「【懐抱編・下】Call of the Master—運命と選択—」<COMITIA142 サンプル>

ワニとカエル社

サンプル1

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 英雄たちは用意された宿舎に移動した。城内にある広間の一つをアルトス傭兵団の拠点として、ユリウスが手配したのである。

 広間の中央には大きな円卓のテーブルが鎮座し、その上にカラフェと人数分の金属製の杯が置かれていた。

 左右の壁際には上等な造り——四本柱に支えられた天蓋と厚手の毛織物のカーテンが下がる寝台と背の高い間仕切りが並べられ、半個室のようになっている。

「広い」

 ウィスカが呆然と天井を見上げた。

「随分と優遇されているんだな」

 中央のテーブルに腰掛けたガートルードが皮肉めいた口調で言うと、

「ユリウス殿のお陰だろう。戦い前の最後の休息になるだろうから、ご厚意に甘えようじゃないか」

 向かいの椅子に座ったニアールが窘めた。

「確かに、こんなふかふかな寝台で眠れるなんて最高だな」

 ミュリエルは寝台に飛び込んだ。

「ミュリ、さすがにお行儀が悪いですよ」

 マドラ・ルアが穏やかに叱る。

「ごめんなさーい。でも飛び込みたくなるよね。ねぇドラウグ」

 矛先を向けられたドラウグは笑って首を振った。

「気持ちはわかるけど、飛び込むのは賛成できないな」

「えー。ウィスカは? 賛成でしょ?」

「え、あ、えっと、その、ダメだと思うよ……」

 急に指名されたウィスカはドギマギしながら答えた。

「ちぇ。ウィスカなら賛成してくれると思ったのに」

 ミュリエルはふてくされて毛布の中に逃げ込んだ。

「団長」

 皆が落ち着いたところでニアールが切り出した。

「〈黒鷲(アクィラ)〉の隊長と何を話したんだ?」

 団員たちの視線が英雄に集まる。

「……ヨハン殿とは戦い方を話し合った」

 英雄は低い声でそう答えた。

「その作戦会議には誰がいたんだ?」

 ガートルードが口を挟む。

「私とヨハン殿と副隊長のハンス殿、筆頭小隊長のリュカリュ殿、同副長のジャック殿、それに国王、マークスとユリウス殿、あとフォルス殿だ」

「フォルスという御仁は」

「ミシェル殿の部下だ」

「ミシェルって?」

 毛布から顔を出してミュリエルが訊いた。

「そうか、ミュリたちは会っていないな」

 英雄は息を吐いた。

「皆、座ってくれるか」

 呼びかけに応じて団員たちが席に着く。

「まずミシェル殿は、ヨハン殿たちと同じく〈中央〉から派遣されてきた術師だ。だが〈黒鷲〉の一員ではなく、国王や城を護衛する役割を担っているそうだ。その部下がフォルス殿で同じく術師だそうだ」

