第28話 ヒトゴロシ

天を仰ぐタカギが叫ぶがこっちが聞きたい、なぜこんなことになってるのかと。

そもそも俺は神ではない、一方的な勘違いだ。


「停止空間が使えなくなったんだよ! すぐに元にもどして!」


俺を見ているがその焦点はわずかにずれ、俺ではない所にあるようにみえる。

誰に話しかけている。


「それにこいつ腐食し始めた、臭うんだ、死んだ直後から固定されてるからいままで従順で新鮮だったのにおかしいだろ! 使役の呪文も効かなくなってる! 全然命令聞かなくなったぞ! なんで主人に攻撃してくるんだよ!」


おかしいのはお前の頭だ。

いきなり彼女が出来たと思っていたが今の言い分からして、殺した後に自分に都合の良い奴隷として洗脳でもしたようだ。


「どうしてスキルがぜんぶ弱くなってるんだよ! こんなんじゃ並の冒険者と同じだろう! 全然チートじゃない!」


幼児のごとく泣き喚き散らす姿には悲壮感が漂う、だが哀れとは思わない。

これが地獄行きの黒いタマシイの辿る先なのか。


ほどなくしてガチャガチャと金属音を響かせる大勢の足音が聞こえてきた、頭を完全に覆う円筒形の兜にお揃いの白のサーコートメイルを着込んだ男達が雪崩れ込んでくる。この国の兵士だろうか。

その中で赤い羽根の飾りを兜に付けた隊長格らしき兵士が前に出る。


「無許可のネクロンマンサーだな、ギルドに所属しているのだからこの国の法律は知っているな」

「ち、ちがうっ! これは間違いだ!」


タカギは弁明をしようとするが、隊長格の男は腰のロングソードを引き抜いた。

それを合図にして後方に控えていた兵士たちも一斉に剣を抜いた。


「かかれっ!」

「止まれっ止まれって! あぁクソクソクソッ!」


白鎧の兵士達が攻め込むのと同時に金色の剣が振るわれ、その金の軌跡と共に兵士達の胴が鎧ごと寸断される。その様子を見た市民が叫び声をあげる。


「人殺しだ!」

「うあああああああ!」


絶叫しながら血まみれの金の剣を持ったままタカギが路地裏の奥へと逃げていく。


「こんなはずじゃない、僕は英雄だ。世界も救ったんだぞ、それがなんで」


入り組んだ市街地を必死に駆けるタカギの白銀の金属鎧は、動作をするたびにガチャガチャと大きな音をたててしまっていて逃走にはまるで適していない。


「憲兵さん、こっちにいるぞ!」


民家の二階の窓から身を乗り出した市民が叫ぶ。


「静かにしろっ!」


タカギの手元が赤く光りサッカーボール大の火炎の球が放たれ、叫んでいた市民の身体に命中すると全身が燃え盛り、悲鳴をあげながら地面へと激突した。同じ窓から幼い女の子が顔を見せた。


「おとうさんっ! なんで……。人殺し……ヒトゴロシ!」

「ちがうちがう、僕じゃないんだ」


金色の剣が黒ずみ始める、黒は刀身の全てを瞬く間に覆い尽くして錆びたクズ鉄へと変貌させた。


「おいっなんで、違うんだ。あいつらが襲い掛かってきたから仕方なかった、正当防衛だって! 悪いのはあいつらだよ!」


錆びた刀身はボロボロと崩れ落ち、タカギの手元に残ったのが柄の部分だけになるのを見た赤い悪魔が言った。


「もう修復不能だな、正義の比率の剣は。あれはな、悪を斬り裂く度に切れ味を増していく特性を持った剣なんだが、それ以外を斬ると途端にダメダメになっちまう。正義の定義なんてもんはしらねーが、無機物の剣にもナイーブな心があるみてーだな。心無いニンゲンよりもずっとニンゲンらしいと思わないか」


