第45話 連絡先交換しよ?


 実際のところ櫻井が俺をどう思っているかなんて分からないが、やはり楓花は俺と櫻井を仲良くさせたいらしい。

 櫻井が俺を大事な友達にしたいと言った時に楓花が見せていた顔は、明らかにそうなることを望んでいる顔だった。

 楓花がなにを企んでいるかわからないが、ある程度の予想はできた。


 俺が櫻井のことを好きになれば、自分を諦めるとでも思っているんだろうか?


 俺が楓花のことを好きな気持ちがその程度だと本気で思っているとしたら……それは俺を馬鹿にしているとしか思えなかった。

 そんな簡単に俺の気持ちが変わるなら、もう俺は他の子を好きになっているだろう。

 それを楓花もわかっているはずだ。俺と同じように、昔から俺のことを好きだった彼女ならわかってないといけない。

 この気持ちは、決して変わらない。楓花のことを好きだという気持ちは、絶対に変わらない。


 それを楓花もわかっているはず、それなのにどうにかして彼女は櫻井と俺の距離を近づかせようとしている。

 俺と櫻井がなにかの間違いで付き合いでもすれば、俺が楓花を諦めてくれると思ってるんだろうな。

 そうなれば楓花にとって一番都合が良い展開になる。


 楓花は風宮と付き合って、俺と櫻井が付き合えば、それで話は別の形で丸く収まる。

 俺と楓花は家族として、幼馴染の関係のままでいられる。そうなれば、それは楓花の勝ちになるんだろう。


 俺が楓花を諦める。それが今の彼女が望んでいることだ。これからも俺と変わらない家族の関係を続けること、それが彼女の望みだ。

 それが叶えば、俺のことを諦めた楓花の決意が無駄にならない。俺のことを好きだった気持ちを、二度と出さなくても良い。

 その為なら、きっと楓花は今後もなにかしてくると考えるのが自然の流れだろう。


 これから楓花がなにを企んでくるか検討もつかないが、俺は全て無駄だと思わせてやろうと思った。

 なにをしても俺の気持ちが変わらない。ずっと楓花のことを好きでいる。そう楓花に思い知らせれば、彼女の心も折れるに違いない。


 もしそうなれば、きっと楓花は風宮ではなく俺に告白してくれるだろう。

 風宮に告白する7月31日に、アイツではなく俺に告白したくなるはずだ。

 更に俺が日常的に楓花のことを好きだとアピールすれば、そうなる可能性も大きくなるだろう。

 楓花があの時に見せた涙が本物なら、そうなるのが自然の流れだ。


「おーい、佐藤くーん?」


 絶対にもう一度、俺のことを好きだと思わせてやる。

 今まで言えなかった好きって言葉も無限に言ってやる。むしろずっと言えなかったから言いたくて仕方ないくらいなんだ。思う存分言ってやるよ。

 強引な手を使えない以上、少しずつ楓花の心を折りに行くしかない。下手なことをして失敗するのは良い案とは思えなかった。


「あれ? 佐藤君やーい!」


 どんな風に好きだって言うのが効果的だろうか?

 二人で部屋にいる時に自然と言うのも良い。急に言えば楓花も慌ててくれるかもしれない。


「んん? ちょっと佐藤くーん!」


 急に抱きつくのは流石にやり過ぎだろう。でも、そっと後ろから抱きついて好きだって囁いて見るのも良いかも?

 前にドラマでそう言うのも見た時、楓花が良いなって言っていた。女の子ならそういうシーンに憧れがあるって話していたから、やってみたら意外と簡単に折れてくれる可能性もある。


