第2話 一寸法師の使い途なんてカップ麺の蓋を押さえさせるぐらいしかない


 鬼、めっちゃテレビに映った。


 コンビニ外の防犯カメラに映る半裸のコスプレ男! ってワイドショーでいじられてるよ。

 節分でもないのに気合いの入った鬼の扮装ですねー、とか言われてる。普通に下着一枚で歩いてたので通報されたらしい。


 鬼だからじゃなくて、パンイチのせいで通報かあ。世知辛いもんだ。

 下着ったって、鬼のパンツじゃん。強いヤツだよ。見逃してやれよ。


「ねえ、あの鬼を探すんだよね? あんな目立つ人、先に警察が見つけちゃうんじゃないの」


 私は昨夜ゆうべの惣菜パンとプリンを出しながら言った。

 一寸法師にも分けてやる。小皿の端にパンのかけらとマヨソースとハムをちょびっと。プリンも。

 だって耳かき一すくいぐらいでお腹いっぱいだもん、この子。食費がかからなくていいな。


 でも、手間はかかった。


 昨夜帰ってきて、お風呂に入れた。川縁かわべりでもがいて汚れたし、冷えてたから。

 でもお椀にお湯を注いだら、溺れるとか熱いとかうるさい。


 裸を見るなとか言われても知るか。リアルに小さすぎて見えないわ。

 こんなにドキドキしない男の裸が他にあるなら教えろ。


 着物だって、洗剤で押し洗いしてタオルドライしてドライヤーで乾かしてやった。

 少し縮んでツンツルテンだと文句言われた。どうしろと。


 そうして時間をとられたおかげでヤケカップ麺は食べずに済んだけどさ。


「――何? 奴は打出うちで小槌こづちを持っている? あーそうか、打出の小槌ってこの話だっけ」


 鬼は、目にしたな服装を小槌で手に入れヒトに偽装するだろう、と一寸法師は言う。


「……そしたらただのガタイのいい人になりそうだね」


 想像してみる。暗い中で見た感じ、背が高くてがっしりしてて……ツノは帽子でもかぶればわかんないか。


「ていうかさ、暴れて悪さしなければ鬼だとしても問題なくない? あの鬼、何したの?」


 一寸法師はキュルキュルと何か言う。あーもう聞きとれないよ。ゆっくり喋れ。


「あのさ、あんたのこと、キュルちゃんて呼ぶわ」


 言ってみたら一寸法師はピタッと止まった。そしてめちゃくちゃ怒り出す。

 ほらあ、早口だとキュルキュルキュルキュル、VTRの早回しみたいな音になるんだよ。だからキュルちゃん!


 あ、お湯沸いた。汁物がわりにカップ麺も食べるんだい。

 文句言うキュルちゃんを無視してベリベリとパッケージを開けてると、気になったみたいで寄ってきた。


「これ? うーんとね、汁に入った麺料理。お湯入れるから離れなさい」


 一滴はねただけでも大火傷だよ。キュルちゃんには無事鬼退治してもらわないと困るんだ。

 でも知らない食べ物から離れない。いい匂いするもんね。私は思いついてキュルちゃんをヒョイとつまんだ。


「ここに座って、フタ押さえといてよ」


 サイズ的にもちょうどいい。ガチャポンでそういうマスコットがあるじゃない。あんな感じ。


 お湯を入れてフタを戻した上に乗せてみたら、一瞬楽しそうにしたキュルちゃんが悲鳴を上げて飛び上がった。

 え、何? 熱い?

 仕方ない、救助!


 なんだ、こいつマスコット以下か。

 他に何か使いどころ……ないな!

 もういいや、ご飯を食べたらさっさと鬼退治させよう!




 というわけで、本日は自主休講にいたしました。

 だってキュルちゃん独りじゃ鬼を見つけるだけで何日かかるやら。ちまちま歩いてるうちに誰かに踏まれるのがオチよ。


 こんな理由、誰にも言えない。『鬼退治に行くから代返ヨロ☆』とか友達から連絡来たら正気を疑うわ。

 だけど私もそうそう休んでいられないからね。一気呵成、疾風怒濤で行け、一寸法師! ……あれ、一寸法師って四字熟語の仲間じゃん。

 違う? だからキュルキュル言わないでってば。




 さあて、あの鬼、あんまり遠くまで行ってないといいなあ。

 ひとまずテレビで見たコンビニ付近……ていうか、私が買い物したコンビニまで行ってみようか。行きつけの店がテレビに出るとはね。


 ところで世の中に、一寸法師とお出かけする時用の装備ってないですよね? こいつどこに入れればいいの。


 カバンの中じゃ潰れそうだし、外が見えないって怒る。

 肩に乗るって言われても、あのさ、私の髪の毛につかまって立つのやめてくれるかな。吊り革じゃないんだわ。

 鏡で見たらヤバい人だった。変な虫がくっついてるみたい。ないわー。


 なんとか妥協したのが、胸ポケット。そのままだと深いから、畳んだハンカチを入れてそれを踏み台に外を見ててもらう。

 顔だけ出てるのも目立つし、すごく気になるんだよ? 誰かにチラ見されたらすぐ隠れてくれ。




 さて、歩いている途中、キュル、と言われた。


「向こうに気配? え、すごい、鬼の気配がわかるんだ」


 小声で喋る。端から見たら独り言だしね。イヤホンマイクでもしてれば電話中に見えるだろうけど、持ってない。


「――鬼だからじゃない、お伽の世の者だから? 何言ってんの?」


 よくわからないけど指示に従って歩いていく。住宅地の中。

 どこかの家に入り込んでたりしないでしょうね。一家惨殺事件とか見たくないなー。


 ――近い!


 鋭く言われて、私は辺りを見回した。


「……あれだ。私にもわかるわ」


 平日午前の人気ひとけのない公園のベンチ。

 途方に暮れたように空を見上げて座っているのは、コンビニの制服を着たでっかい男。


 あの鬼、よりによってその服を小槌で出したのか。

 悪目立ちって言葉を君に贈ろう。

 確かにではあるけれども。





 


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