異世界転生したのはボクじゃなくて…オレ!?

モラトリア無職エンペラー

第1章

転生したら無頼漢だった件

001

 踏んだり蹴ったりなんて慣用句かんようくを思いついた奴は、な人間だったんだろう。

 「立て続けに酷い目にった!」と言いたいんだろうが、余程の殺意がなきゃ、踏まれようが蹴られようが死なないんだから。

 不幸の度合いなら、ソイツに比べりゃオレの方がよっぽどだ。


 オレ? そうだな、言っても信じて貰えないだろうけどさ。


 泣きっ面に蜂……いや、かれっ面にドラゴンかな。



 ◆



 スマホの画面に映るのはマッシュショートの無造作むぞうさ風金髪ヘア。折角せっかくセットしたのにビルかぜで崩されたそれを、インカメラで見ながら直す。

 しかし髪を整え終えても、なんとなくいつもとは違う気がする。


リョー、今日ピアス忘れたん?」


 隣を歩く、制服に身を包んだ細マッチョがオレに尋ねた。


「ホントだ。なんか変だと思ってたんだよな」


 寝坊したので朝メシを捨て身支度を取ったが、起き抜けのアタマは十分に回っていなかったらしい。


「なぁ。もしなんでも願いが叶うならどうする?」


「フリが急だし雑すぎんだろ……まぁ、可愛い彼女かな」


 嘘をついた。

 オレが望むのは大金でも絶世ぜっせいの美女でもない。、過去に言い放った同意のセリフを言わなかったことにしたい、それだけだ。

 だがこの会話が求めてるのはマジな問答もんどうじゃなく、暇つぶしだ。


 だから言わない。


 鬼道きどうりょう、17歳、高校生。地元の埼玉を離れて都内の高校への進学を決めたことに大した理由なんか無かった。

 ただ自分の学力で行ける一番上の学校に挑戦し、それが成功しただけだ。

 市立中学に通っていたこともあり地元の友人達は勉強に熱心ではなく、オレと同じ学校に合格した人間は一人もいなかった。数メートル前方をとぼとぼ歩く、アイツを除けば。


 原田はらだ友和ともかず。通称オタクくん。


 根暗で、オタク仲間とだけ会話し、学校行事を嫌う。オレとは正反対な奴だ。暇さえあればアニメの絵が描かれた本ライトノベルを読んでいる。そんな友和は、オレの幼馴染でもあった。

 同類オタク以外のクラスメイトと関わりたがらないから周りに知られていなかったが、アイツはユーモアにあふれていて面白い奴だ。オレが知ってるマンガやアニメは少ないが、全部アイツの勧めてくれたモノだった。

 中学を卒業するまで、アイツとはおたがいの家に行って遊ぶ仲だったが、不思議と学校では絡んでこなかった。恐らくオレの周りにいる人間が苦手だったんだろうけど、今となっては確認することも出来ない。


 何故かって?

 ……友情を破壊するような一言をオレが言っちまったからだ。


 *


 都内の高校に進学したオレとアイツは別々のクラスに割り振られ、お互いに自分のクラス内で新たな交友関係を構築した。帰りの電車で会った時くらいは話したが、わざわざ別クラスに訪ねて喋りに行くほどじゃなかった。

 高2の春、進級の結果アイツと同じクラスになった。アイツは相変わらず、休み時間のたび表紙に美少女が描かれた本ライトノベルを読んでいて、変わらないその姿に呆れやら安堵やらをオレは感じていた。

 しかし何かが気に食わなかったのだろう、オレの隣で昼飯を食っていた細マッチョこと谷口が言った。


「な、リョーもオタクくんキモいって思うだろ?」


 最初は谷口含めたクラスメイト数人と昼食ついでに雑談していただけだった。しかし次第しだいに話の流れが陰口にシフトしていき、オレは会話に参加するのをやめ、空気になるのを決め込んでいた。


 だが指名されたのなら話は別だ。その状態で無視を貫けるほどオレは強い人間じゃない。

 他所よその事情は知らないが、ここでの高校生活は場の空気を乱さない事が全てと言っても過言じゃない。「そんな事言うのやめろよ!」なんて正義漢せいぎかんぶれば即干される。何か返答しないといけない。だが、何て返せば良い?


 答えは分かってる。のは「同意」の一択いったく


「ハハ……それな」


 声は震え、目が泳ぐ。どうかアイツの耳に届かないでくれ。

 祈るオレを戒めるかのように、授業のチャイムが鳴り響いた。


 その日を境に友和との交流は消え去った。

 オレの同意が聞こえていたのだろう。向こうはオレを避けるようになったし、バツが悪くて自分から謝罪することも出来なかった。


 あの時求められていたのは、確かに一択。だがそれを言うか言わないか、オレは選択肢をっていた。卑怯者のオレはそれを考えないことにしたんだ。


 *


 それが起きたのは、8月の終わりだった。


 夕方、帰宅ラッシュ真っ最中の駅のホーム。特急列車が通過するというアナウンスの直後、耳を突き刺すような女性の悲鳴がひびく。驚いて顔を向けると、ピカピカのランドセルを背負った男の子がホームから線路へ転落していた。


