3‐28新たなる皇帝の誕生と日蝕

 青天に鐘が響きわたった。

 即位の儀の始まりを報せる鐘だ。神韻しんいんたる響きは都一帯にまで拡がった。


 即位の儀は宮廷にある天壇てんだんという神殿でりおこなわれる。宮廷は民が踏みいることのできない領域だが、この時だけは民にたいしても宮廷の扉は開かれることになっていた。六十段もの階段をあがった天壇の最上階には壁のない宮殿があり、皇帝はそこで儀礼を挙げることになる。


 民が天壇のまわりを埋めつくし、新たなる皇帝の誕生を待ちわびていた。高官や士族を含めた上級民は最上階の宮殿を取りまき、頭をさげ続けている。彼らは一様に白い礼服をきていた。

 ただひとり、青い礼服に身を包んだ錦珠ジンジュが天壇にむかって石畳を進んできた。民の祝福を一身に受け、錦珠は慈しみの微笑で袖を振る。


 皇帝となるのは錦珠をおいて、ほかにはいない。


 万事、錦珠の思惑どおりに進んでいる。

 皇帝は崩御し、政敵であった星辰シンチェンは命を落とした。累神レイシェンは冤罪を免れたが、心を壊して後宮の離宮りきゅうにこもったきりだという。もっとも累神は廃嫡であり、はじめから錦珠の敵ではなかった。


 錦珠ジンジュは悠々と階段をあがる。

 彼のために敷かれた、皇帝へのきざはしだ。


 後は、士族しぞく星辰シンチェンを支持していた高官たちを服従させれば、錦珠の敵となるものはいなくなる。

 士族や老いた高官たちは敬虔だ。天意という言葉を無条件に信頼している。だから、日蝕という天文現象と儀式の日時をあわせたのだ。

 錦珠が日輪を統べる皇帝であると証明すれば、誰もが錦珠の神威しんいひざまずき、逆らおうなどと愚かなことは考えなくなるだろう。


シンの民よ」


 最上階にたどりついた錦珠が民にむかって、語りかけた。


「天の御光みひかりとは万民ばんみんに等しく、授けられるものである。天地に等しく朝が循環めぐるがごとく、天の御光とはあまねくひかり渡るべきだ」


 湧きたつように民の歓声があがった。


「だが、いま、シンの御光は大陸の総てには照り渡っていない。私は今こそ大陸を統べ、シンの威光をもって万民を導こう」


 錦珠は頭のなかで時を測っていた。


 さあ、いよいよだ――


「みよ、星の新たな皇帝に日輪すらも跪き、忠誠を誓うであろう」


 天がにわかに掻き曇った。

 日輪が端から陰りだす。日蝕という現象を知らない民は天異に恐慌する。

 新たなる皇帝は日輪をも統べる――宮廷巫官の神託を想いだして、高官も士族も一様に震えあがった。


 日輪を奪われて、たちまちに地がれ塞がる。


 あれほど青かった天が鈍色にびいろに濁った。


 早暁そうぎょう、あるいは黄昏時を想わせる帳におおわれ、真昼だとはとても想えなかった。篝火が燈された天壇の最上階だけが暗がりに浮かびあがっている。


天光てんこうシンの民がために照る」


 不動なる錦珠の声が響き渡った。


「あなたがたに問う。あなたがたはシンの民か。私の民だと誓えるか」


 民は錦珠ジンジュにむかって跪き、拝みだす。

 士族たちも袖を掲げ、揖礼ゆうれいして恭順きょうじゅんの意を表した。シンの民に違いありません、どうか御光を与えてくださいと。


 錦珠が勝ち誇ったように笑む。


 刹那。

 暗天にあかが、ひるがえった。


 姑娘むすめだ。じゅみどりくん。白服の群にどうやって紛れていたのか。突如として天壇に現れたあか姑娘むすめは士族の人垣を割って、静々と錦珠の前まで進む。


 姑娘――イーミャオは、高らかに声をあげた。


「神の託宣が降りました」

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