第34話 もう友達だよ
ゲーセンから出ると、外は夕方になっていた。
なんだかんだと来るのが嫌だと言いながらも、思いのほか時間を忘れるほどゲーセンを楽しんでいたらしい。
その事実に、俺は内心震えていた。まさか風宮達と遊んで時間を忘れるとは……
櫻井達とプリクラを撮ってから風宮達と合流して、そこから流されるまま普通に遊んでしまった。
風宮から強引に格ゲーを一度だけ一緒にやらされて、その後は五人で色々と遊んでいた。
クレーンゲームでも遊んだし、大人数で遊ぶレースゲームやパーティゲームとかで遊んだりもした。多分、ゲーセンにあったジャンルは大体遊んだような気がする。
その中で一番予想外だったのは、立花がプレイする音ゲーが上手いことだった。そういうのやらないイメージだったのに、普通に誰よりも上手かった。
楓花は元々下手なのは知っていたが、櫻井もリズム感がないのか音ゲーが死ぬほど下手だったのには思わず笑ってしまった。その後で櫻井には普通に怒られたが。
とまぁ……そんな感じで遊んでいたら、いつの間にか時間が過ぎていて、時間を見た楓花が帰ると言って俺達は帰ることになった。
不本意にもゲーセンを楽しんでいた所為で忘れていたが――俺も前回の二週間と同じように、今日は楓花から連絡があって彼女の家で夕飯の鍋を食べる話になっていた。
楓花が言い出さないと普通に忘れるところだった。正直、彼女が帰ると言い出してくれて助かった。
ゲーセンから出た俺達五人は、軽い挨拶を交わして各々の家に帰宅していた。
「ん〜! 疲れたぁ〜!」
ゲーセンからの帰り道、先を歩いている櫻井が背伸びをする。
俺と楓花、櫻井の三人は、揃って住宅街の方に向かっていた。これはさっき知ったことだが、意外にも櫻井の家は俺と楓花の家からそこそこ近くにあるらしい。
ちなみに立花と風宮は家が同じ方面にあるらしく、駅から電車で帰る二人とはゲーセンで別れた。風宮の家がどこにあるかなんて、俺には死ぬほどどうでも良い情報だった。
「愛菜ちゃん、珍しくはしゃいでたもんね」
背伸びをする櫻井に、楓花が呆れたような顔を見せる。
楓花の話を聞く限り、今日の櫻井の態度は普段とは違ったらしい。
確かに彼女の言う通り、ゲーセンで遊んでいた時の櫻井は最初から最後までかなり盛大に騒いでいた。色んなことに楽しそうにしたり悲しんだり、感情の起伏が激しく出ていた気がする。
その時のことを思い出すと、俺が今まで感じていた櫻井の印象はあそこまで騒ぐような子じゃなかった。
過去に俺が学校で楓花を遠目に見ていた時に見えた櫻井は、ぱっと見の外見は物静かな印象を受けるけど誰かと話す時は普通に話す子だった。
たまに人並みに騒ぐが、馬鹿騒ぎはしない。そういう感じの女子だと思っていた。
しかし今日、たった一日で、俺の中の櫻井の印象は大きく変わっていた。
かなり変わった自分の考えを持った、明るい性格で、感情豊かな女の子。
異性に対する警戒心が皆無で、人との距離を強引に詰めるのが不思議と不快にならない変わった人間。
それが俺の中の櫻井愛菜という人間の印象だった。
多分、距離を強引に詰められるのが不快に思わないのは、彼女の外見が特別に良いからだろう。ふと思った疑問に、俺はそう納得することにした。
「それはそうだよ。だって今日は佐藤君がいたし」
少し先を歩いていた櫻井が、振り返って俺に満面な笑顔を見せる。
その笑顔に思わず視線を逸らした俺は、肩を落としながら答えていた。
「あんなに引っ張り回された身にもなってくれ……正直、かなり疲れた。しばらくはゲーセンに行く気も起きない」
そう言ってゲーセンでの一時を振り返ると、急にドッと疲れを感じてしまった。
プリクラの時から帰る間際まで、櫻井は俺を引っ張りまわしていた。あっちこっちと強引に腕を掴んで連れ回されて、最後まで俺は彼女にされるがままだった。
強引な櫻井と風宮から離れるために途中で強引に帰ろうとも思ったが、それだと学校での風当たりが悪くなるのは目に見えていた。昼休みの一件で、それは分かりきっていた。
だから安易に帰ることもできずに、流れに身を任せて彼女達とゲーセンで遊んでしまったのだから……思い返せば自分が情けなくなった。
きっと風宮と同じく、櫻井も彼と同じ人種なんだろうな。
自分の思う通りになることが起こる。それが意図せずとも、勝手に周りがそうなるように動く。そうなることを世界に許された人間。
それを風宮が主人公と世界に認められて許されているのなら、きっと櫻井も――彼のヒロインという立場でありながら主人公になることを許された人間なのだろう。
意図せずともその人達の意思など関係なく周りを自分の思う通りに動かせる。そんな類稀なる人間。
それが櫻井愛菜なのだと、俺は勝手に納得することにした。
「そんな連れないこと言わないでまた行こうよ〜!」
櫻井が不満そうに口を尖らせていた。
「行かない。そもそも今日は来る気なんてなかったんだし」
「良いじゃん! もう私達、友達なんだし!」
「……友達?」
急に櫻井にそう言われて、俺は反応に困った。
呆ける俺を見て、櫻井は頬を膨らませていた。
「一緒にあれだけ遊んだんだからもう友達じゃん!」
「……どうだろうな」
思わず、俺はそう言っていた。
果たして、たまたま一緒に一度だけ遊んだだけで俺達は友達になっているのだろうか?