「まだ魔法がある……。僕はこんなんじゃない、おかしいよ、助けてあげてるのに」


憔悴しきったタカギは革のブーツで民家の屋根を音もなく伝い近づいてくる狩人達に気づきもしない。


「いたぞ、矢を放て!」


兵士の号令とを皮切り矢の雨が放たれる。


「がっ」


そのほとんどは白銀の鎧にはじかれるが、防御されていない丸出しの首に一本の矢が反対側へと貫通するほど深く突き刺さった。血を吐くタカギの手から屋根の狩人達に向け火球が放たれる、先ほどと違い動きの鈍い火球は上空で膨張し花火のように破裂した。一面が炎の海へと変わる。屋根も通路も、すべてが勢いよく燃え盛る。

追跡者も市民もなにもかもを飲み込んでいく。


「ざまーみろ! 燃えちまえ、ぜんぶぜんぶ。僕をいじめるやつらなんて死ねばいいんだゴミどもが! ゴホッ!」


タカギの人差し指が首に突き刺さった矢に触れると、矢が消滅した。アイテムとして回収したのだろう。栓代わりになっていた物をが消えてしまい首の両側から血液がドバドバこぼれ出る。


「うげっ、ポーション、ポーション……。ない、さっきのやつが最後? 嘘だろ」


燃え盛る炎の小道かき分け、ひとつの影が進んでくる。

ずりずりとすり足歩行で、ゆっくりと近づいてくる。

人影だが、その首にはあるべき頭部が無かった。豊満な胸をゆさゆさと揺らしながら歩く姿はついさっき頭を斬り落とされた少女のものだろう。

買い物袋のような手さげを右手にぶら下げている、それはよく見ると頭部だった。

自らの頭の髪の毛を掴みながら歩いてきていた。

腐った肌に炎が燃え移るがお構いなしにタカギの方へと歩き続けている。


「あぁ、良かったリラ。はやく僕の首を治療してくれ」


頭の無い巨乳の少女リラはその言葉に反応を示さずにただ歩き続ける。


「そこでとまれ、燃えてるだろ。おい」


タカギは後ずさりして逃れようとするが、背後には壁しかないし他の道は炎で塞がれている、完全に追い込まれてしまった。


「近づくなって……」


右手を向けるが、小さな火花が出るだけだった。ガス欠らしい。


「魔力も切れた? なんで無くなってくんだ、無限にあったろ、おかしいおかしい。なにか、なにかないか……。なんでもいい。あっあった耐火のポーション!」


タカギは自分の頭に試験管を叩きつけ中の液体をぶちまけた。


燃え盛るリラがタカギの身体に覆いかぶさり左手でタカギの頬を撫でているがダメージは無さそうだ。炎を一時的に無効化する薬だったらしい。

安堵するタカギだったが、すぐに両目が大きく開かれる。

リラが自身の頭部を両手で抱え、タカギの唇へと押し付け始めたのだ。

おそらく魔法耐性のある白銀の鎧と耐火のポーションで焼け死ぬことはなくなったが今度は呼吸が出来なくなったらしい。ジタバタと四肢がひっくり返った昆虫のように動く。両腕で押し返そうとするが死体の少女はビクともしない。

ゾンビになってリミッターが外れ腕力が強化されたらしい。


「ぐごごむぐうっ」


タカギの口元から血がこぼれ落ちる、キスどころではなく顔面同士がめり込み始めている。力任せに押し付けられたリラの生首とタカギの兜で守られていない頭部がミシミシと音をたてて歪む。タカギの両目から涙と血が溢れ出る。

死に際のその眼はやはり俺の背後を捉えていた。


「夢はもう十分みただろ」


タカギの顔面が陥没した。

それと同時に辺りの炎が消えた、効果は術者の命と連動していたようだ。

残ったのは煙と黒焦げの死体の山。静寂に包まれた通路で、真っ赤になったリラの頭部からぐじゅぐじゅとした粘膜が垂れ落ちる。

白い脳が丸見えになり、顔面と言えるものがなくなったあとでもリラはその辺りを愛おしそうに撫でまわしている、その両手は光を帯びていた。

粘液はタカギの頭部へと吸い込まれていき、陥没した部分の肉が盛り上がり始める。




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