第32話 きっかけ
大事な話が終わったところで、しばらくは特に中身もない話を楽しんだ。
途中で優良が本当に眠ってしまったのに呆れつつ、それはもう放置した。
一時間くらいしたら、妃乃が明音の持つイラスト集に興味を示し、それを眺めることに。わたしと一緒にいるときにはわからなかったけれど、妃乃はイラストとかアートが好きらしい。もう少し正確にいうと、幅広く色々なものに興味があるらしい。
「妃乃は、自分で何かを作るとかはしないの?」
「興味がないとは言わないけど、どちらかというと消費する側なんだよね。何か一つをひたすら突き詰めるのには向いてないみたい」
「そっか……」
「瑠那たち三人からすると不思議にさえ感じるのかもだけど、何かを作るってすごく大変で、気軽に続けられることじゃないんだよ? 気が向いたときにちょっとだけやる、くらいならできるとしてもね」
「……そっか」
妃乃も創作活動をしていれば色々と話も膨らむ気がしたけれど、それは少し難しいかな。
ちょっぴり残念に思っていると、明音が言う。
「友達とか恋人が自分と同じ分野の創作をしていないのは、むしろいいことだと思うよ。ライバル意識とかが芽生えちゃうと変な溝ができることもある。
あたしの分野で言うなら、友達がめちゃくちゃ絵が上手くて、あたしが追いつけないと思って落ち込むと、嫉妬とかで人間関係が拗れることもある。
同じ土俵に立っている人って、話が合う反面、関係も拗れやすいから避けた方がいいんだよ」
「……それもそっか」
わたしと銀子は、同じ土俵に立っても全く関係が拗れる感じはしない。
けど、確かに、小説書き同士の人間関係がとても難しいのも理解している。それぞれに譲れない考えや思いがあると変な溝はできやすい。わたしが銀子以外の小説書きと特に親密になれなかったのも、そういう理由が関わっている。
妃乃の場合はどうだろう? 妃乃が小説を書き始めたら、わたしとの関係に悪影響がなあるだろうか?
考えていると、妃乃が言う。
「……まぁでも、小説に限らず、一度くらい、私も何かを頑張ってみたいとは思うかな。瑠那がどんな風に世界を見ているのか、私も知りたい」
妃乃と一緒に何か創作活動ができたら、それはそれでやっぱり楽しいだろうなとは思うよ。
「妃乃も、機会があれば何かやってみたらいい」
そんな話も交えていると、時間は過ぎていき、正午を迎える。
昼食には、明音父が用意してくれたカレーを皆で食べた。明音父は料理が好き……というか、アウトドアが好きで、それ用の料理をよく振る舞ってくれる。何度か明音家の面子とキャンプに行ったこともある。
なお、明音には大学生の姉がいるけれど、一人暮らし中で、長期休みにならないと帰ってこない。
昼食後には、一旦明音の家を後にして、四人で近所のカラオケに赴いた。
「優良、普段はのっぺりしてるけど、歌うときは感情表現豊かだし、声も綺麗なんだよ」
個室に入り、わたしが優良を褒めると、妃乃が妙な対抗心を燃やした。
「わ、私の方が上手いから!」
「いや、別に張り合わなくていいじゃん。優良は軽音やってるから音楽に触れてる時間も長いんだし、一般人が敵わなくても仕方ないよ」
「でも……瑠那にとっての一番は、私でありたい、かな」
二人きりのときには気づかなかった一面。妃乃は案外嫉妬深くて、負けず嫌いなのかもしれない。
「わたしにとっての一番は妃乃だよ」
隣に座る妃乃に寄りかかる。妃乃はわたしの頭をすりすりと撫でた。……撫でるなって。もっと甘えたくなるじゃないか。
「ところ構わずいちゃいちゃと……」
「筋金入りのバカップル」
明音と優良が呆れているけれど、二人の前では遠慮しない。流石にキスとかはしないとしてもね。
最初に妃乃が歌って、宣言通りの綺麗な歌声を披露してくれた。ラブソングだったこともあり、わたしは妃乃の隣でキュンキュン悶えていた。二人きりでくれば良かったかなぁ。
