三章 運命との出会い

 囲むのは手にてに剣や斧をもった『いかにも』な風貌の男たち。

 囲まれているのは、それとは対照的に優雅で洗練された雰囲気の、気品高いが、それ故に冷徹そうに見える美丈夫びじょうぶだった。

 ――貴族みたいね。

 メインクーンはそう判断した。

 別にむずかしい判断ではなかった。メインクーンでなくても囲まれている美丈夫の姿を見ればそう思ったことだろう。銀の滝のような見事な銀色の長髪を編んで後ろにたらし、豪華ではないが上品で洗練された衣装を身につけている。これ見よがしに高価な服ではない。わかる人間にだけわかる、さりげなく金のかかった服だ。そのことが『成金』ではない、歴史と伝統に裏打ちされた本物の貴族であることを物語っている。

 左右の腰に一本ずつ、計二本のサーベルを差している。その肌は男としては信じられないほどに白い。まるで、生まれてから一度も屋敷の外に出たことのない深窓の令嬢のような肌だ。貴族的な端整な顔立ち、冷たい眼差しとあいまってまさに『白皙はくせき貴公子きこうし』と呼ぶのがぴったりはまる人物だった。

 まだ二十歳はたちかそこらだろう。メインクーンの兄。そう言っておかしくないほどの年齢だ。

 周りを取り囲むゴロツキたちは貴公子よりも頭ひとつ分以上、低かった。いつでも襲いかかれるよう、腰を低く落として身構えているのでよけいに低く見える。まるで、一〇人以上のこびとたちが人間を取り囲んでいるように見える。

 と言って、ゴロツキたちが実際に小さい、と言うわけではない。人並みの身長はある。貴公子のほうがずば抜けて背が高いのだ。

 銀の髪といい、ずば抜けた長身といい、ヴェガの貴族にしてはめずらしい風貌ふうぼうの持ち主だった。

 貴公子の足元には一頭の騎竜が矢を受けて倒れていた。

 騎竜に乗って旅をしている途中、待ち構えていた盗賊たちに矢を射かけられて騎竜を殺され、そのまま取り囲まれた、と言うところだろう。別にめずらしいことではない。旅人が盗賊に狙われるなど、恐竜に踏みつぶされるのと同じぐらいよくあることだ。しかし――。

 騎竜を殺され、武器を手にした一〇人以上のゴロツキたちに囲まれていると言うのに、貴公子には怯えた様子ひとつない。うろたえてさえいない。それどころか、冷徹な視線でゴロツキたちを射貫き、圧倒すらしている。

 恐怖のあまり硬直こうちょくしているとか、虚勢きょせいを張っているとか、そう言う訳ではない。冷静に彼我ひがの力を見極め、自分に危険はないと判断しているのだ。それだけ強い、と言うことだ。たったひとりで一〇人以上の荒事あらごとの専門家を相手にし、傷ひとつ受けることなく返り討ちにすることができるほどに。

 ――まあ、それぐらいでないと、このラ・ド・バーンでひとり旅なんて出来ないしね。

 メインクーンはそう思った。

 とは言え、それはゴロツキたちも同じ。

 街道に網を張って旅人が通るのをまつ。

 口で言うのは簡単だ。しかし、このラ・ド・バーンでそんなことをするのは至難の業。待ち伏せなどしていたらいつ何時、自分たちの側が恐竜や魔物に見つかり、襲われるかも知れないのだ。

 ラ・ド・バーンで盗賊稼業を行うと思ったら、自分たちも常に移動する。そのさなかで獲物を見つけたら一気に襲い、一気に奪い、一気に逃げる。それを繰り返す。それが普通だ。それなのにわざわざ網を張っていたからにはそれなりに腕に自信もあるのだろうし、修羅場もくぐり抜けてきているはずだ。そんなゴロツキたちがたったひとりを取り囲んでいるというのに手を出せずにいる。それどころか緊張し、怯えの色さえ見せている。修羅場をくぐり抜けてきた荒事のプロだからこそ、目の前にいる相手の強さを感じとり、恐怖しているのだ。それでも、逃げようとしないのは見上げたものだと言えたかも知れないが。

 ――ただの盗賊じゃない、か。

 メインクーンはそう判断した。

 単なる盗賊集団なら身の危険を冒してまで襲うはずがない。危険な相手は素通り願い、安全に襲える相手だけを襲う。それを恐怖しながらも取り囲んでいると言うことは……。

 ――暗殺を依頼された専門家集団。そんなところね。

 このままじゃまずい。

 メインクーンはそう思った。

 「このまま緊張状態がつづけば耐えきれなくなって逃げ出すかも知れない。かと言って、実際に襲いかかればまちがいなく返り討ちに遭う。そうなったら、わたしの出番がない。わたしの出番がなければ恩を売ることが出来ない……」