「……そうか」

 ガートルードが言葉少なに頷き、カラフェを取り上げた。手元のコップに並々とワインを注いで一口飲むと「〈黒鷲〉か」と呟いた。

 なるほど、とニアールが不意に声を上げた。

「あの元気な若者が〈黒鷲〉の副隊長か」

「あぁ、あの食堂で暴れてた人か」とウィスカが言えば、

「暴れていた……。まぁそうですが、本人は模擬戦だとおっしゃっていましたが?」

 マドラ・ルアが苦笑しながら応える。

「でも結果的には暴れてたよ」

 ミュリエルがニヤリと笑った。

「それで」とガートルードが話を戻す。

「話し合いの結果は?」

「ヨハン殿は今回ある特殊な術を使うと言った。その為、私たちはまず前衛として敵陣に切り込み、発動までの時間を稼ぐ」

「特殊な術?」

 ガートルードは眉を顰めた。

「その術は〈庭〉と呼ばれている」

「まさか」と今まで黙って聞いていたドラウグが声を上げた。

「そのまさかだよ」

 視線の先にいる英雄は苦々しく頷いた。

「なんだ? 知っているのか」

 ガートルードがドラウグに目を向ける。

「知っているだけ……。見たことはない」

 怒りとも悲しみともつかない表情を浮かべてドラウグは殊更に抑えた声で呟いた。

 ただならぬ雰囲気が広間に漂う。

「どういう術だ?」

 ガートルードの問いに、英雄は目を閉じて答えた。

「……私もよく知らないのだが、〈庭〉は強大な力を結集させ、囲い込んだ空間の何もかもを消し去ってしまう術らしい。ゆえにヨハン殿は私たち部外者に、〈黒鷲〉の陣に近づかないよう強く警告した」

