教師の僕、義妹と三畳ワンルーム暮らし

桜井正宗

三畳ワンルームのアパート

「先生……かわ先生。助けて……くれて、ありがとう」


 やつれた表情で砂夜さやは、僕にすがっていた。

 彼女の家が火事で全焼した。

 僕はなんとか砂夜を助け出した。


 だけど、家族は……。



「家族は救急隊が助けてくれたらしい!」

「良かったぁ! ていうか、紛らわしい表情しないでよ、たつ!」

「おいおい、教師である僕を呼び捨てにするなって……いつも言ってるだろ」

「だって……」


 しょぼんとなる砂夜。

 彼女は義理の妹だ。

 僕が教師になってから疎遠になっていたけれど、昨年、芙蓉ふよう高校に入学してきた。


 あれから二年。

 学年がひとつ上がって――偶然、僕のクラスと同じになった。


 そして今日、久しぶりに家を訪ねたところ……火事があった。


 家族は無事だったが、砂夜だけが取り残されていた。


 僕は必死になって義妹を探して、ようやく見つけ出した。


 命からがら外へ脱出して、なんとか事なきを得た。それからだ。


 三日後、砂夜が僕のアパートに上がり込んできたのは。


 ピンポーンとチャイムが鳴って、僕は突然の来客に驚いた。普段、人なんて来ないからな。誰だろうと扉を開けると――そこには。


「砂夜……!」


 クリーム色の長い髪をツーサイドアップに纏め上げている。大きくパッチリとしたエメラルドグリーンの瞳。睫毛まつげが長くて可憐だ。


 ウチの芙蓉高校の制服に身を包み、スカートは極端に短い。いつも僕と関わろうとしない砂夜が、どうして今日は僕のアパートに。



「こ、こんばんは……」

「どうした、こんな時間に。もう二十時だぞ」


「そ、その、この前は助けてくれてありがとうございました」

「当然だよ。仮にも義妹なんだからね。最近は話せなくて申し訳ないとさえ思っていた。だから、あの日は……」


「そう、でしたか。嬉しい。そ、その……お礼に先生のお世話をしたいんです」



 突然の提案に僕は思考が停止した。

 砂夜は、今なんと?


 巻き戻してみる。



『先生のお世話をしたいんです』



 ……マジか。


 義理の妹とはいえ、砂夜は僕が担当するクラスの生徒だ。さすがに問題になる。



「すまない。生徒と住むわけには……」

「な、なによ。義妹じゃん……固いこと言わなくても」



 敬語を崩し、普段の口調で砂夜は僕を見据える。そんな風に見つめられてもな。それに。



「砂夜、このアパートは“三畳ワンルーム”なんだぞ。一人でも狭いくらいなんだ」

「え、マジ?」


 表情をコロっと変える砂夜。

 僕は部屋の中を見せてあげた。


 すると砂夜は驚いて、呆れてさえいた。


「どうだ、これで同居は無理だろ」

「せ、狭……。なによこれ、刑務所?」

「酷いな。この辺りじゃ一番家賃も安くてまともなんだ」


「へ、へぇ……。せ……先生って、こんな部屋に住んでいたんだ……へえ」

「な、なんだよ。文句あるのか」


「先生ってお金ないの?」

「僕は、シンプル生活が好きなんだ。無駄が大嫌いでね」


「ふぅん、でも悪くない。先生、わたしが一緒に住んであげる。同棲生活しよ」


「は!? 僕の話を聞いてた? ダメだって」

「先生ってば、生活能力なさそうだし……年収もザコそうだし、わたしが支えてあげないとダメでしょ」



 さりげなくヒデェ。

 まあ事実、教師の収入なんてたいしたことないけどさ。

 それに、砂夜は家を失っている。今どこで何をしているか分からないけど、遠回しに僕を頼りに来たというのなら……少しの間、泊めてやるくらいはいいのかな。



「ひとつだけ聞かせてくれ。砂夜は住む場所に困っているのか?」

「うん。パパもママも自分のことで精一杯。ていうか、わたしに体を売れとか強要してきたんだよ! 最低じゃない!?」


「それ本当か」

「本当。だから、飛び出してきた。危うくえっちなお店で働かされるところだった」


 目尻に涙を溜める砂夜。

 この涙に嘘はない。


 僕が保護しなきゃ。

 決めた、砂夜を僕のアパートに住まわせる。世間がどう言おうとも。

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