第46話 返事、しないの?


 その日の夜、部屋でだらけていると唐突にスマホが鳴った。

 通知音と一緒にスマホの画面が光る。俺がなにげなくスマホの画面を見ると、表示された名前に思わず俺の顔は強張った。

 スマホに表示されていたメッセージの相手は、櫻井だった。


『佐藤君って好きな映画とかある? 私ね、今から映画見ようと思ってるんだけど、佐藤君のオススメとかあったりする? あったら教えてよー?』


 そのメッセージに続いて、櫻井から可愛いスタンプが送られてくる。

 連絡先を交換してから途切れることなく送られてくる彼女のメッセージに、俺は思わず溜息を吐きたくなった。

 もし今、俺が返事を返せば、すぐに櫻井からメッセージが返ってくるだろう。そうなればもれなく彼女と終わることのないメッセージのやり取りが始まることになる。


 知ってはいたが、女の子というのはメッセージのやり取りを簡単には終わらせてくれないらしい。

 昔、楓花から聞いたことがあった。彼女がスマホを弄っているのは、大体メッセージを返している時だと。それは彼女だけの話ではなく、大体の女の子はそういうものらしい。

 メッセージでも、友達と話しているのが楽しい。そんなことを楓花が話していた。

 だからそれは櫻井も例外ではないんだろう。彼女も楓花の言っていた通り、俺とメッセージを終わらせる気はないみたいだった。

 たまに相槌みたいな返事をして話を途切れさせようとしても、全く無意味だった。俺が強引に話を終わらせるか、もしくはメッセージを見ていないことを装って返事を遅らせないと全然終わる気がしない。


 正直、申し訳ないけど面倒だった。別に櫻井のことが嫌い、ではないが楓花の件を考えると面倒だという気持ちが強くなってくる。

 そもそも俺が櫻井と連絡先を交換しなければ良いだけの話だったが、あの時の教室で頑なに俺が拒否すればクラスメイトから反感を買うのは目に見えていた。クラスで人気のある櫻井を無下に扱えば、それ相応の扱いを受けるに決まっている。

 そう思って渋々櫻井と連絡先を交換したのだから、俺が悪い。でも、そうなるように仕向けた楓花も大概だと思った。

 どうにかして楓花が俺の気持ちを他の人間に移そうとしてくる。その意図が見えて、少しだけ腹が立ってくる。なにが彼女をそうさせるのかと。

 櫻井が悪いわけじゃない。だから彼女から来るメッセージを返さないという行為に罪悪感は覚える。だけど、面倒だった。


 もう一度、櫻井から来たメッセージを見る。メッセージアプリを開かなければ、彼女に俺がメッセージを見た既読の通知はいかない。メッセージの内容も、大したことのない世間話だ。

 それなら今すぐ返事をする必要もないだろう。そう思って、俺はスマホを机の上に戻した。


「返事、しないの?」


 ふと、背後から楓花の声が聞こえた。

 俺が振り返ると、俺のベッドの上でスマホを弄っていた楓花が首を傾げていた。


「なにが?」


 反射的に俺がそう言うと、楓花の目が少し細くなった。そして彼女の目が、机の上に置かれた俺のスマホを見つめていた。


「今の、愛菜ちゃんからでしょ?」

「なんでそう思ったんだよ」

「愛菜ちゃんからメッセージ来たから、智明から返事来ないって」


 そう言って楓花が持っていたスマホを向けると、彼女のスマホの画面には櫻井とのメッセージ画面が表示されていた。

 その内容は、俺からメッセージの返事が来ないことを嘆いている内容だった。忙しいのか、それとも風呂に入ってくると言って俺がやり取りを終わらせた後だから俺がかなりの長風呂なのかと考えているようだった。


「早く返してあげないと、電話してみればって言っちゃうよ?」

「……それは反則だろ?」

「だって返してあげない智明が悪いじゃん。別に忙しくもないんだし」


 楓花が俺のスマホを見つめたまま、そう話す。

 彼女の今までの行動を考えたら、本当に櫻井に電話させそうだった。

 あの強引な櫻井と電話すれば、それこそ長電話になりそうだ。折角の楓花と一緒に居る時間を邪魔されるのも嫌だった、

 渋々と俺がスマホを手に取って、さくっと櫻井に返事をする。そうして近くにあったクッションに俺はスマホを放り投げた。


「これで良いか?」

「よろしい」


 わざとらしく俺が不貞腐れた態度を見せても、楓花は満足そうに微笑むとスマホに視線を戻していた。

 ぱちぱちと楓花の指がスマホを叩く。その姿を俺が眺めていると、ふと彼女の顔が俺に向けられた。


「ん? どうしたの?」


 俺がいつまでも楓花を見ていたからだろう。首を傾げる彼女に話すか悩んだが、少し考えて、俺は口を動かした。


「なんでこんなことするんだよ?」

「こんなことって?」


 わざとらしい反応だった。思わず、俺は眉を寄せた。


「それ、わざとか? お前が俺と櫻井を仲良くさせようとしてることに決まってるだろ?」


 俺がそう言うと、楓花が少し目を大きくした。そして目を伏せて、なにか考える素振りを見せた彼女が持っていたスマホをベッドの上に置く。

 その後、楓花は頬杖をついて俺と目を合わせないようにしながら、話し始めた。


「だって、そうすれば……智明も諦めるかなって」

「俺と櫻井が仲良くなったら腹立つのにか?」


 先日、楓花が腹を立てたことを思い出す。俺と櫻井が仲良くなることが嫌ではなければ、彼女がイライラする必要がない。イラつくということは、俺が他の女の子と仲良くすることを彼女が嫌だと言っているようなものだ。

 その感情が楓花になければ、俺達は互いに隠していた気持ちを知ることなんてなかったんだ。


「それは家族だからだよ。仲良しの家族とか友達が自分以外の誰かと仲良くするのに嫉妬しちゃう……みたいな感じ」

「やっぱり嘘つくの下手だよな、楓花って」


 話していた楓花を見て、そう俺は答えていた。

 頬杖をついている楓花の拳に、力が込められているのが見えた。

 小さく震えている楓花の手を見れば、彼女がどう思っているかなんてすぐにわかった。


「別に私のことは良いでしょ」

「良くない。いい加減、認めたらどうだ?」

「……なにを?」

「俺のこと、一番好きって」


 楓花の目が揺れたのを、俺は見逃さなかった。


「もう、違うよ。私は悠一君のことが好きなの」

「またそうやって誤魔化すんだな」


 あの時から二人になると繰り返すこの会話。

 結果の変わらない会話をして、そして最後は互いに折れないままで終わる。

 そして楓花が最後に言う言葉は、決まっていた。


「絶対に、私の気持ちはは変わらないよ。それが私の決めたことだから」


 そう言って、楓花が下唇を噛む。それがこの会話の終わりだった。

 しかし今回は、いつもと少し違った。


「今週末、もっと悠一君と仲良くなるもん。そうしたら、きっとこの気持ちもなくなるもん」


 その後、楓花はまるで自分に言い聞かせるように続けた。

 今週末、風宮達と遊びに行く。そのイベントでなにが起きるかは、俺もまだ知らない。

 本当に楓花と風宮の距離が近づくなら、7月31日に楓花が振られるなんてことにはならない。

 きっとなにもなかったんだろう。そう思うのが自然だ。

 だから、なにもないなら俺が利用する。俺に対する楓花の気持ちを認めさせるために。

 そうすれば、きっと楓花も素直になってくると信じて。俺は彼女を見つめた。


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負けヒロインの恋が成就するまで、このタイムリープは終わらない 青葉久 @aoba_hisa

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