第8話 へにゃ
『銀子からもらったネタで書いた小説、例の子に好評だった。ありがとう』
『それは良かったね。あたしも面白いもの読ませてもらえたから感謝だよ。投稿はしないの?』
『万一の身バレを考えると投稿はできぬ』
『本当はバレたいんじゃないの?』
『そんなことないし』
『ふぅん』
『ふぅんって何さ』
『ふぅんは、ふぅんだよ』
『不運な女で悪かったな』
『誰もんなこと言ってねーわ。ってか、今日の進捗聞かせろ』
毎晩、妃乃との進捗を銀子に報告するのが恒例行事になるのだろうか?
相談に乗ってもらっているし、協力もしてくれるから、ある程度の進捗報告は構わない。でも、わたしと妃乃、二人だけの思い出にしておきたい部分もたくさんあって……。
申し訳ないと思いつつ、少しだけ、銀子に伝える情報は制限させてもらった。大筋は伝えるけれど。
『へぇ、いい感じじゃん。これ、ガチでこのまま付き合えるんじゃないの?』
『そんなわけないって。相手は、わたしをただの友達だと思ってる。友達と恋人の間には、容易に越えられない大きな壁があるんだよ。特に、女同士ならなおさら』
『それはわかるよ。ただ、例の子、本当に偏見とかなしであたしたちみたいなのを見てくれそうじゃない?』
『見てくれるかもしれない。だけど、他人の同性愛を認めることと、自分が当事者になることは全く別物。わたしたちのことを受け入れてくれたからって、実際に付き合えるかどうかは別の話だよ』
『それでも、存在を認めてくれるだけで嬉しくない?』
『完璧に可能性がないとわかっちゃうのが怖い』
『……わかるけどね』
『わかるでしょ』
『だとしても、そうやって一歩も進めないままでいたら、この先もずっと欲しいものは手に入らないんじゃない?』
『痛いところをグサグサ刺すのやめて』
『大丈夫。あたしも今、激痛に喘いでるところ』
痛いなぁ。本当に。
痛いけれど、痛みを分かちあえる人がいると、少しだけ心は軽くなる。
『銀子には好きな人いないの? 三ヶ月前くらいに失恋したきりじゃない?』
『好きな人はいるよ。今でも好きっていうだけ』
ああ、もう、痛いなぁ……。
他人の失恋なんていくらでも見てきたけど、銀子の失恋は、特に痛い。
『そっか。ごめん』
『謝るなよー。失恋なんていつものことじゃん。もはやこの痛みが快感』
『ばーか。わたしの前でまで強がらなくていいのに』
銀子からの返信が、少し遅れる。
そして。
『あたしの好きな人を大事にしないあの男を刺し殺したいあたしを慰めて』
痛いなぁ……。
『それはムカつくね。ぶっ殺したくなるね』
『バレない殺人方法、一緒に考えてよ』
『わかった。いいよ。とりあえず、登山にでも誘って、他の誰も見ていないところへ行く。それから、事故を装って高いところから突き落とすのはどうかな?』
『ガチな暗殺方法が返ってきた!』
『え? もっと苦しめて殺したいって?』
『怖い怖い怖い! 怖いけどもっと詳しく!』
銀子はどんな顔をしているのだろう。文字だけのやり取りでは、銀子の深い感情は読みとれない。おちゃらけているようで、本当は泣いているのだろうか。
声を聞きたい気持ちがある。
聞いちゃいけない気持ちもある。
わたしたち、いつまでこうしておちゃらけていられるのかな?
わたしは妃乃が好き。
でも、銀子のことも、好き。もちろん友達としてだけど、この先もずっと、銀子との関係は絶やしたくない。
キーボードをカタカタと打ちながら盛り上がっていると、あっという間に一時間ほど過ぎている。
『変な話に付き合わせて悪いね。例の子とのこと、頑張って』
『うん。自分なりには』
『もっと気合い入れろ! 今から電話して告白だー!』
『無理。じゃね』
『そっけなさすぎ。じゃね』
銀子とのやり取りを終えて、ふぅ、と軽く溜息。
銀子は失恋中。一方で、わたしにはまだ可能性が……ないこともない。
もしかしたら成就するかも……と思える状況が、わたしにとっては一番幸せな時間かな。いつだってそう。これからも、きっと。
「こんなこと考えてたら、銀子に怒られそう……ん?」
スマホがメッセージを受信。相手は妃乃だ。
『次の土曜日、暇? 暇じゃなかったら暇を作って。私のお買い物に付き合いなさいな』
なんだこの高飛車なお嬢様みたいな文面。意識的か?
『その日は法事になる予定』
『私が祈っておくから、その日は法事にならないよ』
『人の生き死にまで左右できるなんて、あなたは神か』
『正体がバレたからには生かしておけぬ』
『ど、どうするつもりだ』
『我に従って生きるか、そのか細い命の灯火を吹き消されるか、選ぶがいい』
『要するに、とにかくお出かけに付き合えってこと?』
『要約しないでよ。せっかくのロールプレイが台無しじゃない』
『あなたに従いますから、どうか命だけはご勘弁を!』
『初めからそう申しておればよいのだ。土曜日、朝九時。星見駅前集合だ。ゆめゆめ遅れるでないぞ』
『その文面を打ち込んでいるときの妃乃の表情を見てみたい』
『正気に戻らせるな。バカ』
わたしたちは何をやっているのだろう?
ノリが少し銀子とのやり取りに似てきたかな? 小説も見られちゃったし、妃乃はこのノリについてきてくれるみたいだし、わたしも取り繕うのが面倒になっているのかもしれない。
『待ち合わせは了解した。どこ行くの?』
『ひ・み・つ』
『……』
『無言やめて。私が滑ってるみたいじゃないの』
『まさにそうだけど』
『瑠那、文章だと少し強気ね』
『気のせい』
『とにかく、土曜日ね。まぁ、明日もまた学校で会うのだけど』
『うん。わかった』
『おやすみ』
『おやすみ』
妃乃とのやり取りは、銀子と比べると比較的あっさりしている。わたしが小説を書く人だと知っているから、気を遣っているのかな。長々と拘束してはいけないと。
「ちょっと強引だけど……本当は気遣いしまくりなんだよなぁ」
妃乃はそういう人。
強引なんて嘘だ。
わたしが決断をスムーズにできるように、道を示しているだけ。
そんなの、わかっている。
「好きだぁ……」
一人で勝手に体をへにゃらせて、机に突っ伏す。
せっかく妃乃はわたしに執筆の時間をくれているけれど、復活するまでにはもうしばらく時間がかかりそうだ。
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