3‐5皇帝にふさわしいのはだれか

哥様あにさまが御商売にかかわっておられるのは御存知ですか」

「ええ、まあ」


 知っているどころか、商談に連れていかれたことも宣伝を考えたこともあった。


「あれは貿易を通じて、民の暮らしぶりを把握するためになさっていることです。あらゆる物事は連動するものですが、特にまつりごとの誤りは即日、経済に反映されます。物価が落ちついている時は政が穏やかな証です。程々にぜいたくな物であっても、民がちょっと頑張るくらいで購入できる時がちょうどいいのだと哥様は語っておられました」


 彼が娯楽ではなく、真剣に商売に取り組んでいたのはミャオも知っていたが、民の経済にまで思慮が及んでいたとは意外だった。あらためて感心する。


「なので、その」


 星辰シンチェンは睫をふせ、声を落とす。


「様々な障害を度外視して論ずるならば……なのですが、ぼくは、累神哥様レイシェンあにさまが皇帝になるべきだとおもっています」


「それは」


 ミャオが瞳を見張る。

 わかっています、と星辰シンチェンは微苦笑した。


「ぼくがこんなことをいうのは、許されないことです。ぼくを皇帝とするべく働きかけてくれている皆様にも、母様にも、とても失礼なことですから。それに哥様もそれを望まないでしょう」


 星辰が喋りながら、ふと視線を移す。

 つられて妙も視線を動かせば、飾り窓から、廻廊を渡ってくる累神レイシェンの姿がみえた。新しい書物を抱えている。まもなく房室につくだろう。


「なので、これはぼくと妙大姐ミャオおねえさまだけの内緒の話です」


「了解です。私、喋る口は堅いので」


(食べる口は緩いけど)


 累神が今、皇帝になることを望み、そのために動きだしているのだといったら、星辰はどうするだろうか。意外と助けになってくれるのではないだろうか。


 ああ、でもほんとは。


(それも、嘘なんだよな)


 皇帝にしてくれと頼んだ時の累神は、あきらかに嘘をついていた。あの嘘がどういったものなのかは妙にはわからない。心理は読めても考えが読めるわけではないからだ。


「新しい書物も取ってきた。ここにおいていいか」


「わあ、ありがとうございます、哥様あにさま


 累神レイシェンがどっさりと書物を持ってきた。


「それにしてもまた、難しい書物を選んだな」


「一度読み終えたのですが、五年前なので再読したいと想いまして」


「八歳の頃かよ……」


 楽しげに喋る累神を眺めつつ、妙は考える。


 だとすれば、累神の真の望みとはなんだろうかと。


 視線に感づいた累神が振りかえり、口の端をあげて笑いかけてきた。実の弟である星辰にむける微笑と大差のない信頼に満ちた表情が、なぜだか、妙の胸を締めつけた。

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