今宵、ピエロは素顔をみせる
三咲みき
1-1 最下層のピエロ
「ぼく、この顔きらいなんだ」
鏡に映る自分の顔を、身を乗り出して見つめながら言った。
「どうしたんだよ急に」
隣でメイクを落としていたジュリがキョトンとした。
「この白塗りの顔。ぼくがぼくじゃないみたいだ」
「まあ、そうだろうよ。ピエロの顔になっているんだから。ある意味お前じゃないさ」
そうピエロ。
ちょうどサーカスの公演終わりで、ぼくの顔にはピエロのメイクが施されている。空中ブランコ乗りのジュリも、目元はドラッグクイーン並の奇抜なアイメイクをしている。
「そうなんだけど、そうじゃなくてさ……。この白塗りが嫌なんだ。ぼくの顔を押し込めて、その上に新しい顔を描いてさ。心まで別人になってしまう気がするんだ。この顔はぼくのものだけど、ぼくじゃない……。なんか………こうして見つめていると、この白塗りの顔にぼく自身が乗っ取られそうな気がして怖いんだ」
ジュリは首をかしげた。ぼくの言葉にいまひとつピンときていないようだ。
「だいたいさ、ぼく、ほんとはピエロなんかやりたくないんだ。だって怖いだろ。こんな顔でこんな衣装着ているやつが、踊ったら」
白塗りの顔、人間の肌の色としてはありえない色、そこに不自然なほど真っ赤な唇、固定された表情、そしてその顔に不釣り合いなコミカルな衣装とダンス。ピエロのどこを切り取っても不気味でしかない。
「おいおい、自分の役をそう悪く言うもんじゃないぜ、カイ。お前が踊ればみんなが笑ってくれる。お前のステップはみんなを笑顔にする。そう思えばいいじゃないか」
「この顔でも?」
ぼくは鏡越しではなく、直接ジュリの顔を見た。
「この顔でもお客さんを笑顔にできるって言える?」
ジュリは困った顔をして黙った。その沈黙が答えだ。
ジュリは知らないだろうが公演終わりにテントの前で風船を配っていたら、自分よりも少し年下の子どもたちがぼくを見て逃げていく。その惨めさといったら。花形のジュリにはわからないさ。公演後、ひとりで掃除している方がまだマシだ。
他のピエロには、怖がることはあっても逃げるほどではない。
このサーカス団の特徴でもあるが、ピエロのメイクはひとりひとり違う。笑っている顔、怒っている顔、泣いている顔、そのバリエーションは実に豊富だ。
誰がどの顔をするか、それは階級で決められている。階級が上に行けば行くほど、キャッチーな顔になる。そして下になればなるほど、ネガティブな感情を映し出した顔になる。ちなみにぼくは最下層だ。
思うに、ピエロそのものの存在が怖いのではなく、ぼくのこの顔、このメイクが子供たちの恐怖心をあおっているのではないだろうか。
ぼくだって、できることなら、自分の顔を鏡で見たくない。
だって、ぼくの顔は……。
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