第26話 銭湯
「このライフル持った奴と、死体掘り起こされた時に足だけ写ってる奴は同一人物だったりするか」
「どれどれ」
スマホを見せると洗面台に飛び乗り、足をぶらつかせていた赤い悪魔はすぐにこちらを向き直り、親指を立てて見せた。
「こいつの迷彩柄の服装からしてサバイバルゲームが好きそうだな、どっかの山に潜伏してるかもしんねーぜ」
「いい洞察力だな、ワトソン二号にしてやろう」
「また登山するか? 今度は息切れしないでいくらでも歩けるぜ」
「どこにいるんだかわかんねえだろ」
「修行僧みたく日本中あるく旅始めちゃう?」
「やらねーよ。はぁ、やんなるな。こいつ見つけて殺しても黒くないだろうし。苦労に見合ってないんじゃないか」
「ほっといてもいいんじゃねー、逃げちゃえ」
「気になるだろこういうの」
「細かいね」
「それにイガリ銀行は死ぬまで預金の引き出しをさせてくれないだろうな」
「ほんときたねぇなあいつ、さっさと殺そう」
「そうしたいね、で近くにいないかシノザキは」
「なにも感じない、そーとー警戒しているんじゃね。スナイパーライフルで山の向こう側から狙ってても視線があれば気づくはずだけどな。おっさんの頭に注目している奴らもほとんどいないね」
「ちょっとは居るのか?」
「目立つから、しょうがねーよ」
「しょうがねぇなら諦めるしかないな」
イガリからのまた聞きと、本物かどうかも疑わしい盗撮動画を見ただけで本気で悪魔の存在を信じたからこそ周囲の被害も考えずに爆破を行った。イガリ探偵のイカれたメンバーはマジに正気じゃない。いや、それを信じさせたイガリが恐ろしいのだろう、仲間の前で一世一代の大演説をしたに違いない。新興宗教の教祖様にでもなれそうだ。
それにしても脳が疲れている、爆破のショックが中々抜けない。俺はどうやら肉体だけでなく、メンタルも貧弱だったらしい。ハトを殺してもヒトを殺してもビクともしない鋼のメンタルと思っていたが気のせい、思い込みにすぎなかった。肉体は正直な反応を示している、疲労蓄積には精神が含まれるから療養が必要だ。こういう時はただ寝るだけでは全然足りない。
「……気を取り直してサウナでも行くか」
「のんびりとそんなとこに行ってていいのかー?」
「疲れたんだよ、俺はおっさんだからな。お前も風呂に入れ、悪魔臭がきつくなってきてるぞ」
「マジ?」
「まじだよ」
「めんどうだなぁ」
「ガールなら身だしなみに気を遣うもんだぞ」
「地獄では悪魔臭垂れ流しにするのは当たり前だし」
「コーヒー牛乳も買ってやるから」
「おっいいねぇ、ならめんどくせぇけどいくか」
「地獄にもサウナはあるのか?」
「ああ、灼熱地獄があるよ。マグマの直火で釜茹でだ」
「そんなんじゃリフレッシュできそうもないな」
「悪魔なら出来るんだよ」
「俺も出来るのか」
「今のおっさんじゃ黒焦げだな」
「どうすりゃいいんだ」
「アマエチャンがさっきみたいに覆いかぶさればいけるよ、無敵の耐熱、耐衝撃スーツだぜ」
「それじゃ熱も感じないんじゃねーの」
「うーんそうかも」
家に帰るのはもう面倒だったので、銭湯の休憩所で少しだけ眠ることにした。それに自宅に帰ったら今度は家が爆発する可能性も否めない。近隣住民の為にもあいつらを消すまではこうした方がいいだろう。なにも朝まで眠る必要はない、気分の問題だ。すこしの間眼を閉じるだけでも効果はあるはずだ。事件のない場所は良い、どこでも事件は起きている、毎日のように人身事故で電車は遅延しているし世界規模でみれば殺人事件は一分単位で起きている。今は爆発するロッカーがなければどこでもありがたい。
「どうぞごゆっくり」
レンタルタオル、洗顔材、使い捨ての髭剃りを購入し男湯ののれんをくぐるが、迷うことなく赤い悪魔も俺の後ろについてきた。
「こっちは男湯だぞ」