「その中にいる者は敵であろうと味方であろうと構わず殺すということか」

 ニアールはため息をついた。

 ミュリエルやウィスカは言葉を失い、マドラ・ルアも目を閉じて首を振った。

「〈庭〉の発動まで私たちは〈黒鷲〉の陣を死守しつつ、魔物を倒し、〈騎士〉や〈魔術師〉の撃破に向かう」

 〈騎士〉と〈魔術師〉の名を聞いてカラはその顔を思い出した。

 美しい銀色の髪と翡翠色の瞳を持つ眉目秀麗なエルフでありながら武の道を歩み、異端と蔑まれる騎士——。

 くせのある白髪の下に見え隠れする青い瞳を持ち、口が悪く無愛想で過去を語らぬ魔術師——。

 それぞれ剣と術の師と仰ぎ研鑽を重ねた日々——。

 何もかも遠い日の出来事になってしまった——。

「あと……カラに言った言葉が気になる」

 ガートルードの言葉でカラは我に返った。

「よく聞こえなかったが、何か忠告していたようだな」

 射抜くような視線を向けられてもカラは目を逸らさなかった。

「同じだよ。〈黒鷲〉の陣には近づくなと、ヨハン殿は忠告していた」

 英雄が代わりに答えた。

「そうなのか」

 ガートルードの目が鋭さを増す。

 カラは見据えたまま頷いた。

 睨み合うように視線を重ねていたが、やがてガートルードは顔を背けて言った。

「……そうか」

 ガートルードを横目に、英雄が口を開いた。

「各隊で話し合い、明日また作戦について検討することになっている。だから他に質問があれば遠慮なく訊いてほしい」

「魔王軍の状況は?」

 冷静な口調でマドラ・ルアが問う。

「〈黒鷲〉の偵察によれば、拠点の城に魔物が集結し始めているとのことだ」

「向こうも総力戦ってところか」

 ニアールが唸った。

「とはいえ、こちらは先の戦いで主力を失っています。中央の〈黒鷲〉という一大戦力の加入をもってしても、あちらの総力戦に対抗できるかどうかは……」

 マドラ・ルアの懸念を吹き飛ばすように英雄が言った。

「ハンス殿は〈守護(ラーウルァ)〉だ」

「ラー、ウルァ……?」

 ミュリエルが困惑したように繰り返した時、

「……う、嘘だ」

 ウィスカは驚きのあまり椅子から転倒した。

「王の護衛者が……、こんな辺境の島に来るはずがない」

「だが来たんだ」

 英雄が手を伸ばしてウィスカを助け起こす。

「ほ、本当にあのひとは〈守護〉なんですか?」

「本当だ。ハンス殿の背中を見ただろう?」

「黒い鳥のような紋様が刻まれていたな」

 ニアールの言葉に英雄は頷き、

「あれは〈黒鷲〉の紋章だ。ふつう〈守護〉は主である王に忠誠を誓い、その紋章を背に刻む。しかしハンス殿はヨハン殿に忠誠を誓い、〈黒鷲〉の紋章を刻んだ」

 ガートルードが納得したように首を振った。

「少し前、噂になった〈守護〉がいたが、ハンス殿だったか」

「噂って?」

 ミュリエルが訊くとガートルードは肩をすくめた。

「団長が言った通りさ。〈中央〉の王ではなく、外道の〈黒鷲〉に忠誠を誓ったバカがいた、という話さ」

「随分な言われようですね」

 ウィスカは苦笑した。

「仕方ないさ。一族郎党を皆殺しにした大罪人に忠誠なんて誓ったんだからな」とガートルードは鼻を鳴らした。

「み、みなごろし……」

 ウィスカは息を呑んだ。

 その横で、ドラウグが一瞬顔色を変えたのを英雄は見逃さなかった。目を向けると「大丈夫」と言うようにドラウグはかすかに笑みを浮かべた。

 英雄は場が落ち着くのを待ってから言った。

「……ヨハン殿は元々〈白鳥(オルロ)〉という家の出身だった。〈中央〉の名門四家のひとつである〈白鳥〉はどの家よりも強く、高等な術である〈庭〉も完璧に発動できたという。しかし——理由はわからないが——ある日突然ヨハン殿は一族をことごとく殺してしまった。それこそ幼子から老人に至るまで徹底的に……」

 ガートルードが言葉を継いだ。

「本来なら即死刑ものの所業だったが、王はヨハン殿のあまりの力と才を惜しんで〈黒鷲〉という地位を与え、権力で拘束して傀儡にすることで一応の決着をつけた——という最上級にヤバい奴に、王を差し置いて忠誠を誓ったんだ。ハンス殿がバカと言われるだけで済んでいるのは奇跡に近い」

