天使の慟哭

NEURAL OVERLAP

第1話

 摩天楼の夜景が蜃気楼のように浮かぶスラム街、路面を濡らす雨水はネオンの明かりを反射して、まだら模様の波紋を描いていた。

 排水溝から立ち昇る蒸気でかすむ空には、サイレンを鳴らすポリスドローンがライトを照らしながら飛行するのが見えた。


 狭い路地で傘を差した人々が往来する中、防水コートを着込んだ女がひとり、その雑踏の合間を縫いながら、目的の場所に向かっていた。

 耳にはめたマイクロデバイスから無機質な声が聞こえてくる。

「六十六番街にトランスビースト変容獣が出現。すぐに急行するように」

「……了解しました」


 女は雑踏の中で肩がぶつかると相手に「ちっ」と睨まれたので、急いで手帳を見せて一言詫びた。

「ごめんなさい、警察の者です。急いでいるので」

 やがて目的の場所に近づくと、逃げ惑う民衆の姿と悲鳴が聞こえてきた。押し寄せる民衆の波に逆らうように、ゆっくりと進んでいく。


 目の前に現れた者は、体からぬるりとした六本の触肢しょくしを生やした、蜘蛛のような異形の怪人。触肢にはぼろぼろになった衣服の残骸がぶら下がっていた。

 顔面に並ぶ六つの目玉が、同時に女のほうをぎょろりと睨んだ。


 女はコートのポケットからタブレット電子端末を取り出し、右手にデジタルブラシペンを握ると、画面に絵をすらすらと描きはじめた。

「ドローイング、『騎士の憂鬱ゆううつ』」


 その怪人は触肢に刺さった残骸を投げ捨てると、よだれを垂らしながら女に向かっていった。六本の触肢が上下左右から襲いかかる。

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