第44話 待ち合わせ


「わ~!かわいい!」

「ニンジンもお食べ~」

「こっちのキャベツも甘いですよ~」


 建国祭当日、晴天。

 本日は国を挙げての祭典です。

 競馬場の施設内に作られた子供向けのテーマパーク「ふれあい広場」にて私とキャロル先輩がキャッキャうふふとウサギやモルモット、ポニーと戯れる中、男衆は柵の外からほほ笑ましく見守っている…なんて。


 そーんなダブルデートを想像してました!!

 私の想像力が貧弱ですって!? ああその通りですよ!!

 全くそうはならなかったこの現実!!! どうしてくれようか!



「ジークの妹!」

「はい!」

「いいか、はぐれるんじゃねえぞ!」

「はい!」

「お前はこっちの陣営だ、いいな!」

「はい!」


 にぎわいを見せるメインストリートの喧噪を遠くに聞きつつ、私はとある陣営の裏方でモブAと向かい合い体育会系の唱和を繰り返していた。


「くそ、あっちには絶対負けねえからな…」

「ソウデスネ」


 普段は飄々とした感じのモブAが珍しく闘志をむき出しにしているのにビビりつつ、オウム返しに返事をする。

 あのですね…今回のこれ、私本当にあんまり関係ない…んですよ?


 というか完全に巻き込まれ!

 成り行き上仕方なかったからとはいえ、ピリピリしてるモブAちょっと怖いよ~! 

 わああん、キャロル先輩! 私を一人にしないでほしかった~。ほんと、本日が無事終われと願うことしかできない。


 ほんと、どうしてこうなった!!


 もう一体何がどうなってこの状況になったのかって言うことなんだけれども、話は数時間前に遡る。




 ****



「げ、なんで制服なんだよ…」


 待ち合わせ場所に現れたモブAは開口一番にそうつぶやいた。

 モブAは白いシャツにブルーグレーのベスト、黒のスラックスにゴツめのブーツ。シンプルに品がよいけど、一般の人混みに紛れても大丈夫そうな感じ。ちゃんとデートっぽい。さすが器用。

 一方私はいつもの制服にピンクのリュックを背負っている。


「だって何を着ていけばいいか分からなかったんですもの…」


 そうなのだ、私も最初はデート服を考えた。だが私もロゼッタもこの国のデート事情にうと過ぎた。


 この王都での流行とか? さっぱり分からない。

 ロゼッタの記憶の中にもあまりその情報は無かったし(そもそも入学してすぐに私の意識が目覚めちゃったので)、同級生と街に出掛けたことも無かった。皆がどんな服を着ているのかもよく知らない。


 完全敗北。…誠に遺憾である。


 しかも行先は競馬場だし、あからさまに貴族だと分かるような服装も良くないかなとか思ったり。

 今現在のこの国の治安ってよく分からないけれど、ストーリー上ゲーム後半あたりから不穏なことになってくるので。

 いちおう制服なら魔法学園の生徒って分かるし、舐められないかと思ったんだけど、モブAのこの反応だとやっぱり間違ったかもしれない。


「おはよう」

「げ、お前もかよ」


 振り向くと、そこには制服のロイド先輩がいた。うむ、仲間だ。

 示し合わせたわけでは無いのだけれど、迷ったら制服。一応フォーマルだしTPO的にも問題ないよねって。


「おまたせ~!! あれ! ロゼッタちゃん制服!? ロイド様も!?」


 少し送れてキャロル先輩も登場。

 集合時間より10分も前に全員到着です。すばらしい。

 時間にルーズな人がいないっていいね! 


 キャロル先輩はさわやかな水色のストライプが入ったシャツワンピースに小さなポシャット。えーかわいい。私服可愛い。とても可愛い。


 なるほど、デートにはこんな服を着ればいいのか(今まさに学んだ)。ゆったりしているのにキュッとウエストが絞られているのがステキ。そしてウエストほっそいですね!



「キャロル先輩ワンピース素敵ですね~!!」

「ありがとう。ロゼッタちゃんも私服かと思ったのに…」

「えっと、すみません。ちょっと何を着ればいいのか分からなくなったので…」


 残念がるキャロル先輩にちょっと胸が痛む。


「すまない、俺も何を着ればいいのか分からなかった」


 はい同じ! ロイド先輩も私と同じでした! でも予想外!! 私のバカ。二人が制服だとペアが違うみたいに見えちゃうじゃん! たとえへっぽこでも流行を外していても私服を着てくればよかった!