「あるいは監視の為にハンス殿をそばに置いているのかも」

 マドラ・ルアの呟きにガートルードは眉を顰めた。

「……まぁ、ありえん話ではないな」

「それで、その〈守護〉は強いの?」

 ミュリエルがガートルードに視線を向ける。

「強い。おそらく最強に近いだろう」

 魔物を含めて、とガートルードは答えた。

「ひとりでもドラゴン一個体は余裕で倒せるはずだ。単なる攻撃力でいえば魔王軍の〈騎士〉にも相当すると言っても過言ではないぞ」

 ひぇぇとウィスカは震え上がった。

「その上、術も上級の使い手と聞く。さすがに最上級の術師には劣るものの、そこら辺の使い手など歯牙にもかけないだろう」

「そんなに強いなんて……」

 ミュリエルが畏怖の声を漏らす。

「その御仁がいれば戦力はかなり強化される筈だが、大人しく手を貸してくれるのか?」

 ニアールは険しい顔を英雄に向けた。

「ヨハン殿は何を差し置いても〈庭〉を発動させると言い切った。そのヨハン殿に忠誠を誓っているハンス殿が反故するような真似は決してしない筈だ」

 だが難しい戦いになる、と英雄は嘆息した。

「団長よ」

 ガートルードが唇の端を歪めた。

「どこで誰が戦おうとも、私たちは私たちの戦い方をするだけじゃあないのか?」

 英雄も笑みを浮かべる。

「その通りだ」

「そうです。死力を尽くすのみです」とマドラ・ルア。

「ぼ、僕も頑張ります」

「もちろん、勝つ」

 ウィスカとミュリエルも決意を新たにする。

「……ガートの言う通りだ。が、油断はするなよ。今回は特に未知の要素が多い」

 ニアールの言葉が重く響く。

「確かに少し情報を集めてみた方がいいかも」

 ドラウグも賛同の声を上げると、英雄も大いに頷いて、

「明日の会議で色々訊いてくるよ。その後また話し合おう」

「それまでは?」

 ミュリエルが目を輝かせて訊くと、英雄は苦笑しながら答えた。

「自由時間だ」

「やったぁ。ねぇ ウィスカ、ちょっと探検してみようよ」

「え、えぇ歩き回って大丈夫なの?」

「おい、あまり目立つような真似はするな」

 ガートルードが釘を刺す。

「わかってるって」

 そう言いながらミュリエルは席を立った。

「私もちょっと行ってきます」とマドラ・ルアもミュリエルとウィスカの後に続いて扉に向かった。

「まったく仕方のない奴らだ」

 ガートルードは呆れたように言った。

「夕食までには戻ってきてね」

 ドラウグが笑顔で見送る。

「ドラウグよ、そうやって甘やかすのはよくないぞ」

 ガートルードの小言にもドラウグは美しい笑みを返した。

「滅多に入れない場所だからいい機会だと思うし、それにあのふたりなら何か面白いものを見つけてくるんじゃない?」

「お前……」

 いつもよりいたずらっぽく笑う様子に、ガートルードは思わず声を漏らした。

「団長も同じ考えでああ言ったのか?」

 ニアールが英雄を見やる。

「いや、そこまでは考えていなかったよ」

 ふん、と鼻を鳴らしてニアールが言った。

「まぁ、マドがついているから無茶なことはしないと思うが」

 ガートルードが頷く。

「大丈夫だろう。ああ見えてミュリは思慮深い奴だからな」

 それで、とガートルードが続ける。

「私たちは食事の時間まで何をすればいい?」

「何でもいいよ。自由時間だから」

 英雄はやわらかく笑った。

「そうか」

 ガートルードはカラに目を向けた。

「カラ、付き合え」

15


 ガートルードとカラは城の裏手にある草原を歩いていた。

 各地から国王の招集を受けて集まった傭兵たちが城外の平地で野営をしているため、ふたりは人目のない裏手に向かった。

 草原を渡る風は冷たく頬を撫で、残照はガートルードとカラの影を大地に落とす。

 カラはふとガートルードの髪に目を止めた。赤い髪が燃えるように輝いている。夕日の為だけではないことは、その光の異様さが物語っていた。まるで炎のように赤い髪だけが夜の帷が降り始めた薄暗い空間に浮かび上がっている。

