第31話 女の子慣れしてる?


 プリクラを撮ったことは、一応あった。

 昔……多分、中学の頃だった気がする。楓花と一緒にゲーセンに行った時、一緒に撮った覚えがあった。その時撮ったプリクラは、今でも部屋の机の奥に大事にしまっている。

 楓花と一緒に撮った写真は俺も多く持っているから、別に彼女と一緒に写真を撮ることは恥ずかしくない。むしろ少し嬉しいくらいだ。


 しかしそれがプリクラになると、少し気恥ずかしかったことを俺は思い出していた。


 あのプリクラの機械があるゲーセンの独特な空間。女子達が集まって楽しげに騒ぐ空間の居心地の悪さは、今でも覚えていた。


「二人とも、どれにするー?」


 俺達がプリクラコーナーに到着すると、早々に櫻井がそう言っていた。

 先程から俺の腕に絡ませた手を櫻井が離す様子もない。自然と彼女の手を振り払おうとすれば、更に俺の腕にしがみつくからどうしようもなかった。

 俺と櫻井が腕を組んでいれば、楓花は嬉しそうに微笑むだけ。その笑顔が、俺は怖かった。


 このまま楓花に勘違いされたままでいるのは、普通にまずい。


 どうにかして楓花の勘違いを解かないと……俺の目的が進まなくなる。

 しかしどう言っても、楓花は頑なに信じようとしてくれないから面倒だった。

 正直にお前が好きだからだよ、と言えれば良いが……風宮に惚れている状態の楓花にそれを言っても意味がない。

 それを言えば、俺が楓花のことが好きなのがバレてしまう。バレれば、きっと俺は間違いなく振られる。

 今言っても意味がないから、言えない。それを俺が言えるのは、楓花が俺に惚れている状態じゃないと意味がなかった。


 だから、それ以外の方法で俺は楓花の誤解を解く必要があった。

 しかし色々と考えても、特に良い案が浮かばないから困った。思いつくことと言えば、楓花の思い込みを覆すくらいしか思いつかなかった。


 楓花は、なぜか俺が櫻井と友達になれることを喜んでいると思い込んでいる。それを否定しても嘘だと言って信じない。だから俺が櫻井にデレデレしてる姿を俺のいる前で直接見て、その嘘を証明しようとしている。


 なら、それを証明させなければ良い。俺が櫻井にデレデレなんてせず、普通に接する。それができれば、楓花も信じるしかないだろう。

 と言うか、多分それしか方法がない。今日の昼休みに立花が風宮に言っていたことだが……言葉で通じないなら行動で信じさせるしかない。

 それで本当に楓花が勘違いだったと思ってくれるか疑問だが……今の俺には、そうするしか方法がなかった。


「私はどれでも良いよ? 愛菜ちゃんが好きなの選んでよ?」

「そう言われてもなぁ……佐藤君はどれが良い?」

「俺に聞いたってわかるわけないだろ?」


 櫻井に聞かれて、俺は即答気味に答えていた。

 俺にプリクラの機械の違いなんてなるわけないだろ?

 逆に男子が詳しかったら普通に怖いと思うぞ?

 俺の言いたいことが伝わったのか、櫻井が「それもそっか」と納得していた。


「うーん。どこも混んでるしなぁ……」

「夕方だからね、他の学校の生徒も多いし」


 櫻井と楓花がプリクラコーナーを見渡して、どうするか話し合っている。

 二人が話に夢中になっている隙を見て、俺の腕に絡んでくる櫻井の手を外そうと試みるが……


「もう! さっきから離れようとしない!」


 気づかれて、櫻井が俺の腕を思い切り抱きしめていた。

 強引に腕を抱きしめられて、その結果櫻井と密着してしまう。

 真横にある櫻井の顔と、また腕に感じた妙な柔らかい感触。

 鼻に感じる香水なのか分からない女子っぽい甘い匂い。楓花とは全然違う甘い匂いに、思わず顔が強張った。

 どうにも色々と感じる櫻井の存在に居心地が悪くなって、俺は我慢できずに彼女に直接言うことにした。


「あのさ? そろそろ離してくれない?」

「え? なんで?」

「いや、別に腕掴む必要ないだろ?」


 キョトンと呆けた表情を見せる櫻井だったが、自分が抱きしめている俺の腕と俺の顔を交互に見ると……なぜか楽しそうに笑っていた。


「あれれ? もしかして佐藤君、女の子にこういうことされてドキドキしちゃってるの?」

「してない。わざわざしなくても良いだろ。彼氏でもない男にこういうことするな」

「別にー? 友達と腕組むくらい普通じゃん?」

「それ、全然普通じゃないからな」


 男女でも友達同士で腕組むかよ。付き合いが長い仲良しとかなら違うかもしれないけど。

 なるべく平然とした態度で俺がそう言っても、櫻井は俺の反応がつまらないと言いたそうに口を尖らせていた。


「ふーん? 気のせいかもしれないけど、佐藤君って意外と女の子慣れしてる?」

「俺が? してるわけないだろ?」

「なんか佐藤君ってそんな感じするんだよねぇ〜。男子って女子に慣れてない人多いのかわからないけど、話してると分かるんだよ。視線とか態度とかオドオドしてる人多いし」


 それは普通の女子じゃなくて、お前だからだよ。

 一際目立った整った外見と白い髪の女子なんて普通いない。そんな櫻井に話しかけられたら女子慣れしてない男子なら動揺するに決まってるだろ?