「むっ……! 佐藤君ってばー!」

「え?」


 唐突に、俺の両肩が背後から誰かに掴まれた。

 急に身体を触らせてビクッと震えた俺だったが、次の瞬間――俺の身体は大きく前後に揺らされていた。


「なんで無視するのー!」

「悪い、ちょっと考え事してたって言うか乱暴に肩を揺らすな!」


 ガクンガクンと前後左右に俺の身体が揺れる。

 声だけで、誰かわかった。俺の肩を乱暴に揺らす櫻井に、俺は強引に彼女の手を引き剥がした。

 思わず振り返ると、頬を膨らませた櫻井が俺に不満そうに眉を寄せていた。


「だっていつまでも反応してくれないんだもん!」

「だから考え事してたから……って今授業中だろ!」


 なんで櫻井が俺の背後にいるかは置いて、今は授業中のはずだった。

 そう思って慌てる俺だったが、なぜか櫻井は不思議そうに首を傾げるだけだった。


「なに言ってるの? 今休み時間だよ?」

「え……?」


 咄嗟に教室の時計を見ると、確かに今の時間は授業の合間の休み時間だった。

 周りを見れば、クラスの中は騒がしくなっていた。十分程度しかない時間でも、自由な時間だとクラスメイト達が騒いでいる。

 いつの間にか授業が終わっていた。その事実に俺は驚くことしかできなかった。


「ずーっと変な顔してたよ? 眉間に皺ぎゅーって寄ってたし、なに考えてたの?」


 俺が呆然としていると、櫻井がそう言っていた。

 彼女に言われた顔をしている自覚なんてなかった。無意識に眉間に手を添えて、俺は咄嗟に口を動かした。


「あぁ……昼飯、なに食べようかなって」

「佐藤君、そんな食いしん坊だったの?」

「いや、そういうわけじゃないけど……考えた始めたら決まらなくて」


 もっとマトモな嘘をつけないのかと、自分に呆れる俺だった。

 しかしこんな嘘でも納得してくれたのか、櫻井が「ふーん?」と呟きながら小さく頷いていた。

 どうにか誤魔化せたらしい。そう思って、俺が安堵した時だった。

 ふと俺の背中に、柔らかい感触がそっと襲い掛かった。

 背中にのし掛かる重み、そして俺の両肩からぶら下がる誰かの腕。そして横を見ると――なぜか櫻井の顔があった。


「悩んでるなら、私が決めてあげよっか?」


 にひひと、櫻井が笑う。

 そこにあるはずない櫻井の顔が目の前にあることに、素直に反応できなかった。

 背後から櫻井に抱きつかれている。この状況が理解できなくて、俺の顔が強張るのが自分でもわかった。

 背中に感じる櫻井の存在。楓花とは違う種類の甘い匂い。そして特に背中の一点に感じる妙な柔らかい感触に、反射的に身体が固まった。

 その感触を感じて、反射的に俺の口は動いていた。


「……離れてください」

「えぇ〜! 別に良いじゃん〜!」

「お願いだから離れてください」

「友達なんだからこれくらいのスキンシップ許してよー! というか、なんで敬語?」

「良いなら、離れてください」


 しかし俺の反抗も虚しく、なぜか櫻井は俺から離れようとしなかった。

 むしろ逆にぎゅっと櫻井の腕に力が入って、俺を抱き締める始末だった。

 まだ周りは気づいてない。俺の席が教室の端で助かった。流石に俺達の今の体勢は、色々とマズい。


「今日は私ね、からあげ定食食べようと思ってるんだ。だから佐藤君も同じのにしよー?」


 櫻井が何も気にしていないのか平然と話を続ける。

 そんな彼女に腹が立って、俺は肩からぶら下がっている彼女の腕を掴んで無理矢理引き剥がすことにした。


「良いから離れろって」

「あらら?」


 櫻井の腕を掴んでから、背中で彼女の身体を押す。一瞬だけ背中に感じる妙な感触が強くなったが、そんなことを気にする余裕もなかった。

 櫻井の身体が離れた瞬間、すぐに俺が振り返ると彼女は両手を広げた格好できょとんと呆けた顔をしていた。

 その顔に、じわじわと俺の頭に血が上る感覚が増した。


「急に抱きつくなよ……」

「ん? 友達なら別に良くない?」

「友達だろうと友達じゃなくても男子に女子が抱きつくわけないだろ?」


 どうにも話が噛み合わないことに、俺の表情が引き攣る。

 櫻井が首を傾げて俺を見つめる。そしてなにか察したのか、わざとらしく手の平に拳をポンと乗せて納得した表情を見せた。

 そして、なぜかすぐに櫻井の顔がニヤリと笑っていた。それはイタズラが好きな子供みたいな顔だった。


「あれれ? もしかして? 佐藤君、私のこと意識したの?」

「……するわけないだろ」


 なにを言い出すかと思えば……と思って、俺は頭を抱えた。

 俺の反応に、なにを思ったのか櫻井の顔が不満そうに歪んでいた。


「む……! それは女の子として聞き捨てならない台詞じゃないかな?」

「別に櫻井がどうこうって話じゃない。小学生でもあるまいし、そんなので恥ずかしがるわけないだろ」


 女の子に抱きつかれて顔を真っ赤にして恥ずかしがるなんて中学生みたいな反応はしたくなかった。


「それもそうだけど、なんかムカつく」

「もうそれは良いだろ……で? 何か用?」


 このまま櫻井に合わせると話が進まない。

 俺が強引に話を変えると、櫻井はつまらなさそうに口を尖らせていた。

 しかし櫻井も俺に用事があったのだろう。渋々と小さく頷いて見せた。

 櫻井が、唐突に制服からスマホを取り出して俺に見せつけた。


「スマホがどうしたんだ?」

「昨日言い忘れたから、連絡先交換しよ?」

「は? 今?」


 呆気に取られる俺に、櫻井は「今!」と答える。

 なんでそんなことを休み時間に聞いてくるのか、意味がわからなかった。


「なんで?」

「だって友達だもん。隠れてメッセージのやり取りとかしたくない?」

「友達の話は置いておくとして、授業中にスマホ触ってるのバレたら没収されるぞ?」

「そのスリルが良いんだよ。佐藤君、それが青春ってやつなんだぞ?」


 それは知ってるよ。よく漫画とかで見るし。

 しかしそれを俺が櫻井とやれというのか?


「それくらい風宮とか早瀬とやれよ」

「違うなぁ……佐藤君よ。楓花達とはもう仲良しだから良いの。仲良しになりたい人とやるのが良いんだよ?」

「それ、今じゃなくても良くないか?」

「思ったら吉日って言うでしょ? さっきね、楓花とメッセージで話してる時に思いついたの。これで授業中も仲良しレベルが更に上がるって!」


 そう言って、誇らしそうに櫻井が胸を張る。

 チラリと俺が楓花の席を見ると、俺の思った通りだった。

 小さく笑っている楓花の顔が見えた。


 ……やってくれる。


 楓花に先手を打たれたことに、俺は心の中で舌打ちを鳴らしていた。

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