第三部《口》は心の門

3‐1星は禍福をさだめる

 ふるくから星の動きは神意のあらわれだと考えられてきた。

 よって、シンの宮廷には星を観測する欽天監きんてんかんという官署が設けられている。欽天監には仰星塔ぎょうせいとうという施設があり、ここで観測された天文現象をもとこよみが組まれ、まつりごとを動かす重要な占星せんせいが執りおこなわれる。欽天監きんてんかんに務める文官ぶんかん宮廷巫官きゅうていふかんは総じて占星師と称されていた。


 今晩は嵐だ。星のない晩だが、占星師たちは文書を書きとめたり計算をしたりと慌ただしかった。


 彗星を想わせる銀髪をなびかせ、仰星塔ぎょうせいとうの階段をあがってきたものがいた。

 星の第二皇子であるミン 錦珠ジンジュだ。


 占星師たちは振りかえり、袖を掲げて頭を垂れた。


「どうだい、例の日時は割りだせそうかな」


「それが、……非常に申し上げにくいのですが」


「計算できない、なんて言わないよね」


 錦珠ジンジュが穏やかに微笑しながら、占星師たちを睨みつけた。占星師は想わず後ろに身を退き、申し訳ございませんと詫びを繰りかえす。


「要領を得ないな、旻旻ミンミンはいないのか」


「こちらにおります、皇子様」


 眼鏡をかけた占星師の男がやってきた。

 旻旻ミンミンは敏腕の占星師である。彼は文官であり、巫官のような神妙なる能力はないが、計算にかんしては比肩するものはいなかった。


「計算は可能なんですよねぇ。ただ、残念ながら、いまの施設では正確な観測ができない。誤差ができ、秒まで割りだすのは……まあ、ほぼ不可能ですねぇ」


 彼は設置された渾天儀こんてんぎを差す。渾天儀とは円盤を組みあわせて造られた球形の天文観測の機材だ。


「どれくらいの予算があれば、できるのかな」


「錦珠様は御話が早いですねぇ」


 旻旻が嬉しそうにぽんと手を打ちならす。


「実は夏までに水運儀象台すいうんぎしょうだいというものを造りたいと考えています。これが発明できれば、一秒の誤差もなく、完璧に天体を観測することができます。ただ、それには莫大な予算がいるんですよねぇ」


 旻旻が錦珠にその額を耳打ちした。

 予想をはるかに超えた額に錦珠は頬をひきつらせる。指をかみながら思考を廻らせてから、彼は「わかった」といった。


「必要資金を全額、提供すると約束しよう」


「さすがは皇子様です、いやあ、まもなく皇帝になられる御方は違いますねぇ」


 旻旻ミンミンが服の筒袖を振り、わざとらしいほどに褒めそやす。自身が設計した新たな発明品を実現できることに喜びを隠せないのは研究者のさがか。


「新たな皇帝、か」


 錦珠は星を象る渾天儀を睨みながら、静かに微笑みを浮かべた。


「あらゆる禍福は星の動きでさだめられるものだ。……僕と累神レイシェンが産まれたときにそうだったように、ね」

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