2‐9病は気から

「偽薬効果って知っていますか?」


 累神レイシェンが首を横に振る。


「教えてくれ」


「実際には効能のない物――例えばただの砂糖玉でも、患者にこれは素晴らしい薬だと想いこませて服用させると、症状が緩和、或いは回復するという事例があるんです」


「薬でもないのに、か?」


「もともと疾患というのは、心や神経から発症するものもあります。物凄く緊張してる時に指が震えたり、お腹が痛くなったりしませんか」


「確かにそういうことはあるな」


「これも心理によるものです。睡眠には特に心理状態が影響します。今晩も眠れないのではないか、気持ちよく起きれないのではないかと緊張しているのと、この薬を飲んだから眠れると安心して横になるのとでは、入眠までの心理が違うわけですよ」


「心理からくる疾患だと、安心感が最たる薬になる、ということか?」


「ざっくりいってしまえば、そうですね」


 話を聴いているかぎりでは、夢蝶モンディエ嬪のもとで改善したのは不眠、頭痛、震えと心理が係わっている疾患ばかりだ。


花鈴ファリン妃の御子も、心理的な疾患っぽいですが――重度すぎる。様子をみているかぎりでは、日頃から緊張していることが多いのではないかと思いました」


「確か、母親である花鈴ファリン妃が、二歳の頃から科挙のための勉強をさせているのだとか」


「げっ、……確実にそれですね。二歳から試験勉強はいくらなんでも……」


 科挙は官僚になるための試験だ。非常に難しく、四十歳を過ぎてから突破するものがほとんどで、なかには七十歳になってようやく合格したという者もいるほどだ。

 試験勉強の過酷さも尋常ではない。


「昨年あたりにも試験勉強を苦に自殺した若者もいたとか。勉強って、過剰に強いられたら拷問ですからね」


「一理あるな」


「重ねて、彼には今、強い自責の念があります。これだけ母親に負担をかけているのに治らない、また困らせてしまう、という重圧による緊張です」


 それでは好転するはずもない。

 累神レイシェンが唸る。


「あんたは――さすがだな、本物なだけある」


「え、なんかそれ、私が騙す側の玄人プロみたいじゃないですか! やだ!」


 嫌がるミャオ累神レイシェンが苦笑する。彼女の頭をぽんぽんとなでながら、彼は瞳の端を緩めた。


「そんなつもりはないよ。あんたは、ほんとうに頭がいい。絶えず冷静に物をみて、思考している。なかなかできたものじゃない」


 まっすぐに褒められ、ミャオは頬が熱をもつのを感じた。

 こんなふうに誰かに肯定されたのは、いつ振りだろうか。妙を褒めてくれるのはあねだけだった。

 だが、あねミャオを残して、失踪した。


「ま、こういう「神を味方につけてます」というやつの九割は、偽物ですからね! そもそも、私は神を信じてませんけど!」


「ふうん、九割、……ね」


 累神の瞳が一瞬だけ、陰る。


「残りの一割は?」


「……いるんじゃないですかね。本物が」


 ごまかそうとしたが、累神は無言で続きをうながしていた。

 累神にならば、いいか。


「私のあねです。姐は本物の予言者――でした」

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