君がアオハル、になる時

うんこ

第1話 彼女の秘密

春斗君。

僕はそう呼ばれた様な気がした。

甘やかな声は聞き覚えがある。

そう、彼女、陽菜のあの優しい響き。

僕は涙が出そうになった。

あの日、初めてであった日のことを思い出す。

初めて言葉を交わした日。

初めて手を繋いだ日。

すぐにでも彼女を抱きしめたい。

だけど、彼女はもう……


この世界にはいない。


僕が愛し、そして愛された女性はもういないのだ。

彼女の死を知らされた時、目の前が真っ暗になった。


余命一年、そのタイムリミットが分かっていながら、僕は彼女が永遠に側にいてくれると信じていた。


何も考えられない。

何をすればいいのかわからない。

ただただ、絶望だけが心を支配した。


「山田さん、今日は娘のために来てくださってありがとうございます」


陽菜の遺影を前に、彼女の母親が僕に頭を下げた。


陽菜の母親とは何度か顔を合わせたことがある。

優しげな表情で微笑むその姿は、やはりどこか陽菜に似ていると思った。

陽菜の父親も僕の横に立っている。

こんな形で初めて陽菜の父親と出会いたくなかった。

彼は僕と目が合うと、「やあ……」と弱々しく笑った。

僕はそんな彼の顔をまともに見ることができなかった。

なんと言っていいか分からない。

どんな言葉を発しても嘘くさく聞こえてしまうような気がしてならない。

それはきっと、彼が一番分かっているはずだから……。

だから、僕は黙って頭を下げることしかできなかった。

やがて、葬儀が始まる。

粛々と進む式の最中、僕はずっと下を向いていた。

参列者は皆、目に涙を浮かべている。

その中には、陽菜の同級生と思われる子供達の姿もあった。

皆、陽菜の死を受け入れられない様だ。

無理もないと思う。

まだ高校三年生だった少女がこの世を去ってしまったのだから。


「春斗は将来何になりたいの?」

「そうだな、まだ決めてないよ」

「絵が美味いじゃん、漫画家とかデザイナーとかどう?」

「ははは。そこまで才能ないよ」

「陽菜は?」

「う~ん、私は……」


「あ、ごめん……」

「いいよ。春斗は私の分まで生きて楽しんでよ」


君がいなけりゃ生きてても楽しくないよっ!


僕は人目もはばからず泣いた。


泣いている間中、陽菜が幸せそうな笑顔で僕を見ている気がした。


「春斗、私の分まで生きて」


そんな……


ねえ、どうして? どうして僕を置いて行っちゃったの?

お願いだよ、答えてくれよ……陽菜ぁ!!


式が終わった後、僕は一人で立ち尽くしていた。


「春斗君」


呼び掛けられ振り返る。

そこには陽菜の父親が立っていた。


「陽菜のお父さん……」

「少し話さないかい?」


僕は無言のままコクリとうなずく。

二人で近くの公園に向かった。

ベンチに腰掛け、お互いに口を開くことなく沈黙が流れる。

しばらくして、陽菜の父親は静かに語り出した。


「娘が死んだことは残念だが、これは運命なんだと思って受け入れるしかないんだろうね……」

「運命ですか……」

「ああ。私たちの寿命はこの世界ではあまりにも短い。それを嘆いても仕方がないんだよ。それに私たちは、娘にたくさんのことを残せたと思っている。娘は君を愛していた。だからこそ、これから君は人生は自由に生きてほしい。それが親としての最後の願いだ……」

「…………」


だけど、僕はすぐ立ち直れるだろうか。


大学でコンピュータ化学の教授である陽菜の父親。

彼は娘が死んだというのに、涙も見せず気丈に振る舞う。


それなのに僕はいつまでもメソメソしている。


「それだけ、君が娘を愛していた証拠だ」


陽菜の父親は僕の背中をポンと叩き、


「春斗君。実は君にこれを渡したい」


陽菜の父親から渡されたのは一冊のノートだった。


「じゃ、また会おう。今日はありがとう」


彼は去って行った。


残された僕はノートを開いた。


そこには驚くべき、そして悲しくて愛らしい事実が書かれていた。


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