第17話 秘密

 所在ない気持ちで待機し、午後七時過ぎに妃乃が夕食の準備を終えた。

 白ご飯、照り焼きチキン、サラダに味噌汁。シンプルながらとても美味しそう。


「ありがとう、妃乃。……っていうか、全部させちゃってごめんね。片づけはわたしがやるよ」

「私が連れてきたんだもの。これくらいは当然。片づけは……一緒にやろうか」

「まぁ、妃乃がそう言うなら……」

「じゃ、食べよっか」

「うん」


 手を合わせて、いただきます、と二人で口にする。

 ご飯はとても美味しいのに、妃乃の家庭事情が気になったし、妃乃も積極的には話しかけてこなかったので、あまり盛り上がりはしなかった。

 せっかく妃乃の家でご飯を食べているのに……もったいない。

 ご飯も食べ終わってしまって、二人で後片付けをする。この間も、会話は長く続かない。


 今日、わたしはずっと妃乃に助けられっぱなしだったんだなと気づく。楽しい時間を過ごせたのは、妃乃が積極的に盛り上げようとしてくれたから。わたしから盛り上げることなんてできやしない。

 なんとなく気まずい時間。歯車が噛み合わないような違和感。

 片付けも終わって、わたしと妃乃は再びリビングのテーブルに対面で座る。

 昼とは打って変わって、妃乃は随分と緊張した面持ち。何かを言おうとして、それをためらい口を閉じる。それを繰り返す。


 わたし、どうすればいいんだろう? 先を促すべき? 無理しないでと言うべき?

 迷う。迷う。迷う。

 でも、迷っているばかりじゃダメだって思う。

 わたしは妃乃のことが好きなんだ。好きっていうのは、妃乃にわたしを幸せにしてほしいって願うことだけじゃない。

 妃乃のためにできることをしたいってことも含むんだ。

 秘密を打ち明けるのが怖いなら。

 わたしから、秘密を打ち明けたらどうだろう?

 きっと、妃乃だって話しやすくなるはず。

 深呼吸を一つ。そして。


「あのね、妃乃」

「……うん? 何?」

「わたし、今まで、リアルで付き合いのある人には、絶対に言わないようにしてたこと……言えなかったことがあるんだ」

「……うん」

「わたしの恋愛対象って、男の子じゃなくて、女の子なんだ。……つまりは、ガチのレズビアンってこと」

「……うん」


 妃乃に驚いた様子はない。妃乃は鋭いから、わたしがそういうのだって気づいていたのだろう。

 そして、わたしの気持ちだって、気づいているんだよね? それなら、もう隠しておく必要もないのかな。

 後出しみたいで、ずるいけど。

 わたしは弱いから、こんな形でしか、想いを伝えられない。


「わたし、妃乃のこと、好きなんだ。わたしと、付き合ってほしい。……どうかな?」


 言葉にした途端、全身が火照り出す。流れで告白してしまった。もう後に引き返せないことをしちゃったよね……。

 妃乃は、やはりというか、わたしに告白されたことに大きな驚きはないみたい。

 ただ、わたしから先に告白の言葉が出てきたことには驚きがあって、目を瞬かせている。


「瑠那から言ってくれるとは思わなかった」

「……わたしも、自分から言えるとは思ってなかった。でも……妃乃、わたしの気持ち、気づいてたんだよね? それでも、あえて核心に触れないで一日過ごしてた……」

「……うん。実は、そう。私が思わせぶりな態度をとって、瑠那がいちいちどぎまぎしてるのが面白くて、ずっと遠回しに攻めてた」

「ちょ! それは性格悪くない!? わたしをもてあそんで楽しんでたってこと!?」

「うん」

「うわ……サイテー。なんでわたし、こんな人に告白なんてしてるんだろ……」

「サイテーだなんて、白々しい。私にもてあそばれて、内心喜んでたくせに」

「そんなことはない!」

「あるよ。私にはわかる。瑠那の心の揺らぎ方は、喜んでいるときと同じだったもの」

「心の揺らぎ……? 何の話をしているの……?」

「私は魔女で、人の心が読めるの。瑠那の心も、本当は始めから全部わかってた。……ごめん」


 またわたしをからかって、妙なことを言っているのだろう。幽霊が見えるとか、未来が見えるとか、妃乃はしょうもない嘘を吐く。

 心が読めるなんて、あり得ないよ。

 ……あり得ない、よね?

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