3-11「あんた、第一皇子つきの女官にならないか?」

「ちょっ、いきなりですか、累神レイシェン様」


 物陰から袖をつかまれ、裏路地に連れこまれたミャオは非難の声をあげた。


「逢引みたいで、なかなかに刺激があるだろう」


「別に刺激とか要らないんですけど」


 ふつうにびっくりする。


「仕事が終わるまで待ってられなくてな。あんたの職場にいってもいいんだが、俺と親しいことはふせておきたいんだろ?」


「うぅ、そのお気遣いは助かりますけど」


 ただでも先輩女官から「錦珠ジンジュ様となにがあったの!」「御寵愛ごちょうあいなの!?」と散々問い詰められて辟易しているのだ。累神レイシェンとの関係まで噂されては堪ったものではない。


「あんたの読みは外れないな。あたりだった」


「……例の密輸ですか」


 累神は声を落としていう。


「ああ――武器だった」


 物騒な言葉に妙が瞳を見張る。


「正確には大砲だな。大陸の北部でふたつの小国が争っているのは知ってるか」


「いやあ、遠いところの話はいまいち、わかんないですね」


 民衆が対岸の火事に関心を持つのはその火の粉がこちらに降りかかってからだ。言うまでもなく、ミャオもそんな小市民のひとりだ。


「争っているのはどちらも星の同盟国でな。星は同盟国同士の争いにはいっさい関与しないという条約を結んでいる」


「ふむふむ、よけいな揉めごとを避けるためですね」


「そう、経済支援も武器提供および販売もしないという規約だ。だが、昨晩星の武器庫から運びだされた武器を一方の国に密輸をしていた現場を捉えた。監視していた者いわく、他国の将軍と取引をしていたのは錦珠だったと」


「わお、……これって錦珠ジンジュ様を失脚させるネタになりませんかね」


 妙が悪い顔をする。累神レイシェンは苦笑して、頭を横に振った。


錦珠ジンジュどころか、シンの信頼に係わることだからな……公表は難しいだろう。それに俺の配下が目撃したというだけでは、証拠としては弱すぎる」


「残念」


 真昼の裏路地を野良猫が通っていく。それを視線で追い掛けながら累神が「だが、解せない」と洩らす。


「錦珠が皇帝になった後、同盟を破棄して戦争を起こす魂胆ならば、他国に武器を譲るようなことはしないはずだ」


「錦珠様御自身と錦珠様を支持する強硬派の考えはまた違うのかもしれませんね。――武器って御高いんでしょう?」


 妙が親指と人差し指を輪にして、おカネを表す。


「五億は下らないな」


 そこまでいって、累神は妙の言わんとしていることを理解したらしい。


「それだけの額が動いたということはその金が何処に動くのかが重要、か」


「そういうことです」


「よし、引き続き、調査と監視を続けよう」


 その時だ。町のほうから声がした。


ミャオ! 何処にいったのよ、もうっ」


 先輩女官だ。妙は猫耳のような髪をびくんと逆だてて、振りかえる。


「やばっ、おつかいを頼まれてたんだった……いってきます」


「……なあ、あんたさ」


 累神が後ろから声をかけてくる。


「第一皇子つきの女官にならないか?」


 藪から棒になにを言いだすのかと妙は瞳をまるくした。


「そうしたら、逢いたい時に逢えるだろう。それに俺だったら、夏にあかぎれができるほどに働かせたりはしない」


 妙は咄嗟に女官服の袖で指を隠す。庭の清掃やら洗濯やらで無理をしすぎて手荒れをおこしていたのだが、累神がそんなところに意識をむけているとは予想外だった。妙は下級妃妾が何人も暮らす宮に勤めているため、毎日それなりにはいそがしいが、賄いもあるし悪い職場ではないのだ。……有給休暇はめったに取れないが。


「今の職場、結構好きですから」


 笑顔で返事して、妙はどたばたと先輩女官のもとに戻る。


「どこいってたのよ!」


 頬を膨らませる先輩女官に妙は「すみません、野良猫がいたので」と言い訳して、馬が運ぶほどの重い荷物を「よっこいしょ」と担いだ。


 職があるのはいいことだ。

 都では女子どもはなかなか職がない。妙のあねが娼妓になるほかになかったのも、どこにいっても、女は職を貰えなかったからだ。だから働けるだけで妙は有難い。


(昼の賄いも旨いし!)


 夕がたは久々に占い師稼業でもやって、おやつ稼ぎでもしようかなと考えながら、妙は先輩と一緒に猛暑の帰り道をたどっていった。

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