かなり素朴な駅だ。
そもそもかなりのローカルライン。
そのため服などを買おうとすると、電車に乗らざるを得ない。
17年ぶりに改札を通り、電車に乗り、スカイタワーを目指す。
急に渋谷や原宿に出る勇気はない。時間もかかるし。
それでも久々に見る車窓の景色に、ついキョロキョロと見回してしまう。
少し遠くに見えるビル群。まるで空を貫くように高いスカイタワー。
あちらの世界では、こんなに高い建造物は存在しない。
王宮の塔だって、せいぜいが10階建てのマンションくらいの高さだ。
何だか、改めて戻って来たのだなぁと言う感慨に耽ってしまった。
押上で降りて、スカイタワーを見上げる。
私はまたすぅーと息を吸い込んだ。
よし。やるぞ。
今日の目的は兎にも角にも衣服類。
あとカラーリング剤やカラコンも必要だ。
洗濯や料理は私がやるからひとまずいいとして、布団はさすがに運べないからネットで注文した。
お急ぎ便にしたから、明日には届くだろう。
一旦買い物が終わったらアパートに戻って置いてきて、食材を買いに行かなきゃ。
あれこれと考えながら、スカイタワーの足元にある商業施設へと足を踏み入れた。
あちらの世界では貴族だったから、必要なものはみな商人が屋敷まで持ってきていた。
たまに街に出かけてもドレスの店や飲食店などがあちこちに点在していたから、このようにひと所に集まっていることの楽さと楽しさを痛感する。
やっぱり色々見て回りたいよね。
王太子とその側近たちなのだから、本来なら百貨店で扱うような高級ブランド物を買うべきな気もするが、いくらお金に余裕があってもそんな贅沢はしたくない。
今のお金は増える訳ではないからね。
当然使ったら使っただけ無くなるし、今後彼らがどれくらいの期間居るのか分からない。
出来るだけお金は手元に置いておきたいのだ。
と、言うわけでSAKEQLOに直行する。
そういえば今朝自分のクローゼットを開いたら、何というか「あー若い頃こんなん着てたなぁ」という感慨を得る品々が収められていたことを思い出す。
確かに体年齢は変わっていないけれど、中身はもうアラフォー。
正直今持っている服のセンスが合わない。
今日は持っているものの中でもまだ精神衛生上苦しくない白いシャツワンピにしたけれど、体は若くてもなんとなく、もうあんなピンクにリボン! みたいな服は着られない。
ただでさえタンスがガラガラなものだから、自分の服もあれこれ目移りしてしまうのだけど、つい欲望に負けそうになる自分の頬を叩いて叱咤し、メンズラインのエリアへと向かった。
トラヴィスはただでさえ色を除いたとしても派手派手しいから、服はシンプルめな方がいい気がする。
白い厚手のロングTシャツに、ベージュのワイドなスラックスでどうだろう。
これから肌寒くなるから、ゆったりめの黒い厚手カーディガンを合わせる。
うん、殿下に似合いそう。
ウォルトはどうにも襟付きを着せたくなるけれど、ここは敢えてノーカラーのシャツにする。
ダークブルーグレーのシャツに、黒いロングカーディガン。
パンツも細めの黒。
腹黒のウォルトにピッタリだ。
ニコラスは筋肉がすごくて普通の服では二の腕が入らなそうだから、ゆったりめサイズを意識しよう。
グレーのパーカーにダメージデニム。
あとカーキのミリタリージャケット。
ありきたりだけど、ニコラスのような筋肉質な人が着るときっと素敵だ。
シリルは顔立ちがカッコ良いと言うよりは可愛い系だから、ちょっと中性的な服が似合いそう。
白いシャツにくすんだ淡いブルーグリーンのニットベスト、あと黒いテーパードパンツ。
シリルはまだ16歳だもん。
こういう服もきっと似合う。
あれこれ見ていたら何だか楽しくなってしまって、彼ら曰く囚人服のスウェットセットアップも含めかなり大量になってしまった。
ここまで大量だと中に紛れているメンズの下着なんかも恥ずかしくないわ。
同じ商業施設の中で靴を一足ずつとアパート内を行き来する用のサンダル、あとカラーリング剤をいくつかにカラコンを購入し、大荷物を抱えながら帰路についた。
急いで買い物を済ませたつもりでいたけれど、結構な時間がかかってしまい、お昼を食べる時間もなかった。
この荷物を抱えて電車に乗るのかと絶望したけれど、グッと力を込めて一歩一歩足を前に踏み出す。
どうにかこうにかアパートの前にたどり着いた時には、思わず荷物を地面に投げ出してしゃがみ込むくらいには疲れていた。
引きこもっていたせいか、この体はとてもひ弱だ。
荒れた息を整えて、また大荷物を抱えてアパートの扉を開ける。
大家部屋が一階で本当に良かった。
「ただいまー」
「遅い。いつまで待たせるつもりだ」
「あのカップ麺というやつ美味かったな! もっとないのか!?」
「クローディア嬢! あの選挙と呼ばれるものは具体的にはどう行われるのです? 一体どうやって有権者の数を把握しているのですか? 有権者の所在など国がどうし」
「姉さんおかえりなさい。この大荷物を1人で……?」
「そうよ大変だったんだから」
不満げなトラヴィス、餌付けによりだいぶ私への警戒心が薄れたっぽいニコラス、民主主義の投票という制度に衝撃を受けたらしいウォルトを尻目に、シリルだけは荷物を運ぶのを手伝ってくれた。
持てるものは可愛い弟だね。
出来るなら向こうの世界でもこうであって欲しかったわ。
よっこらしょという掛け声がぴったりな動作で一旦椅子に座り一呼吸置くと、やる気を振り絞って立ち上がった。
「さぁ! この世界に繰り出すためのイメチェンしますよ野郎ども!!」
私の異様な宣言に、4人はぽかんとした間抜け面を晒した。
だから、その間抜け面でも美しいとか、本当に何なのこいつら!
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