 不意にガートルードが振り返った。向けられた視線にも動じず口を開く。

「ここら辺でいいだろう」

 人の気配はおろか、鳥の鳴き声ひとつしない静寂の中でガートルードの声はよく響いた。

 ガートルードは髪をひとつにまとめて布を巻くと、辺りに本来の闇が戻ってきた。

「カラよ、剣を抜け」

 返事を待たずに訓練用の剣を構える。

「ひとつ手合わせ願おうか」

 カラも同じように訓練用の剣を抜いた。

「……いいか?」

 ガートルードの問いに頷くと、静かに剣を構えた。

 一瞬の沈黙ののち、ガートルードがカラに向かって剣を振り下ろした。

 長身から繰り出される一撃は重く、剣を受けた腕に衝撃が走る。

 すぐに次の一打がカラに襲い掛かる。

「どうした? かわすだけがお前の剣術か?」

 ガートルードの顔は真剣そのものである。

 二打、三打とどうにかかわしたが、腕の痺れがカラの動きを鈍らせた。

「こんなもんじゃあない筈だ」

 ガートルードの一撃がカラの剣を吹き飛ばした。

「取れ。騎士ダーマットを倒した業はその程度か?」

 ガートルードの若草色の目がカラを射抜く。

 カラは再び剣を取った。

 間合いをとり、剣を構え直す。

 ふたりの間の空気が張り詰める。

 カラが先に前に出た。

 真正面に打ち込み、ガートルードに受け止められるとすぐさま身を翻して横一線に剣を払う。

 が、ガートルードは素早くかわし、頭上から剣を振り下ろした。

 カラは後ろに飛んで打撃を避けたかと思えば、すぐさま突進して懐に踏み込んで剣を振るった。

「さすがだ」

 高揚したガートルードは笑顔を浮かべながらカラの剣を受け続けた。

「いいぞ、カラ」

 それでこそ〈騎士〉の弟子だ、とガートルードは笑った。

 ふたりの攻防は熾烈を極め手合わせの域をゆうに超えていたが、その幕切れは唐突に訪れた。

「ガートッ!」

 声は闇の中から響き、姿は頭上から現れた。

 巨大な鉄の塊——剣がガートルードとカラの間に振り下ろされた。

 剣は地面を抉り取り、轟音と激しい衝撃を放って二人を別つ。

「久しいな、ガートよ」

 巨大な剣を操る影がふたりを見下ろした。

「……ウィルマか」

 ガートルードは思わずその名を呟いた。

「見覚えのある炎が見えたんでな。まさかと思って来てみたら、やっぱりお前だった」

 ガートルードが頭に巻いた布の隙間から一一房の髪が覗き、暗闇に眩い光を放っていた。

「ウィルマ……、本当にウィルマなのだな」

 高揚のままガートルードはウィルマに駆け寄った。

「何年振りだ? まさかこんな所で会うとは」

 普段の冷静そのもののガートルードは影を潜め、いまは旧知と再会した喜びと驚きを隠さず、カラの前で笑顔を見せている。

「悪いな、邪魔をして」

「いや、構わん」

「なら紹介してくれるか?」

 と、ウィルマはカラに目を向けた。

「カラだ。私たちアルトス傭兵団の仲間だ」

 カラはウィルマに頭を下げた。

「カラ、ウィルマだ。私の古いなじみなんだ」

「よろしく」

 ウィルマは大きな手をカラに差し出した。

 比較的長身のガートルードよりも頭一つ分ほど高いウィルマは体格も良く、薄手の衣服に浮かび上がる筋肉は引き締まり、肉体の精悍さを際立たせている。

 日に焼けた肌に似合う麦わら色の長い髪は中央風の髪型——後ろに流され、両耳の上に作った細い三つ編みを後頭部で結えた——に整えられ、目鼻立ちのしっかりした顔によく馴染んでいた。

 勿忘草色の目は泰然とした笑みを浮かべてカラを見つめている。

 カラは無言で握手を交わした。

「アルトス傭兵団(おまえたち)の活躍は聞いているぞ。特に美丈夫——英雄殿だ。まさか魔王の城に乗り込むとはな。ウチの隊長も驚いていたよ」

「私たちも驚いたさ。だがそんな事をやってのけるのが我らが団長なのだよ」

 ガートルードは改めてウィルマに目を向けた。

「……それでおまえはいまどこに居るんだ?」

「〈中央〉の〈黒鷲〉に所属していてな。そこではジャックと名乗っている」

「たしか筆頭小隊の副長だったな」

「あぁ。腕力だけが取り柄の傭兵(わたし)だが、〈中央(ここ)〉では重宝してもらってるよ」

 ウィルマ——ジャックは太い腕を見せた。見慣れた日焼けした肌と見慣れぬ中央独特の服に、ガートルードは胸の奥にかすかな痛みを感じて視線を転じた。

「相変わらずそんな鉄の塊を振り回しているのか?」

 ジャックの背中には、その鋼のような肉体にふさわしい武器が備えられている。

「私にはこいつが丁度いいのさ」

 ジャックは巨大な剣を持ち上げた。通常の剣の何倍もの厚みと長さのある——もはや棍棒と見紛うほどの——剣を軽々と扱い、かつ俊敏さと正確さを失わないジャックの戦い方は異様であった。敵として対峙した者はその異様さに恐れ慄くであろうことは容易に想像できる。

 しかしいまは、先ほどのガートルードのように旧友との再会を無邪気に喜んでいる。

「変わらんな」

「ガートもな」

 笑うと大きな目と口は美しい半円を描き、見る者を不思議な懐かしさで包んで魅了した。

「どうだ? 私たちの宿営地に来ないか?」

 中央のうまい酒があるんだ、とジャックは歯を見せた。

「いい話だ。が団長に許可を取らねばならん」

 ガートルードは肩をすくめた。

「ほう。あの美丈夫殿が是と言うか?」

「旧友と飲む、と言えば大丈夫だろう」

 今度はジャックが肩をすくめた。

「その通りだが」

「何にせよ一旦戻るさ。夕食の時間だしな」

「うむ。待っているぞ」

「あぁ、晩の鐘までに来なければ、その時は諦めてくれ」

「わかった」

 ジャックは立ち去る前にカラに目を向けた。

「そなたも来い。待っているぞ」

 美しい笑みは夜の闇に紛れてほとんど見えなかった。

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