 現実主義の〝知恵ある獣ライカンスロープ〟らしく、メインクーンの判断は打算的だった。せっかく、ヴェガの貴族とおぼしき人物が襲われているところに出っくわしたのだ。ここは、何としてもかの人を助け、恩を売っておきたいところだ。

 「……あの顔からすると、素直に恩を恩として受けるようにも思えないけど」

 それでも、とにかく、恩を売っておいて損はない。

 その判断のもと、メインクーンは騎竜を走らせてその場に急いだ。

 

 ゴロツキたちは戸惑っていた。

 メインクーンが見抜いたとおり、このゴロツキたちは野山に伏せる盗賊などではなかった。〝丘〟を拠点に活動し、充分な報酬さえ支払われれば誘拐・襲撃・放火・暗殺、なんでもこなす荒事の専門家たちだった。専門家として当然、今回、暗殺を依頼された相手が大国ヴェガでも有数の剣士として名高い人物であることは知っていた。そんな相手を殺すとなれば自分たちにも危険が及ぶと言うことも。

 しかし、何と言っても数がちがう。こちらは一〇人以上いるのだ。いくら腕が立つと言ってもこれだけの数の差があれば……。

 そう思っていた。ところが――。

 相手の落ち着きはゴロツキたちの想像を超えていた。いくら腕に覚えがあっても武器をもった一〇人以上の敵に囲まれれば少しはあわてるなり、怯えるなりするものだろう。それなのに、この相手にはそんな様子が微塵みじんもない。

 虚勢を張っているのではない。

 本心からまったく動じていないのだ。

 その程度のことはわかる。裏街道を歩んできたとは言え、多くの修羅場を経験し、そのすべてを乗り越えて、生き抜いてきた猛者であることにはちがいないのだ。

 ――こいつはマズったか。

 ゴロツキどもの頭はそう思った。

 いままで見たこともない破格の報酬につられて承知したものの、これほどまでに危険な相手だったとは。どんなに報酬を積まれても断るべきだったかも知れない。

 いまからでも逃げようか。

 しかし、逃げて逃げ切れる相手とも思えない。そもそも、一度、依頼を受けておきながら相手を怖れて逃げ帰ったとなれば荒事の専門家としては致命的だ。もう誰も自分たちに依頼しようとはしなくなるだろう。

 そうなれば、いまさらまっとうな道を歩むことなど出来ない身。雨風に打たれながら、恐竜や魔物の闊歩かっぽする危険な野山を巡り、運良く巡り会った獲物を狩る、そんな危険でみすぼらしい盗賊稼業に身を落とす以外にない。

 それもゴメンだった。

 「やめておけ」

 そう静かに口にしたのは白皙の貴公子の方だった。

 その冷徹な表情にふさわしい、高く澄んだ、しかし、冷たく無機質な声だった。

 「な、なんだと……?」

 「やめておけと言った。誰から依頼されたか、おおよその見当は付く。だが、お前たちにおれは殺せん。おれもよけいな手間などかけたくはない。さっさと逃げろ。追いはしない」

 「黙れ! 舐めんじゃねえぞ、この若造が!」

 ゴロツキの頭は叫んだ。

 剣を構え、身を低く構えた。いままでのような威嚇いかくのための構えではない。相手に突っ込み、その生命を奪う。たのための実戦の構えだ。

 貴公子の言葉が逆に度胸を決めさせた。荒事の専門家としてこんな舐めた口を効かれてそのままにしておくわけにはいかない。裏家業にも裏家業なりの意地と誇りというものがある!

 他のゴロツキたちも頭につられて襲撃の構えをとった。相手がまだ剣も抜いていないという事情もあった。

 ――いくら強くても剣を抜く前に一斉にかかれば。

 その思いがあった。

 ゴロツキたちが一斉に襲いかかろうとした。そのときだ。

 「そこまで!」

 凛とした声と共にメインクーンがやってきた。呆気にとられたゴロツキたちの隙間を通り抜け、白皙の貴公子の隣に駆けつける。

 「なんだ、てめえ!」

 ゴロツキのひとりが叫んだ。

 白皙の貴公子はジロリとメインクーンをにらんだ。

 「冒険者か?」

 「ええ。助太刀するわ」

 「ふん。余計なことを」

 白皙の貴公子は感謝の欠けらも示さなかった。

 メインクーンは貴公子を見上げた。

 「なに、その態度? せっかく、助けてあげるって言っているのに」

 「余計なことだから余計なことと言った」

 「あのねえ」

 メインクーンはゴロつきたちを無視して貴族の青年にに向き直った。両手を腰に当て説教する。いきなり自分たちを無視して無防備な背中をさらすその態度にゴロツキたちの方が呆気にとられたほどだった。

