人がすなるえつせいといふものを我もしてみむとしてするなり

海堂 岬

算数が出来なかったらケーキが焼けないね

「算数出来なかったら、ケーキが焼けないね」

パウンドケーキを一口食べた妹の言葉に、私は頷いた。

「無理だねー。家にある型使えないから」


 母は私達が子供の頃、時々パウンドケーキを焼いてくれた。今は私達が、母が揃えたお菓子作りの道具で、色々作って楽しんでいる。時代の変化だろうか。家にある型は、手元にある本で見本を焼いている型よりも少し大きい。


 別に、本に書いてある分量でケーキを焼いたところで何も問題はない。だが、子供の頃から慣れ親しんだパウンドケーキの形とは、違うものになってしまう。それは残念だ。

「面積の計算がこんなときに役立つなんて」

「展開図もね」


 母の型はテフロン加工ではない。敷き紙が必要なのだが、型に合わせて紙を切る必要がある。

「あとは分数かな」

「まぁね。三温糖使ったほうが、やっぱ好きだわ」

本に書いてある砂糖の分量のうち、三分の一を三温糖にするのが母のレシピだった。その味で育った私達には、懐かしい美味しい味だ。


「あとは英語かな」

「何で」

「パウンドケーキ、もとはすべての材料を一ポンドずつ使ったから」

「豆知識だね。しかし、一ポンドか。何グラムよ」

「453.6g。だってさ」

スマートフォンを片手に答えた妹と私は顔を見合わせた。


「それ、昔ってことは、泡だて器は」

「人力でしょ、人力」

「いい時代に生まれたわ」

電動泡だて器も母の物だ。


「電気に感謝。結局こういうのはモーターだから、小学校の時作ったよね」

「懐かしい。あれ何処に行ったっけ」

「忘れた」

「学校の勉強なんて、何の役に立つのかって言う人いるけど、結局、何処に役立っているか、気づくか気づかないかという問題でしょ」


 皿の上の一切れは、どんどんと減って行く

「学校の勉強が何の役に立つのかとか言うけど」

「人力でパウンドケーキ焼いてから言ってくれ」

「無理だわ。無理無理。オーブンだって、薪よ、薪」


 紅茶とパウンドケーキと。休日の午後、時間は穏やかに流れていく。


「今度、クッキー焼こうよ」

妹は、本の別のページを開いていた。

「小麦粉あと80gしかない。バター足りないはず。使ったから」

「マーガリンあるでしょ。分数と足し算引き算」


「算数できなかったら、クッキーも焼けないわ」

私と妹は、声を合わせて笑った。


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