「誰か、誰かタクマを助けて!」


 絶叫ぜっきょうしているのは恐らく母親だろう、しかし助ける者はいない。既に電車が到来とうらいしつつあるのが見えているからな。

 緊急停止ボタンを押しに行こうと乗車列から離れると直後ブザーが鳴り響いた。誰かが線路に飛び降りる。それは見知った制服を着た、見知った顔の男。


「友和!?」


 思わず口をついてアイツの名前が出る。周りの人間がオレへ視線を注ぐが、そんな事は目の前で起こる救出劇から目を離す理由にはならない。

 男の子は落下時に頭を打ったのか、ぐったりとして目を覚ます気配はない。モタモタと男の子からランドセルを外した友和は、ホームへそれを放り投げると、男の子の腕を掴みリュックを背負うようにかつぎ上げた。

 だが、動きが鈍い。焦り、緊張、それに普段から運動していないせいもあるのだろう。

 友和がライトに照らされる。ブレーキ音がどんどん大きくなる。


 頭が真っ白になったオレは、荷物を捨てて線路に飛び込んでいた。友和の肩からぶら下がる男の子の胴体を担ぎ上げ、声を張り上げる。


「友和、ホームへ上げるのは無理だ! 向こうにある避難スペースに突っ込むぞ!」


「お……おう!」


 友和の表情は背中越しで見えないが、多分驚いているのだろう。


 足元はライトで真っ白に照らされ、聞こえるのは母親の絶叫と近づいてくるブレーキ音。


 まだか


 避難スペースは前を走る友和でも手の届かない先にある。


 はやく


 迫るブレーキ音 足元から振動すら感じる


 友和の手の届く距離に避難スペース──


 背後に巨大な鉄の気配


 まにあわない


 オレは唸りを上げて友和にタックル 抱えていた男の子をぶん投げる


 1秒が1時間にも感じる。まるでスローモーションだ。刹那、避難スペースに背中を打ち付けた友和と目が合う。何か言おうと口を開け──


 ゴ という音と共に、オレの意識は途切れた。



 ◆



 体がガタッと揺れたのを感じ、急速に覚醒が近づく。授業中に居眠りした奴がたまになるアレだ。大概はその後1日はイジられる。


 あぁ嫌だ……いま何限目だっけ?

 そう思いながらまぶたけると、そこは見知らぬ森の中だった。


「は?」


 ただの森ならまだ良かったのかもしれない。いや良くはない。

 気になるのは、自分が立っている周囲一帯が明らかに火災が起きた後だということ。

 家だったであろうモノは基礎だけを残しボロボロに焼け落ち、炭臭さと共にを感じた。

 頭の中が疑問で埋まり、思考を停止しそうになる。が、一瞬で我に返った。


「オレ……裸じゃん」


 全裸のまま知らない森に佇んでいる。一体何の冗談だ?


「聞いたことのない言語だな」


 背後からグルルルと、獣が喉を鳴らしたような低音が聞こえた。耳に入っているのはそれだけのはずだが、頭の中では意味ある言葉として理解されている。


 恐る恐る振り返ると、そこには竜が仁王立ちしており、こちらを見下ろし睨んでいた。


「あ……あぁ……」


 その場にへたり込む。修学旅行のお土産にデザインされているような胴長のではなく、ファンタジー映画に登場するタイプの、

 真っ青の鱗に身を包んだそれは、大きい生物なんて表現じゃ到底足らない。言うならば、手足が生えた5階建てのマンションだ。


「貴様、なぜ焼き殺され続けようとも反撃しない」


 竜がうなる。右の耳元で風切り音がしたと認識した瞬間、地面を強い力で叩く鈍い音が響いた。何事かと眼球を向ける。


 オレの右腕が、根本から無くなっていた。


 竜が尻尾を一振りしたのだと遅れて気付いた。

 あまりの異常事態に脳が痛みを認識せず、あごがガチガチ震えて声を上げる事すら出来ない。


「空から来たる尖兵せんぺい共と違いヒトの姿に化けておるが、我が炎に焼かれ死なぬなどヒトの身で出来ようはずもない! 吾輩わがはいの目は欺けぬぞ!」


 竜がえる。自分の何百倍も大きい異形いぎょうにらまれ、見下され、恫喝どうかつされ、何かを言い返せる人間がいるだろうか。今まで感じたことのない絶大な恐怖に涙腺るいせんを刺激され、涙が止めどなくあふれる。


 竜はオレから目線を外し天をあおいだ。


「確かにここは彼奴きゃつらの拠点だった……なのに此奴こやつが混沌をまとっていないのはなぜだ……?」


 再び竜に見下される。


「ひとまずは、去る。しかし覚えておけ。吾輩はお前を


 そう唸ると、竜は地をり、羽ばたく音だけを残してはるか空へ去ってしまった。飛び立つ際の衝撃と風圧がオレ襲い、地面を転がる。涙に濡れていた顔は灰と土にまみれた。


「夢であってくれ」


 目を閉じる。


「これは夢だ」


 自分に言い聞かせるように繰り返す。


 しばらくそのまま寝転んでいると、張り詰められていた緊張の糸がぷっつり途切れた。

 押し寄せてきた疲労感に身を任せ、遠くから聞こえた規則正しい足音を子守唄にしてオレは意識を放り投げた。

 

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