 「お母さんから教わらなかったの? 『受けた恩を返さないものは人間にも劣る』。他人の親切には感謝するものよ。まして、こんな美少女が助けてあげるって言っているのよ。感謝のあまり、喜びの声を張りあげるのが普通でしょう」

 「小娘などに用はない」

 「小娘などにってことは……ゲイ?」

 「誰がゲイだ⁉」

 「別に隠すことないわよ。貴族には多いって聞くし。ああ、安心して。他人の趣味にとやかく言う気はないから。でも、性的対象として見るかどうかはともかく、かわいい女の子を誉める心は男として必要よ」

 「だから、私はゲイではない!」

 「じゃあ、ロリコン?」

 「なぜ、そうなる⁉」

 「ゲイでもないのに、わたしに興味をもたないなんてロリコンとしか……あっ、逆にフケ専?」

 「ちがう! 私は単に色恋沙汰に興味はないと言っているのだ!」

 「なんだ。単なる社会不適応者か」

 「そう……なわけがあるか!」

 「てめえら、漫才もいい加減にしろ!」

 すっかり無視されて頭にきたゴロツキの頭が叫んだ。メインクーンは思い出したように振り返った。

 「なに? まだいたの?」

 「てめえ……」

 メインクーンの言い方が小馬鹿にしたものではなく、本当に忘れていたとしか思えないものだったので、ゴロツキの頭はよけい、頭にきたらしい。目に危険な光がほとばしった。

 メインクーンは無視して言った。

 「あなたたちもこれが初仕事ってわけではないんでしょう? おとなしく捕まる気はない? ここからならスノードロップが近いし、そこまで素直に付いてくるなら……」

 白皙の貴公子が口をはさんだ。

 「やめておけ。無駄なことだ」

 「戦う前にまず交渉。それがわたしの師の教えなの」

 「そういう意味ではない。こいつらをスノードロップに差し出しても無駄だと言っている」

 「どういうこと?」

 「こいつらの雇い主がスノードロップの領主、グラウカだからだ」

 「てめえ……⁉」

 ゴロツキの頭の目に狂暴な光が走った。それを知られているとは思わなかったのだろう。動転し、一斉に襲いかかった。

 メインクーンが両腰の長刀と短刀を、白皙の貴公子がやはり、両腰に差したサーベルを、それぞれ瞬時に抜き放った。白刃が一閃し、メインクーンはたちまちのうちに三人のゴロツキを地にはわせていた。殺したのではない。太股を差し貫き、戦闘力を奪ったのだ。

 ――次……!

 四人目の獲物を求め、目をめぐらした。だが――。

 なんということだろう。残りのゴロツキたちはすでに倒れていた。しかも、その全員が一刀のもとに絶命していた。一〇人近い相手に囲まれながら一瞬のうちに斬り倒すとはいったい、どういう剣の腕なのだろう。まして――。

 ――このわたしが三人倒す間に倍以上、倒すなんて……。

 並の剣士ではひとりだって倒せていない時間のはずだ。それなのに……。

 「……強いのね」

 メインクーンの声に感嘆かんたんの思いがこもった。

 もちろん、強いことはわかっていた。しかし、まさかこれほどまでとは。この一年間の冒険者家業でもこれほどの剣の使い手に出会ったことはない。強いて言えばシリウスの宰相、すばるぐらい。その昴と同等かそれ以上。つまり――。

 ――わたしより確実に強い。

 自分はこの一年間で確実に強くなった。それでも、昴にはまだ及ばない。その昴より強いとなれば――。

 ――この男とは喧嘩けんかしないことね。

 メインクーンはあっさりとそう決めた。

 〝知恵ある獣〟は人間とはちがう。自分より強い相手とわざわざ戦うような真似はしないのだ。

 「だから、余計なことと言った」

 白皙の貴公子は当然のように言った。両手にもった二本のサーベルの血を払い、さやにおさめる。

 「こいつらもおれの手にかかったほうが苦しまずに死ねたのだ」

 「たしかにね」

 メインクーンは素直に認めた。メインクーンの手にかかった三人はいまだに傷の痛みに地面でのたうち回っている。

 「その腕なら『よけいなこと』扱いも許してあげるわ。無礼で、非礼で、失礼なのはかわらないけどね」

 「……ふん」

 「わたしはメインクーン。見ての通り〝知恵ある獣〟の冒険者よ。あなたは?」

 あなたは?

 そう尋ねてはみたものの、素直に答えるとは思っていなかった。ところが、白皙の貴公子はあっさりと答えた。メインクーンの運命をかえることになるその名前を。

 「エリンジウム公爵アドプレッサ」

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