友達の関係なんて、本人達の気持ち次第だ。たとえ櫻井が俺のことをそうだと思っていても、俺はそう思いたくはなかった。
俺は、楓花との関係を変えたい。楓花に告白してもらって、彼女の告白を成功させなければ……俺は何度も同じ二週間を繰り返す。その為に、俺は彼女を惚れさせないといけない。
そうするには、間違いなく風宮の存在は邪魔だ。楓花が惚れている男なのだから、当然だろう。
そして風宮と同じく目の前にいる櫻井も、その目的の邪魔になる。彼女と友達になれば、もれなく風宮が一緒についてくる。逆に風宮と友達になっても、櫻井がついてくる。
それをわかっていれば、俺が櫻井を友達と思うわけにはいかなかった。
櫻井と一緒にいるだけで、俺は面倒事を抱えることになったんだから。
「佐藤君? もう変な意地張らなくても良いんじゃない?」
俺の隣で歩いていた楓花が、そう言っていた。
視線を向けると、彼女が小さな笑みを浮かべて俺を見ていた。
「意地なんて張ってない」
「張ってるよ。だってあんなに愛菜ちゃんと一緒に遊んでたんだし、もう友達だよ」
「櫻井だけ、じゃない。今日は五人で遊んだんだ」
今だに誤解している楓花に、そう答える。
あれから相変わらず、楓花は誤解したままだった。
俺が櫻井と友達になれることを喜んでいると、楓花は思い込んでいる。だから彼女も、強引に俺と櫻井を近づけようとしてくる。
櫻井にデレデレすれば、俺はもう言い逃れできない。それを証明するために。
その誤解を解消する為にも、俺は櫻井と友達になるわけにはいかなかった。
「遊んだ人数は関係ないよ? だって佐藤君が愛菜ちゃんと遊んだのは変わらないもん」
「流石は楓花! めっちゃ良いこと言うじゃん!」
実際、こうして楓花が俺と櫻井を友達にさせようとしてくる。
吐きそうになる溜息を我慢して、俺は強引な楓花に目を細めた。
「もしそれで俺が櫻井と友達になるんだったら……今日遊んだ全員と友達になったってことになるぞ?」
自分で思うのもアレだが、楓花の言い分を言い負かす言葉としては良い返しだと思った。
つまり、そういうことになる。
今日遊んだ櫻井と俺が友達になるのなら、他の三人もそれに含まれるだろう。
風宮はどうでもいいが、立花は絶対に俺を友達とは思わないに決まっている。俺に良い感情を持っていない立花なら、きっとそう思う。
そして楓花も、俺と友達になる選択を選ばないと確信できた。
ゲーセンに一緒にいるだけでわかった。やはり、楓花は隠し事が下手くそだと。
もし俺と楓花が一緒にいれば、きっと風宮達に俺達が幼馴染だとバレる日が来るだろう。
好きな男に、自分の身近に異性がいることを知られるのは楓花も良いと思わないに決まっている。
楓花が自分の言い分を俺に通そうとすれば、彼女も俺と友達にならないといけない。しかしそれをすれば、彼女も都合が悪い。
楓花の俺に対する誤解の証明と、自分の恋路。そのふたつで彼女が選ぶのは、決まっていた。
「うん。だから今日から私も……佐藤君と友達だよ」
言い淀むこともなく、それが当然のように楓花はそう言っていた。
「………は?」
「悠君はともかく……梨香ちゃんはね、すっごい素直じゃない子なの。あの子は自分の気持ちを曲げてまで嫌いな人と一緒にいるような子じゃないから……きっと佐藤君のことは悪く思ってないよ」
唖然とする俺に、楓花が笑みを崩さずに語る。
そして続けて、楓花は俺をまっすぐに見つめて口を動かした。
「それに私も……佐藤君のこと、もう友達だと思ってるよ?」
俺が絶対に言わないと思っていた言葉を、彼女は平然と言っていた。
それが楓花とって間違いなく都合が悪くなる言葉だと本人もわかっているはずなのに……
「私達全員が佐藤君を友達だと思えば、佐藤君も私達のこと……友達だと思うよね?」
どうしてそんな言葉を楓花が言ったのか、俺には検討すらつかなかった。
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