「身長制限でパスしてるし肉体年齢は0歳だ、生まれたばっかよ」
赤い悪魔が指さす先には張り紙があり、園児を超えるような年齢からは立ち入り禁止との記載があった。
「悪魔年齢はいくつだ」
「乙女のひみつだぜ」
身体を洗い、伸びた髭を剃り、染み付いた汗を流す。魔法でこれも吸い込めればよかったのだがうまくいかないものだ。異世界に行った奴らは全員体も洗わなくていいに違いない、きっと朝起きるだけで髪の毛のセットなどもせずに自動的に美容院でオシャレカットしてもらった雰囲気になるのだろう、地獄行きにしても羨ましい限りだ。
目の前には座った俺の全身を写す鏡があるが、湯気でぼやけてすぐに見えづらくなってしまう。シャワーヘッドの向きを変えて流し、確認する。ひどい面だ、これが俺なのか。鏡を見ても自己認識を避けている、歳を取ったなどとは思いたくないが現実は容赦なく攻め込んでくる、見ないようにしてみても手のひらで触れれば誤魔化しの効かない深くなったシワがそこにある。俺はおっさんだ。悲観的になっても意味はない、酒も飲めるし一人で生きていける。それだけで十分だった。少年時代に戻りたいわけではない。うなだれながら見た俺の隣の赤い悪魔は準備体操のように伸びたり縮んだりを繰り返すだけで、一向に自身の体を洗おうともしない。
「風呂入るなら体を洗え」
「この運動で汚れが落ちるんだよ」
「嘘をつくな悪魔め」
「なら洗ってくれ、手が短くて届かない所だらけなんだ」
「伸びるだろ手足」
「細かい動作はニガテなんだよ、得意なのは骨折ったり絞め殺したりするだけ」
「そーかい」
器用にストローを使っておいてなにを言ってるんだこいつは。だが俺が洗わなければこいつはここで屈伸運動をするだけなので仕方なく洗い始める。
「よく洗ってくれたまえよ」
赤い悪魔の胴体を左手で掴み、ボディーソープを塗りこむと、悪魔の身体はもこもことやたら泡立つ、まるで生きたスポンジみたいだった。まだ家に食器があった時代を思い出す。
「へんなとこ触るんじゃないぞ、訴えるからな」
「裁判とかあんのか」
「開廷と同時に即死刑執行だ」
「そんなの裁判とはいわねーだろ」
こすり続けると悪魔の体から悪魔油が抜け始め、キュッキュッと音をたてる。風船を撫でているようでもあるが熱くもある、鼓動と脈動も感じる。臓器はどこに仕舞われているのだろうかと思い、泡を洗い流してから脚のあたりを掴んで縦に長く伸ばしてみる、こいつは伸びると体が透けるがどこにもそれらしい物は見当たらなかった、ひたすら奇妙だ。マジマジと見つめていると体がさらに熱くなった、何故だろうかと疑問に思う間もなく顔面をを引っぱたかれた。
「いてぇ」
「そんなにジロジロ見るな!」
「悪かったな、細かい汚れが気になっただけだ」
「嘘つくな!」
「許せ」
夜遅い時間帯なので人がほとんどいない、いくつもある湯舟やサウナにはどこからでも順番を待つ必要なしで入り放題だがまずはサウナから入ると決めていた。非常に高温なのが気に入っている、熱すぎで昼間から来てもすいている位だった。扉を開けると熱波が全身を包む。
「おっさん最上段に行こうぜ、そこが一番熱いんだろ」
「ああ」
「なんだ、大差ねーな」
赤い悪魔は最上段と最下段を行ったり来たりしている。
「爆弾が至近距離で爆発しても耐えられる奴からすればそうだろうな、それにしても色々知ってるな」
「大まかにだけどな、詳しくはしらん」
「それでもいいなぁ人間界の知識が一発で手に入るマシンか。日本語もそれで覚えたんだろ、そっちの主要言語はなんだ」
「地獄語だよ」
「教えてくれてもいいだろ」
「マジだよ」
「ちょっと喋ってみてくれ」
「良いけど聞き取れやしないぜ」
「どんとこい」
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