2022/12/09 第9話

 うちに帰りたい。一人暮らしのアパートじゃなくてもう実家に帰りたい。もう何年も帰ってないけど――などと考えつつ、おれはお茶を載せたお盆をひっくり返しそうなほどびびっていたが、さすがに先生は落ち着いていた。「それはそれは。ご愁傷様です」などと平気で大人の対応をしている。

 千香さんもすぐに頭をさげて「すみません、取り乱してしまって……ありがとうございます」と返すあたり、冷静さをまったく失ってはいないように見えた。

「すっかり気が動転してしまって……来美が自殺なんて、考えられなかったものですから」

「そうでしょうね。私も先日お顔を拝見したばかりですから驚いています。柳くん、お茶をお出しして」

「アッハイ」

 おれは持ってきたカップをようやくテーブルに並べた。千香さんはそれを一口飲んで「おいしい……家でよく飲むのと同じです」と呟いた。

「それはよかった。ご相談があるのでしたら、落ち着いてからで結構ですよ」

「はい、すみません……もう大丈夫です。ありがとうございます」

「千香さんは、さっきの動画はフェイクだとお考えなんですか?」

 先生が尋ねると、千香さんは少し口元に笑みを浮かべて「はい」とうなずいた。

「だってあの動画に映ってる女――あれ私なんですよ」

「ふぇっ」

 変な声が出てしまった……先生がおれをじろりと睨んだ。千香さんもこちらをちらっと振り向いたので、おれはぺこぺこ頭を下げた。

「そうだったんですか。いやぁ、わかりませんでした。名演技ですね」

「いえそんな。体型の隠れる格好でしたし、ウィッグもかぶっていましたから。体の大きさも違いますしね……以前来美が『学園祭でホラー映画を上映したいけど、幽霊役が知ってる人だと興ざめだから』と言うんで、協力してあげたんです。お蔵入りになったと聞いてたけど、こんな風に使ってたなんて……」

 千香さんは唇の端を歪めて、「あの子、親しくなった相手には何してもいいって思ってるところあったから」と付け足した。

「なるほど、映っていたご本人がおっしゃるなら、フェイク動画で間違いはないでしょうね」

「そうなんです先生。でも――」

 そう言って、言葉を探すように一度口を閉じた。「――でも妹は亡くなりました。どうしてなんでしょう? 動画なんて関係ないのかもしれない。でも、あれに関わった人間がふたりも死んでるんです。私……どうしたらいいんでしょう……!」

 そう語る千香さんの肩が震えている。おれがびびっている場合ではない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る