タイムスリップ一寸法師

山田あとり

第1話 どこでもつながるドアじゃなくて机の引き出しの方かコレ


 鬼が現れた。


 夜の中、川面かわもにユラリと形作られた黒い影の扉をくぐって。


 満月の青い光の下、バシャリ、バシャリと水音をたて、鬼は重く歩いていく。


 私はそれを茂みの陰から息を飲んで見つめていた――。




 ***




 帰り道、川沿いの遊歩道に降りたんだ。

 月がとっても青いからせめてもの遠回り。ってこれ昔のネタ?

 道路と平行に歩いてて、どこが遠回りなんじゃーい。と独りツッコミを入れてみる。寂しい。そろそろ冬だよ。寒いよー。



 だってさあ。一般教養パンキョーでよく会うイケメンくんが彼女連れてるの見ちゃったのよ。フワフワ可愛いキレイめ女子。

 やっぱりそういうのがモテるのか。


 私とは真逆なんだ。

 いや表面的には真逆までいかないか。大学に行く時は少しおしゃれするように気をつけてるし。


 でも内面が、ね。

 自覚はあるよ私だって。


 ツッコミはスッパリキッパリだし、スイーツ食べる時に写真撮らないし、キャッキャウフフよりガハハゲヘヘ系だしさ。

 そういうの隠しきれてないよね。

 来年お酒が飲めるようになったらカシスオレンジとかじゃなく焼酎お湯割りにいくんだろーな。なんなら梅干し入り。


 でも今はまだ、ヤケ酒も飲めない歳だ。

 コンビニで買ってきたのはカップ麺と惣菜パンとプリン。スイーツ混ぜて女子のフリする意図はない。食べたかっただけ。



 別にフラれてない。

 ガチ恋とかじゃない。

 なのになんか落ち込む。


 そもそも女の子枠に入ってないから。土俵にすら上がってないんでしょ。ドスコイ、ドンマイ。

 どうせ私はそんなもん。


 私は、どうしたいんだ?

 ユルフワ女子になりたいのか、モテたいのか、誰でもいいから彼氏がほしいのか。


 わからない。

 どうせ私は、とか言ってる時点でダメだと思う。




 キラキラする暗い川面。

 月の光か、魚の鱗か。いや魚は寝てるのか。昼間通ると鯉が泳いでるんだけどな。


 その時だ。

 川面にもやが出現した。


 黒い影がウニョウニョと立ち昇り、四角く形作られていく。

 私はびびって脚をすくませ立ち止まった。そこは一応女の子だから、許してよ。


 それは扉になった。

 両開きの真ん中から漏れる、青白い光。


 ちょっと、なんかヤバくない?

 私は遊歩道にあるツツジの植え込みの裏に逃げ込む。

 この光ってあれじゃない? UFOによるアブダクションとか、その類いのヤツ。

 まだ彼氏もいたことないのに、宇宙人に何かされたくない!

 あーでも飛行物体じゃないし、どっちかっつーと、どこでもつながるあのドア? ピンクじゃないのかい。


 茂み越しに固唾を飲む私の前で、その扉はゆっくり開いた。気持ち的にはギギッて雰囲気だけど、実際にはなんの音もしなかった。


 そして、そこから姿をみせたのは。


 鬼。


 ぬう、と出てきた大きな身体。

 暗くてよく見えないけど、あれはツノだ。頭の上に、二つの短い突起。


 うわー、昔話のオニとおんなじだー。


 呑気な感想を私は抱いた。

 いやそれどころじゃなくね?

 しっかりしなよ私。


 バシャ、と水音をさせながら川の中を鬼は行く。

 私に気づくな、と拳を握って願う。


 そのうちに鬼は暗闇に紛れた。

 ハッとなって振り向くと、靄でできた扉は閉まるところだった。そしてさっきの映像を逆再生するようにフニャフニャと川面に沈んで、消えた。




 ――いや、何?

 今の何よ? マジ鬼?


 鬼――どこ行っちゃったのよ。住宅地だよ、ここら辺。

 町中に出るのはタヌキとかサルだけにしてくれないかな。ぎりぎりイノシシ。


 鬼はないわー。


 110番通報しても困るよね。警察官も鬼の捕獲訓練なんてしてないはずだし。

 それよりもいたずら通報だと思われるかもしれない。いや絶対そうなる。

 あー今の鬼、動画に撮っとけばよかった! そしたら信じてもらえたのかも。



 おそるおそる茂みから出ると、私は逃げようとした。

 幸いアパートは鬼が行ったのと反対方向。辺りを見回し、川も確認する。

 よし、たぶん安全。


 だけど歩き出そうとした私の耳に、変な音が聞こえた。


 キーキー、キュルル。


 うぇ。

 足が止まる。今度は何。


 小さな音だ。どこから聞こえてる?

 これじゃ怖くて動けない。


 息をひそめていると、またキーッていった。ピチャッという水音もする。

 カエルでもいるのか、てぐらいの音だった。スマホの電源を入れてかざし、水辺を探す。


 明かりの中で何かが動いた。

 そこを照らすとキュルキュルいう。


 川縁かわべりの草につかまって、ジタバタしている小さな生き物。


 え、ヒト?


 それは、一寸法師だった。

 いやマジで昔話絵本に描かれたみたいな、一寸法師よ。


「――――うわ。キモ」


 盛大にキーッと言われた。あ、言葉通じてるんだね。

 ていうか、よく聞けば向こうも言葉を話してる。小さくてかん高いから聞きとり辛いだけだわ。


「あーはいはい、すみません」


 めちゃくちゃ抗議されたので謝った。助けろと言われたのでキモいけどつまんで岸に上げてやる。


 びしょ濡れの、小さな男。

 だって一寸よ? いや一寸が何センチだか知らんけど。

 私の親指みたいな大きさのくせに完全にヒト型とかないわー。キモいわー。


 キモいって言うな? あ、心の声がもれてたか。ごめんごめん。


 しかしなんだ。

 じゃあさっきの鬼は、一寸法師に登場する鬼なのか。一寸法師、お婆さんの針で鬼と闘うんだったよね。


「……あんた、鬼に逃げられたの?」


 一寸法師はグッと言葉に詰まったらしい。小さすぎてよく見えん。

 キュルキュル言い訳しているのも聞きとれない。チッ、都合のいい奴め。

 すると、キリとこちらを見上げて一寸法師は叫んだ。


「あん? 鬼を退治して、京の都に帰りたい? ……あの扉の向こう、京都だったの?」


 京の都だ、と訂正された。ん? ということは、平安京!?


 あらあ。

 あの扉、時を旅するものだったのか。

 タイムスリップ鬼&一寸法師。

 何やってんの、あんたたち。



 一寸法師がくしゃみして震えた。

 うーん。


 このままにしたら、鬼が現代で野放しだなあ。しゃーないか。




 私は今夜、面倒な生き物を拾ってしまった。







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