「ロゼッタちゃんの私服が見たかったのに~、残念!でも私が誘ったのも急だったよね、ごめんなさい。今度お出かけするとき楽しみにしてるね!」

「はい~、次の機会には頑張ります…」

「うん! 絶対だよ!」


 ううう、キャロル先輩の笑顔がまぶしい。

 オシャレして出掛ける文化に初めて触れたよ文明開化。

 すみません懺悔します。さっきのは半分嘘です。


 ロゼッタの持っている服はお嬢様のドレス、ワンピ、学校指定の制服、ジャージ等なのですが…。

 ドレッサーの中身。ロゼッタのワンピース、みんなすっごく可愛くって気後れしたんです! こう…フリルやレースがふんだんに使われていて、すっごく可愛いやつ。

 現代日本でも一部の方に愛用される系のやつ!

 

 私の一方的な印象なんだけど、なんだかこれを着たらデートに気合いが入り過ぎてるみたいな気がして、気恥ずかしかったというか何と言いますか…。

 えっとロゼッタが可愛いのは分かっるし、ちゃんと着て鏡も見たけどめっちゃ似合ってて可愛かったのだけれど、…でも、脳内のアラサーが「ムリ」って言ったんだ。


 いわゆる敵前逃亡です。

 勝負のリングに上がらないのはやっぱりだめよね(何と戦ってるんだろう私)。



 …別にモブAは私が可愛い服着ていてもバカにしたりはしないと思うし、あんまり興味もないだろうと思ったのだけれど冒頭に『げ』って言われたからたぶん私が間違えた。


 ダブルデート奥が深い。至らぬわたくしをお許しください。

 無難な制服に逃げてしまいました。


 こういうとき背中を押してくれる人がいればよかったな、って思ったけど、今回の件…お兄様には内緒だから。

(ちなみにお兄様は教会主催のバザーのお手伝いに行っています)



「貴殿は…たしかAクラスのロバート・リングベイル殿だったか。きちんと話をするのは初めてだったと思う。今日はよろしく頼む」

「ああ、今日は世話になる。俺のことはロバートでいい。こっちもロイドと呼ばせてもらってもいいか?」

「もちろんかまわない」


 一喜一憂する女子チームを横目に、男子チームも最低限の言葉を交わしている。


 へえ、モブAとロイド先輩ってお兄様案件で顔見知りなのかと思ったけど、きちんと話したことは無かったんだね。でもたしかにモブAはモブだし、同学年でも口をきいたこと無い人なんて普通にいるよね。

 お兄様とアルフレート先輩の様にのっけから対立!みたいなことにはならなさそうで良かった。…あれはまあ、ああいうコミュニケーションなのだと思おう。



「では行こうか。その角の先に馬車を待たせてある」


 そう言ってロイド先輩が私たちを先導した。

 有難いことに今日はイーズデイル家の馬車で郊外の競馬場まで行くことになっている。聞くところどうやらけっこう遠いらしい。


(私も一人で向かうことになるなら乗合馬車を使おうと思っていたのよね)


 魔法学園はこの街の西の端にあるので競馬場は中央のお城を超えてその反対側、街を出て街道を進んだずっと先にある。さすがに歩ける距離ではないみたい。


「私、乗合馬車で行くのかと思ってました…」


 ロイド先輩の隣を歩くキャロル先輩がつぶやいた。


「ああ、俺も最初はその予定だったのだが、家の者に君たちと一緒に行くと伝えたら非常に喜んでくれて馬車を一台用意してくれた」


 さすが名門貴族イーズデイル家。

 この王都に邸宅を持っている上に学生のロイド先輩にまで馬車を回してくれるとか普通にすごい。

 私たちは正門前の赤いレンガ敷きのターミナルを横目にイーズデイル家の馬車へと向かう。学園前ってちょっとした広場というか乗合馬車の停留所も兼ねているのよね。


 いやしかし学園前のターミナルに馬車を横付けできる家ってそうそうないよ?


 私たちも素直に二人の後をついて歩く。

 モブAは特に話すことも無いらしくてさっきからだんまりだ。


(まあ別にそれで全然かまわないのだけど)


 それはそうとこの世界、馬車はあるけれど自動車は無い。

 もちろん飛行機も汽車もない。一見して産業革命以前(?)のような文化レベル見えるけれど、そこは魔法文化。

 馬車で移動するより遠くへ行く場合は、一瞬で行けちゃう【魔道の小径】なんていうものがある。もちろん利用するには少々お高い金額が掛かるし、システムは国が管理しているのでほいほいと簡単には使えないのだけど。

 つまり発明的に痒いところはすべて魔法が補っており、生活は現代の日本になんら引けを取らないってこと。マホウベンリだね。


 あとこれは私の主観だけど、『精霊樹』に見守られているこの国には巨大工場とか似合わないので、これで良いんだと思う。



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