第33話 誰にも見せられない写真
人の出会いには、意味がある。
あの昼休み、俺と友達になりたいと言った櫻井がそう語っていた。
全ての人の出会いには、そうなるべくしてなる意味があると。
人が出会うことにより、なにかが始まる。まるで映画や漫画、小説の登場人物が出会うことで物語が進むように、人が出会えば不思議となにかが始まると。
櫻井が風宮達と出会って友達になったのも、そうなるべくしてなった。だから俺との出会いにも、絶対に特別な意味があると櫻井は確信しているらしい。
普通とは少し違った出会い方をした俺に、櫻井は俺と友達になることでその特別な意味を見つけようとしている。
俺と友達になって、仲良しになって、俺のことを深く知ることができれば……その意味が分かるかもしれないと。
だから彼女がその意味を見つけるために、俺にもそれを強要している。俺もそうすれば……俺自身も、その意味がわかるかもしれないからと。
俺と櫻井が出会うことが運命だったと、まるで告白みたいなことを彼女は恥ずかしげもなく、そう言っていた。
だけど俺はそんな櫻井の特殊な考えを知っても、彼女の考えが全然理解できなかった。
仮にそう思っていても、どうして彼女がそこまで俺と強引に友達になろうと行動できるのか……どうしてもわからなかった。
普通ならここまで積極的に異性に迫ることなんて……女子ができないはずなのに。
まるでなにかに駆り立てられているような、その行動に意味があると思わせるような気迫みたいなものを感じてしまう。
ここまで女子が異性の男子に強引な行動をすれば、普通に勘違いされても全然おかしくない。
自分に好意がある。むしろ、そう思うのが普通だろう。好きでもない異性に女子が望んで至近距離まで迫ることもないし、腕に抱き着いたりもしない。そして一緒にプリクラを撮ろうとも思わない。
たとえ、彼女の行動の全てが友達になるための手段だとしても、どうにも俺は気になった。
どうして彼女は、そこまで俺との出会いの意味を知ろうとするのか。
俺の目の前で楽しそうに楓花とプリクラを撮るポーズを相談している櫻井を見て、俺はその疑問が解消されずにモヤモヤとした気持ちが募っていた。
「じゃあみんな一回はセンターで撮ろうよ。最初は私で、次が楓花、最後は佐藤君。残りは変顔とかで遊んじゃお?」
「私はそれで良いよ。ポーズはどうするの?」
「センターの人が決めちゃおう! 私はみんなでこれで!」
櫻井がそう言って、両手を顔の横まで上げると手を広げて指を少し曲げる。
まるで獣が爪を立てたようだった。おまけに彼女が口を大きく開けて「がおー!」と言っていた。
急にライオンの真似みたいなことをした彼女に、思わず俺は顔を顰めていた。
「あ、それ前に見たことある。可愛い」
「でしょー! みんなでやろうよー!」
「愛菜ちゃんがそう来るなら、私の時はみんなこれでやろ?」
櫻井になにを対抗しているか知らないが、楓花がそう言うと両手でピースを作った。
そしてそれを自分の頭の左右に、まるで耳みたいな形で当てていた。
「にゃあ……! なんちゃって」
ちょっとだけ身体を傾けて、楓花が猫の真似をしていた。
楓花のその姿を見た瞬間、咄嗟に俺は自分の口元を手で隠していた。
待って、死ぬほど可愛いんだけど……キモいと思われたくないけど、めっちゃ写真撮りたい。あ、今からこれで撮るのか。
見たことない楓花のポーズが可愛くて口元が緩むのを隠しながら、俺は彼女のこのポーズの写真が手に入ることを心の底から喜んだ。
「楓花もあざといねぇ〜」
「えぇ! 可愛いじゃん!」
「めっちゃ可愛い! だから私もそれやる!」
二人で猫の真似をして笑い合う。
そして二人が、揃って俺を見ていた。
「佐藤君の時はどうしよっか?」
そう言った櫻井に、どうにか緩む口元を抑え込みながら答えた。
「俺、二人みたいにプリクラ映えするポーズなんて知らないぞ?」
「佐藤君、プリクラ撮らないもんね」
確かに楓花の言う通り、二人で出かけてもプリクラなんて撮らない。彼女に撮りに行こうと言われても、妙に気恥ずかしくて断ったこともあった。
……あれ? お前、今それ言ったらまずいだろ?