「……それは櫻井が特別だからだろ?」


 それを自覚してない櫻井に、思わず俺は眉を寄せて言っていた。この無警戒な態度は女子としてどうかと思った。あの楓花でもかなり気をつけてるんだぞ?


「え? 私が? 普通じゃん?」

「自分の顔、鏡で一回見て来い。櫻井、お前が綺麗な顔してるから男子に可愛いって思われてキョドられるんだぞ?」


 良い加減理解しろと俺がそう言うと、櫻井が少し驚いたような表情を作っていた。

 心なしか、彼女の頬が少し赤くなっている気がした。


「おぉ、やっぱり佐藤君ってそういうこと平気で言えちゃう人かぁ……ありがと」

「別に褒めてない。お前に話しかけられて動揺してる男子達の気持ちを代弁しただけだ」

「え? じゃあ櫻井君も、私のこと綺麗で可愛いって思ってくれてるの?」


 俺の腕に自分の腕を絡ませながら、俺の顔を覗き込むように櫻井が見つめてくる。

 どうにもさっきから妙な違和感がした。なんというか、櫻井の距離の縮め方が強引過ぎる気がした。

 まるで俺によく思われたいと言っているような態度だった。友達としてではなく、それ以上の関係として見てほしいと言っているような……そんな印象を受けた。

 さっき楓花が言っていたことだが、櫻井は人との距離を詰めるのが上手いらしい。これもその方法なのか、その判断が俺にはできなかった。

 だが多分、これが彼女の友達に対する距離感なのだろう。櫻井が俺にそういう感情を抱いているとは思えなかった。


「一般的に見て、可愛いんじゃないか?」

「そうじゃなくて、佐藤君がどう思ってるかを聞いてるの」

「わからん。俺、あんまりそういうこと思わないし」

「む……! こういう時は可愛いって言うのがセオリーじゃないの!」

「そういうのは漫画とか映画だけだ」


 俺の返事に満足いかなかったのか、櫻井が不満そうに眉を寄せる。

 そしてすぐに彼女は俺の顔をじっと見つめながら、小さく頬を膨らませていた。


「やっぱり佐藤君、女の子慣れしてる」

「どこがだよ」

「でも女遊びしてる感じじゃなくて、なんか仲の良い女の子がいるからって感じ? 佐藤君、女の子の幼馴染とかいるの?」


 なにがなくそう言った櫻井の言葉に、俺の心臓が跳ね上がったような気がした。

 女の勘って本当に怖いと思った。そこまで言い当てられるとは思いもしなかった。

 動揺しそうになったが、どうにか平然を繕って俺は口を開いた。


「別に? そういうのはいないけど?」

「ほんとかなぁ?」


 不思議そうに首を傾げながら、櫻井が聞き返してくる。

 そう言われても、俺は本当のことを言うつもりなんてなかった。

 俺と楓花が幼馴染だっと知られるのはまずい。風宮にバレたら楓花の恋が……って、あれ? と言うか別にもうバレても良いんじゃないか?


 俺と楓花が幼馴染だったバレようとバレなくても、風宮には他に好きな人がいるんだから別に知られても関係ない。


 むしろ知られた方が良いことの方があるかもしれない。楓花には風宮に知られない方が良いと言っていたが、どうにかしてバレてしまった方が俺に都合が良い。

 その方が、楓花が風宮を諦めて俺を見てくれるかもしれない。そう思えた。


「いっ……!」


 俺がそう思っていると、ふと唐突に脇腹から激痛が走った。脇腹の肉をつねられているような、そんな痛みが身体を駆け抜ける。


 何事かと思って、俺が視線だけを横に向けると――なぜか俺の隣に楓花が立っていた。


 櫻井から見えない位置で、楓花が俺の脇腹をかなり強い力を込めて指で掴んでいた。


「……あれ?」


 しかしすぐ、そう呟いた楓花が俺の脇腹から手を離していた。


「ん? 楓花? どうしたの?」

「えっ⁉︎ なんでもないよ! なんでも!」

「……なんか慌ててるけど、大丈夫?」

「なんでもないから大丈夫、気にしないで」


 なにが起こったか分からないと言いたげに、自分の指を楓花が見つめる。

 そして怪訝に顔を歪めながら自分の指と俺を交互に見て、楓花は困惑した顔を作っていた。






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