2‐10本物の予言者がいた

「私のあねです。姐は本物の予言者――でした」


 姐がはじめて、予言をしたのはいつだったか。ミャオが幼少期の記憶を紐解く。そうだ。確か、姐が客と話している時だ。突然、姐が泣きだしたのだ。

 客の妻と娘は今晩、火に巻かれて命を落とす――といって。


 客は気分を害した。あたりまえだ。


 娼妓しょうぎと心おきなく楽しい晩を過ごそうとおもっていたのに、家族の話題を振られ、あげくの果てに縁起でもないことをいわれたのだから。怒って帰ってもおかしくはなかったが、男は事だけはちゃっかりと終えて、朝方に帰っていった。


 その後、ミャオあねが都の市場に赴いたところ、どうにも騒々しかった。

 事情を聴けば、火事があって、妻とその娘が焼け死んだのだという。姐は真っ青になった。現場を教えてもらい、ふたりで一緒にむかった。焼け落ちた家の側では昨晩の男が泣き崩れていた。


 それからだ。

 姐は訪れる御客に時々、予言をするようになった。


「姐が死を視た者は、予言した期日にかならず、命を落としました。あるいは賭け事なんかの助言をしたこともありましたね。ちょうど、今くらいの時期です。後宮では竜を模った舟に乗って茶会なんかを催すそうですが、巷では競漕で賭けをするんですよ」


 龍舟競漕りゅうしゅうきょうそうは五月最大の祭りだ。


「姐が勝つといえば勝ち、敗けるといえば勝率の高いはずの舟でも敗けました。いやあ、百発百中でしたね」


「それはすごいな。都でもそうとう話題になっていただろう」


「宿を転々としていたので。でもまあ、捜して訪ねてきたものもいましたね。ただ、そういうときは、あねはいっさい予言はしませんでした。視ようと想って視られるものではないんだとか。後、姐自身にまつわることも視えないそうです」


 姐の身に危険なことがせまっていても、予知して避けることはできない。そのため、妙は姐のために心理を編みだす必要があった。


「でも、姐は五年前に失踪しました。占い師をはじめたのも、予言と似たようなことをしていたら、姐さんの手掛かりがつかめるかとおもったからです。都から離れていなければ、後は捜していないのは後宮だけなんですよね」


「だから、夢蝶モンディエ嬪の調査に乗ってきたのか」


「そういうことです。期待はずれでしたけど」


 夢蝶嬪が本物ならば、姐の手掛かりもつかめるのではないかとおもった。


 だが、夢蝶嬪はただの詐欺師だ。

 妙は落胆していた。累神は気まずそうに話題を転換する。


「詐欺師だとして、あれはどう取り締まればいい」


 詐欺を放ってはおけない。だが、実際に回復している患者がいるかぎり、偽薬であると証明するほうが難しかった。


「おそらくは、告発するまでもないとおもいますよ」


 妙はため息をつきながら、言った。


「ああいうのは長続きしません。ひとまずは、監視を続けてください。あと、有事の時のために医官を手配できるようにしておくことをおすすめします」


「医官だって?」


 累神レイシェンは解せないとばかりに眉を寄せた。

 夢蝶嬪が飲ませているものは、薬ではない。だが、毒でもないはずだ。そう言いたげな累神に妙は背をむける。


「先に帰っていてください。ちょっと想いだしたことがあるので」


 夢蝶嬪の瞳を想いだす。患者を抱き締めていた時も、男の子の頭をなでていた時も、彼女は優しい眼差しをしていた。そこに嘘はなかったはずだ。


(一度くらいは忠告しておくか。取りかえしのつかないことにならないうちに)

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