俺の話に楓花がそう言うと、櫻井が「ん?」と首を傾げた。
「あれ? なんで楓花、佐藤君がプリクラ撮らないって知ってるの?」
「えっ……? あ、間違えた。全然取らなさそうだね、って言いたかっただけだよ」
楓花が平然と装って、櫻井に答えていた。
やっぱり俺と一緒にいると無意識にボロ出すよなぁ……だから俺が学校で楓花と一緒にいないようにしていたんだった。
この手のボロが楓花から出ると、俺と彼女が仲の良い関係だとバレることになる。そう思ったからこそ、俺は学校で彼女と一緒にいないようにしていた。俺達の関係を風宮に知られないように。
「そう? なら良いんだけど……それでも楓花にしては珍しいね。佐藤君に意外とヒドイこと言っちゃうんだもん」
人に向かってプリクラとか撮らなさそうだね、と言うのは酷いことだろうか?
言われてみれば、そういうのに縁がなさそうな奴と遠回しに言っているような気がした。
櫻井に指摘された楓花の眉が、少しだけぴくっと動いた。
「そんなことないよ? ね? 佐藤君?」
誤魔化すように笑って見せた楓花が、俺に同意を求める。
楓花の目が言っていた。話を合わせろと、圧の込められた視線を感じた。
「……別になにも思わなかったけど」
「だよね~? 愛菜ちゃんも心配し過ぎだよ」
俺と楓花の話を聞いた櫻井が納得できないと顔を顰めるが、それでも渋々と納得したのか「そっか」と頷いていた。
「なら良いんだけど……まぁ、良いか」
「早く佐藤君の時のポーズ決めちゃおうよ」
櫻井の疑問を誤魔化すように、楓花が催促する。
彼女にそう言われて、櫻井は思い出したとすぐに表情が明るくなった。
「そうだった! 佐藤君、どうする?」
ここで俺が悩んだりすると、櫻井のさっきの疑問が戻って来るんだろうな。
僅かな時間で考えて、俺は思いついたポーズを言うことにした。
確かテレビで流行ってると言われているポーズがあったのを思い出した。
「じゃあ、前にテレビで見たこれで」
平凡なポーズだと、櫻井なら面白くないと言うだろう。
だから俺は両手の親指と人差し指をそれぞれ交差してハートの形に見えなくもないポーズを二人に見せることにした。
俺のポーズを見た二人の視線が、どことなく俺を憐れんでいるような気がした。
櫻井が俺のポーズを見て、可笑しいと笑っていた
「ふふっ、佐藤君。それちょっと古いよ」
「え……そうなの」
「うん。流行りはすぐ変わっちゃうからね~」
女の子の流行、変わり過ぎだろ。
俺が選択を間違えたと思っていたが、それでも櫻井は「まぁ、良いか!」と頷いていた。
「折角、佐藤君が選んでくれたのだからそれで行こう」
「私もそれで良いよ」
思いのほか、櫻井が納得してくれた。
どうにか俺の番で使うポーズも決まったところで、プリクラ機から写真を撮る音声が聞こえた。
その告知で、俺達はすぐに写真を撮る準備を始まることにした。
「良し! じゃあ私からね! 佐藤君はここで、楓花はここ!」
櫻井に指示されて、俺と楓花が位置を変える。
そして機械から写真を撮るカウントが始まると、櫻井と楓花が「がおー」と言ってライオンの真似をしていた。
これを俺もやらないといけないのか……早くしろと楓花が俺の足を踏んでいた。
楓花に催促されて、俺も渋々とライオンの真似をした。
「が、がおー」
パシャリと、一枚目の写真が撮られる。思っていた以上に恥ずかしかった。
「佐藤君、良いじゃん! その調子で行こー!」
一枚目の撮影が終わると、すぐに二枚目の写真が撮るカウントが始まった。