「いいね、天宮さん。楽器が弾けなくても、ボーカルとして試しにうちのバンドでやってみない? ゲスト出演みたいなのでもいい。これ、割と本気の誘い」
優良が軽く誘ったけれど、妃乃は首を横に振った。
「ごめん、やってみたい気はするけど、半端な気持ちではできないでしょ? やるからには本気じゃないと、バンドのメンバーにも悪い……。私にそこまでの情熱があるかっていうと……。それに、瑠那との時間が優先だから」
「そっか。まぁ、ゲストだとしても、バンドの仲間になるなら練習は必要になる。半端に参加するのはよくないかもね」
妃乃がバンドのボーカルをしている姿は見てみたい。でも、半端なことはさせられない。一緒にいる時間が減るのも嫌だ。
……大変悩ましい。数秒考えて、妃乃に言う。
「妃乃、もし興味があるならやってみなよ。妃乃のボーカル聞いてみたいし、妃乃が何かに打ち込んでる姿も見てみたい。……高校時代の、いい思い出にもなると思う。
始める前から情熱を持って取り組めることばかりじゃないし、とにかくやってみたら? わたしだって、小説を書き始めた頃から特別な情熱を持ってたわけじゃない。なんとなーく書き始めたら、どんどん書くのが好きになっていった。
妃乃も、やるだけやってみたらいいと思う」
「……そういうものかな。でも、いいの? 一緒にいられる時間も、やっぱり減るだろうし……」
「歌ってるときの妃乃、すごく生き生きしてた。わたしのせいで妃乃の世界を狭めるようなことはしたくない。むしろ、わたしは妃乃の世界を広げられる存在でありたい」
「……そっか。そういうことなら」
妃乃が頷いて、優良に向き合う。
「……やるからには、全力で頑張る。けど、やっぱりダメだってなったらそれでもいい。未熟者の私を、宜しくね」
「うむ。任されよう。びしばし鍛えて、いい声で鳴けるようにしてやる」
「ちょっとちょっと、わたしの妃乃に何をするつもりなのさ。変な真似はやめてよね」
冗談だとはわかっている。念のための釘刺しだ。
次に優良が歌を披露して、それはやはりとても綺麗だった。普段は淡々としているくせに、歌うときには全力で、ハスキーな歌声が胸を打つ。
一曲歌い終わったところで、妃乃がパチパチと拍手。
「すごい。これが軽音部の実力……。これは確かに私の負けかな……」
「小さい頃から音楽やってきたから。それで、特に訓練もしていない人には負けられない」
「……だね。けど、本当に私で大丈夫?
「伸びしろがなかったら切り捨てるだけ。大丈夫」
「手厳しい……。けど、うん。それでいいよ。宜しくね」
「宜しくされた」
まだ確定ではないし、上手くいく保証もない。それでも、妃乃に一つ、何かを始めるきっかけを与えられた。それがちょっぴり誇らしい。わたしと付き合い始めて良かったと、思ってもらえたらいいな。
「そんなの、もうとっくに思ってるよ」
耳元でこっそり囁かれて、ドキリとしてしまう。そういうこともするなよ。湿るじゃないか。
それからわたしと明音も続いて、まぁぼちぼちというところ。下手ではない代わりに上手くもない、一般的な女子高生。だと信じている。……わたし、そんなに下手じゃないよね?
「下手じゃないよ。素敵だったよ」
だから、耳元で囁くなって。
楽しい時間が過ぎていく。妃乃がいるおかげで、普段の三十割増しくらいで楽しい。
そんな折に。
「……ん? あ、電話だ。
名前だけは聞いたことがある、妃乃の二つ下の妹、
「ごめん、ちょっと出てくるね」
妃乃がスマホを片手に部屋の外へ。
わたしの前ではできない話? なんて思うのは嫉妬しすぎだね。相手、妹さんなのに。
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