第33話 妹

 十分程で、妃乃が戻ってくる。


「瑠那。ちょっと、いいかな?」


 ドアの前でちょいちょいとわたしを手招きするので、わたしはほいほいと妃乃の元へ。


「どうしたの?」

「……妹から、ちょっとね。ごめん、二人とも、瑠那を少し借りるね」

「うぃ」

「い」


 妃乃に手を引かれ、二人で人気ひとけのない隅っこへ。二人には話せないけれど、わたしには話しても良いこと……。それなら、妃乃が魔女であることと関係しているのかな?


「どうしたの?」

「あのね……清雨きよめのことは前に話したよね? 二つ下の妹で、今は中学三年生。前は一緒に暮らしてたけど、今は別々で生活してる……」

「うん。聞いたよ。清雨ちゃんがどうかしたの?」

「最近どう? って感じで近況を訊かれた。それで、最近恋人ができたよって伝えたの。家族になら隠す必要もないかなって」

「まぁ、それはいいと思うけど……相手は女の子だってことも伝えたの?」

「うん」

「……なんて言われた?」

「ちょっと驚かれたけど、それも仕方ないかな、みたいな反応。私が男子を苦手にしているのは、清雨も知ってたから」

「そっか。反対されてないなら良かったよ」


 同性の恋愛にも寛容になってきたとはいえ、全員がそうではない。妹さんが理解のある人で良かった。


「それでね。清雨が、瑠那に一度会ってみたいって言うの。いいかな?」

「わたしと? うん、それはいいよ。けど……何の話かな?」

「……清雨は私のことを心配してるみたい。だから、姉の恋人が本当に姉を幸せにできる人なのか知りたい……のかな。電話じゃ心は読めないから、予測でしかないけど」

「そっか。離れて暮らすようになってても、別に嫌い合ってるわけじゃないんだもんね」


 妃乃の家族のことは、ざっくりとしか聞いていない。ただ、妃乃が十歳で心を読む力を目覚めさせるまでは、とても仲睦まじい家族だったらしい。

 妹さんも、面倒見が良くて優しい妃乃のことが好きで、本当は離れたくはなかったそうだ。しかし、それでもやはり常に心を覗かれていることには抵抗があり、今は別々で暮らすことにしている。

 本当に好きだったなら心の中なんて全部覗かれたっていいじゃん、なんて気軽には言えない。好きな相手にだって隠したいことはたくさんあって当たり前。好きな人だからこそ、隠したいことがあって当たり前。

 妹さんの選択を責めるつもりはない。

 ちなみに、妃乃が力に目覚めてから高校生までは、父親と妹は別居になり、妃乃は母親と二人で暮らしていた。妃乃は母親の愛を感じてはいたものの、妃乃と一緒にいることが本当は負担になっていることにも気づいていた。だから、高校生になるときには、妃乃は一人暮らしを望み、今の状況に至った。


「清雨も私も、お互いのことは好き。けど、だからこその気まずさもあって、ね。とにかく、一度清雨に会ってみて。ちなみに、そのとき……瑠那と清雨、二人きりにしてもいいかな? 私は……きっといない方がいいから」


 妃乃の表情に陰が差す。心を読む力なんてなければ、大切な家族ともごく普通に一緒に暮らせていたはず。それができないことは、妃乃にとって、わたしが想像する以上に辛いこと。


「何度も言ってるけど、わたしはずっと傍にいるよ。家族の代わりにはなれないけど、わたしは妃乃を支えられる人になる。わたしの心は、全部妃乃にあげるよ」

「……ありがとう。本気でそんなことを言ってもらえるなんて、私は幸せ者」


 わたしの本気がきちんと伝わるのがありがたい。言葉だけでしか気持ちを伝えられないのであれば、上辺だけで聞こえがいいことを言っているように受け取られたかもしれない。


「全部あげてもいいって思える人に出会えた。わたしの方が幸せ者なんだよ」

「瑠那は恥ずかしげもなくそういうこと言うよね……。嬉しいんだけど、恥ずかしさもちょっとある……」


 照れて顔を赤くする妃乃がとっても可愛い。抱きつきたい。ので、抱きついた。

 何度抱きついても幸せな気分になる温もり。感触もいい。匂いもいい。全部いい。食べたい。想像の中でだけでも、妃乃の体をむさぼってやる。


「……瑠那。誰かに見られたらどうするの?」

「別に困ることないじゃん。エッチなことしてるわけでもあるまいし」

「瑠那の頭の中は……まぁ、いいか。ええと、清雨に会うの、明日とかでも大丈夫かな?」

「いつでも来いやっ」

「……わかった。それで伝えとく」

「あなたなんかにお姉さんは渡せません、とか言われたらどうしよう?」

「そんなこと言われたって、私が瑠那を離さないよ」

「そかそか。瑠那にとってのわたしは、そんなに価値のある存在なのか」

「そうだよ。……私の心も、瑠那に直接伝えられたらいいのにね。そうすれば、わたしがどれだけ瑠那を大切に思っているか伝えられるのに」

「抱きしめてもらえるだけでも十分伝わってるよ」

「十分じゃないよ。全然、十分じゃない」


 妃乃もわたしをぎゅっと抱きしめてくる。気持ちよくて昇天しそう。

 この流れでキスの一つもしたいところだけれど……不意に店員さんが通りがかって、少しだけ冷静になる。偏見とかを気にしないにしても、あまり人前でするものじゃないか。


「そろそろ戻ろうか?」


 妃乃が優しく声をかけてきて、わたしもこくりと頷く。


「続きは、また今夜にでも!」


 抱き合うのはやめて、二人で明音たちの待つ部屋へと向かう。

 妃乃の妹さんはどんな子かな? 妃乃の妹だから、きっと可愛くて、素敵な子なのだろうなぁ……。


「……二人きりにするからって、浮気はダメだから」

「そんな雰囲気になるわけないって! わたしが好きなのは妃乃だけ!」


 嫉妬をチラ見せしてくる妃乃も可愛い。もう妃乃には可愛いしかない。

 妃乃の隣にいられるなんて、わたしは途方もない幸せ者だよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る