今度は楓花がセンターの番だった。楓花の指示で俺と櫻井の位置が変わる。
楓花達が猫のポーズを撮るに合わせて、俺も渋々ながら猫のポーズをした。
「「にゃあ~」」
「……に、にゃあ」
そして二枚目の撮影がパシャリと音を立てて、終わっていた。
プリクラ機の画面に、二枚目の写真が映し出される。
うん。この写真、貰ったら大事にしよう。
もし俺が楓花を惚れさせるのに失敗して時間が戻されたらなくなるかもしれないが、目に焼き付けようと心の底から思った。
その後、順調に俺達は写真を取り進めた。
変なポーズやアヒル口とか言ってふざけた顔で写真を撮ったりして、気づけば最後の写真になっていた。
「最後はどうする?」
最後の写真のカウントが始まると、楓花がそう言った。
最初の三枚以外はなにも決めてなかったから、それ以降はその場のノリで決めていた。
楓花に聞かれた櫻井が、楽しそうに笑っていた。
「最後はね! こうするって決めてたの!」
カウントが進んでいく最中、櫻井が俺の右腕にしがみつく。
そしてなにを思ってのか、空いてる手で櫻井が俺の頬を突いていた。
「は、これで撮るって本気?」
「別に良いでしょー! 最後は大胆に行こー!」
このポーズで撮るのは流石にまずいだろ?
「もう! 逃げないでって!」
「いや、これで撮るのは……」
俺がどうにか逃げようとしても、櫻井が離さないと強く腕にしがみつく。
離れようとしない櫻井に、俺は楓花を一瞥して咄嗟に口を動かした。
「これだと早瀬がどうしたら良いかわからないだろ……」
これだと楓花がどのポーズをすれば良いかわからない。
むしろ櫻井に邪魔だと言われてるみたいになるだろ?
俺がそう思っていると――ふと、俺の左腕が誰に掴まれた。
思いもしない感触に思わず俺が左を向くと、なぜか楓花が俺の腕を掴んでいた。
「……早瀬? なんでここで俺の腕を掴む?」
「だって愛菜ちゃんが右側でそうされると写真のバランス悪くなるでしょ?」
問題なのはそこじゃない。
しかし俺の言葉を聞いても、なぜか楓花はそのまま俺の腕にしがみついていた。
どうにか離そうとしても、絶対に離さないと楓花の力が強くなる。そしてどうしてか、俺の脇腹を彼女の手が割と強い力で抓っていた。
いや、普通に痛いんだけど……そう思った身動きすれば、楓花の指の力が強くなっていた。
「意外、楓花もノリ良いね」
「たまにはね。折角だから」
内心で痛がる俺を他所に、楓花と櫻井が笑い合う。
そしてカウントがゼロになる瞬間、二人が俺の頬を揃って突いていた。
パシャリと音が鳴って、写真が撮られる。
機械の画面に映し出された写真を見て、櫻井が面白そうに笑っていた。
「佐藤君、私と楓花に突かれて変な顔してる」
「ほんと、変な顔」
二人が揃って笑う写真を見て、俺は自分の顔が強張るのがわかった。
これは……誰にも見せられない写真だ。
どう見ても、この写真は女子を二人侍らせたクズ男の写真にしか見えなかった。
なんで二人がこんな写真を撮ろうと思ったのか、俺は本当に意味がわからなかった。
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レビュー、フォロー、応援してくださる皆様、本当にありがとうございます。色んな人に読んでもらえてると実感できて、執筆の励みになってます。
今後とも、この作品を何卒よろしくお願いします。
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