2‐7「これは有難い御水なのよ!」
あれが、豪商の妹だ。
彼女に連れられた男の子は終始、身を縮め、うつむいていた。だが時々けいれんするように肩を跳ねさせ、鼻をまげるように顔をゆがめる。その様は豚が物笑いをしているようで、異様だった。時々鼻が鳴って、「え」という濁った声が混ざる。
豪商は
「可哀想に……」
「貴女の御子には鬼が憑りついています。薬の効能は信じてこそもたらされる、
「申し訳……ございません」
「どうか、もう一度、
「……倍の御布施をいただければ、効能が現れるかもしれませんが」
「払います。払いますから、どうか」
「効能があるよう、お母様も一緒にお祈りしてくださいね」
花鈴妃はそれに頷いてから、強い語調で子どもにせまる。
「ほら、あなたもちゃんと、真剣に、祈るのよ? いいわね」
杯を渡された子どもは緊張して唇をひき結ぶ。懸命に
「どうぞ、お飲みください」
杯が満ちた。水を飲もうとする。だが喉を通らないのか、杯はいっこうに減らない。そのうちに肩が激しく跳ねあがり、水をこぼしてしまった。
「なんで! 飲めないの!」
「これは有難い御水なのよ! この水のために私がどれだけ!」
言いかけて、花鈴妃は言葉をのむ。
「なんで、なおらないのよ……」
花鈴妃は失意に肩を落として、祭壇を後にした。そんな花鈴妃親子をみる信者たちの視線は非難めいて、とがっていた。
続けて、夢蝶嬪の女官が
「あなたがたは、
「不要です。もし薬水を飲み、効能に感謝の想いが湧いたのならば、そのときは御心のままに御納めくだされば」
累神と妙が壇上にあがる。
「ああ、わたしにはわかります。おふたりとも悩みを抱えておられるのですね。お可哀想に。その悩みは心に憑りついた鬼が造りだしているものです」
「さすがは夢蝶様です。仰るとおりです」
だが
(あれ、私が占いを始める時につかう常套句だもんなあ)
悩みがありますねといえば、大抵の者は頷き、理解されていると感じて、喜ぶ。そう想わせてしまえば、後は身の上話を聴きだすのもかんたんだ。
「悩みごとが頭をもたげ、不眠が続いておりました。ぜひとも安眠できるよう、
「承知いたしました。それではこちらの杯を。効能があらわれる時には水が蜜のように甘く感じられます。まずは、ただの水でご確認いただいたほうがよいでしょうね」
まずは女官が急須から水をそそいだ。
ふたり分の杯が満たされる。
(ただの水、だな)
累神も同じ感想らしい。視線だけで頷きあう。
「私には
「
再度、杯を傾けた累神は、微かに眉根を寄せた。
続けて、妙が確かめる。舌で転がすまでもなく、蕩けるような甘みが拡がった。妙は瞳を見張る。理解するにともなって、段々と細めていった。
これは――――だ。
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